ダンテ先生概念   作:3ご

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コールサイン

「皆様、このような場にお集まり頂き誠に感謝致します」

 

 白と淡いブルーで統一された講堂。前方には大型スクリーンと低い演台があり、その前に椅子がずらりと整列している。高い天井にはスポットライトが数灯、壁一面の縦長窓は閉め切っており、静寂と清潔感が漂う。

 巨大なスクリーンから差す後光は、彼女のフレームの細い眼鏡を反射させる。きらりと反射で光り続けているレンズの奥からは、日常では見せることのない冷徹な眼差しが浮かび、目の前にいる沈痛な面持ちの二つの影の喉を鳴らせた。もちろん彼女たちだけではなく、他の下部構成員も同様に、額から汗が垂れる。

 いくつもの椅子が並んだその部屋は質素極まりないが、ただ情報を伝えるためだけの部屋。必要なのはスクリーンとプロジェクターとノートパソコン。彼女達は任務の概要を頭の中だけで記録し、行動する。

 どれだけ困難な諜報活動であろうと、どれだけ困難な戦場であろうと、メイド服一糸乱さず華麗に任務を遂行するミレニアムが誇る凄腕のエージェント集団、Cleaning&Clearing。

 

「さて、本日は表題通り、コールサイン・ゼロワン作戦のブリーフィングです。長く、難解な指令が続きますので、今の内にトイレを済ませる者は挙手をお願いします」

 

 誰一人挙手をするものなどおらず、ただじっとアカネを見つめ続ける。沈黙こそが答え。

 

「……ふふ、自己管理できぬ者などC&Cには必要ない、ということですね。失念しておりました。では進めましょう」

 

 アカネが画面をスクロールさせると、スクリーンにある人物が映し出された。

 黒のクルーネックを身に纏い、片手にはけだるそうに掴んでいる深紅のコート。腰にあるホルスターには黒と白のガバメントと、何よりひと際輝く銀色の髪。そしてその奥にある威圧感を醸し出す鋭利な瞳。

 正直かなりの生徒はハンサムなその顔立ちに瞳を奪われてしまっているが、今は任務中。後でこっそり話しかけてみようなどと考える者もいたが、任務中の個人行動は部長であるネルに叱責されるので、任務が終わり次第機を伺おうという結論に落ち着くのであった。

 

「今回のターゲットは、言わずもがな……こちらに映っておりますシャーレの先生でございます。え? 誰からの依頼? ……依頼主などおりません。これは私たちC&C存続の危機と言わざる得ない状況。早急に対応しなければならない案件だからです」

 

 彼女の手が動くと、スクリーンはさらに次の場面へとスクロール。真っ黒な画面中央にある再生マークを押すと、映像が流れだした。

 それは、エデン条約の時に流れた映像。画面中央には連邦生徒会の姿が複数名おり、その手前から記者達がいくつも質問を飛ばしていた。

 

 ──生徒に手を出し剰え弄ぶなど教師の風上にもおけない!

 

 記者の怒声が響くその場面で、アカネは停止ボタンを押すと、再び眼鏡がきらりと光った。

 

「もちろん、こんな出鱈目な噂を真に受けるなど、C&Cらしからぬことです。が……火のない所に煙は立ちません」

「すまないアカネ、質問をいいか?」

「どうぞ、カリン。忌憚の無い意見をお願いします」

「そもそも、コールサイン・ゼロワンが本当にその先生に射抜かれてるという根拠は?」

「乙女の勘です」

「お前そんな不確かな情報で全員この場に呼んだってのか!? ぶっ飛ばすぞ!?」

 

 はいはい解散解散ー! と両手を合わせるネルの声に肩をすくめた構成員一同は、そそくさと部屋から出ていき、残るはいつもの三人。

 

「あうう……ネル先輩、最後まで話を……」

「うるせぇっ! こんなくだらねーことに時間を使うんじゃねえよ! 大体、カリンの意見はごもっともだ。それにアカネ、お前は心配しすぎなんだよ。そもそもの話をすると大きなお世話になるんじゃねーか?」

「そ、それはそうかもしれませんが」

「お前がアスナや仲間を大事に思う気持ちは解る。だが、プライベートと仕事の線引きを間違えるな。先輩としての忠告だ」

「……部長は、アスナ先輩ことが心配にならないのですか?」

「そうは言ってねえよ。あんなぼろぼろの状態で戻ってきて、もちろんあいつを傷つけた奴にはむかついたさ。だが、事実アスナはその先生に助けられた。その事がある限り、静観を決めるのが筋ってもんだろ? 一々人の関係性に首を突っ込むのは野暮ってやつだぞ、アカネ」

 

 常に冷静沈着に物事を俯瞰する彼女だが、動揺すると素っとん狂な行動に出るのを、ネルは重々理解している。

 つまりは、このミレニアムという空間に突然舞い降りた「悪名高い先生」に困惑しているのだろう。それだけではなく、C&Cでも重要人物であり、凄腕の先輩の一人が篭絡されたとあっては黙っておけない。

 

「で? アカネはどうしてそう気になるんだよ」

「……実は、先日とある光景を見たのです」

「とある光景?」

「ええ、アスナ先輩が先生を見つける度に、自身の体ごと先生に向かって飛び込んでいました。普通なら避ける所……それをあの先生は微動だにせず、受け止めていたのです!」

「ぁぁ……いや、普通に避けたら可哀そうじゃねーか?」

「それもアスナ先輩の一番柔らかい所で……! これはまぎれもなくラッキーを狙っているとしか思えません!」

「いや、まぁ……事情は知らねえけどよ……お前も日頃暇なんだな。任務増やすか?」

「ネル先輩……! 逆にどうしてそう疑いの目を向けないのですか!? もしや──既に」

 

 そう言いかけたタイミング。ネルの手が握りこぶしに切り替わった刹那、彼女は口を無意識に閉じ、両手で頭を抱え込んだ。

 

「で、では……試してみるのはどうでしょうか?」

「試す?」

「生徒に手を出す先生かどうかを、です。彼はアスナ先輩の飛び込みを避けようとせず、しっかりとキャッチしました。動画でしか拝見したことがないのですが、彼は銃弾すら軽く避ける程の能力を有している。そんな先生の真意を見抜くのです!

「見抜くつったってな、どうすんだよ」

「ふふふ、策は考えております! ではまず、この資料をご確認ください!」

 

 きらりと光る眼鏡に映りこむ文字。

 その奥に宿る冷徹と好奇心を併せ持った瞳に、ネルは大きなため息を吐くことしたできなかった。

 配られた資料。その中身はネルではとても受け入れられない内容となっており、深いため息はさらに谷底へ落ちるように深くなっていく。

 

「なぁ、カリンはそれでいいのかよ」

「私なら問題ない──コールサイン・ゼロツー、いつでも準備は出来ている。良妻賢母の修行の一環だ」

「良妻賢母が関係あんのかよ」

「よい質問ですね、ネル先輩。きっと良い修行になります──」

 

ーー

ーー

 

「ダンテせーんーせーいー? 手が止まってませんか?」

「そうだぜユウカ、ただ手が止まってるだけさ。何、珍しいことじゃない」

「手を止めてはだめでしょう! あともう少しで書類仕事は終わりますから、最後まで走り切ってください!」

「んだよ、俺はただ生徒を一人助けただけだ」

「それは称賛に値しますが、その過程で交通網が完全停止、事故車両の損害補償の承認などが出てきたから仕方ないじゃないですか! それにシャーレにではなくミレニアムに請求が来てるのは救いだと思ってくださいね、先生!」

 

  ミレニアムの生徒会室──磨かれたガラス窓に夕陽が斜めに射し込み、長い影が床を二分する。

 ひとつは電卓を片手にペンを疾らせる優等生の影。書類をめくるたび、規律そのもののような硬質な音が静寂を刻む。

 そして対面には、オフィスチェアに身を預けたまま署名を続ける先生と呼ばれる男。肩肘の抜けた姿勢で、しかしサインだけは途切れない。

 

「次、ここです」

 

 元々女性には尻に敷かれがちな彼だが、こうも主導権を握られるのは初めてに近い。気が強くて世話焼きな目の前の生徒。普段なら面倒がるタイプではあるのだが、彼女から感じる心根の優しい部分が彼の琴線を優しく触れているのも事実。

 18歳になったからと、頻りにパーティの誘いをしてきた少女──いや、今となっては立派な女性だ。彼女を仄かに思い出していると、視界の端で彼女が己を見つめていることに気づき視線を返す。

 そんな自然な目線が急に己に向くと計算してなかった彼女は、思わず不自然に書類に目を落とし、朝焼けを過ぎたお日様が陰る程、頬を染め上げる。

 

「はーやっと終わりか? くたびれちまったぜ。まさか二日も掛かるとはな」

「それで最後の一枚です。お疲れ様でした!」

「ま、次はもっと上手くやるさ。ありがとな、ユウカ」

「ど、どどどういたしましてぇ!」

 

 突然の感謝に胸が跳ねる。しかしそれを悟られまいと、こみ上げた笑みをぐっと飲み込む──ここで頬が緩めば、また先生にからかわれてしまう。そう悟った彼女は小さく咳払いをして気持ちを整え、声をわずかに硬くして切り出した。

 

「あの……──そ、それよりも先生、今回お呼びした件の詳細をお伝えしないといけません!」

 

 感情を隠す盾として流れ出る説明。その横顔には、照れと職務の矜持が危うい均衡で息づいていた。

 

「ああ、確かカイザーがどうのとかって言ったっけか」

「ええ、実は──」

 

 カイザー・コーポレーション――キヴォトス経済の隅々に根を張る巨大複合企業だ。

 銃器の卸売から流通、銀行業に小売り、さらには傭兵派遣まで。商売と名の付く領域で手を伸ばしていない分野はない、とさえ言われる。

 栄光の年表を彩る売上高と受賞歴。その裏側には、強請・買収・違法武装取引といった黒い噂が絶えない──にもかかわらず、決定的な証拠を掴んだ者は未だゼロ。

 「抜け目のない悪党」と呼び捨てる生徒は多い。しかし、その周到さこそがカイザーを常に法の一歩先へと逃がし続けている。

 

「で、今回はミレニアムに被害が出まして。簡単に言うと、生徒の個人情報が盗まれてしまいました。C&Cの活躍で犯人は捕まえたのですが、下っ端だったそうで、情報は何も持っていませんでした……が、ある日を境に、至る所で襲撃事件が相次いだのです」

「襲撃事件?」

「ええ、ミレニアムの生徒が放課後……帰宅中に様々なチンピラに襲われた事件です。幸いまだ怪我人や行方不明の生徒は出ていませんし、他の部活動に所属している生徒達にも通達はしていたので、同じような出来事も未然に防いではいたのですが……」

 

 彼女は顔を伏せながら、淡々とした口調でしゃべり続けた。

 

「今回、ついにC&Cの一ノ瀬アスナ先輩が襲われ、拉致されるという事件が発生してしまいましたね。幸い偶然にも先生が見かけて救出してくださりましたが、もしそのまま攫われでもしてたらと思うと……心が痛みます」

「C&Cね。確かミレニアム切っての凄腕エージェント集団だとか言ってたな? アスナはそこのナンバー2だとも」

「ええ、ネル先輩に次ぐ実力者です。だからこそ──危険なのです。脅威はすぐそこまで迫っていると言っても過言ではありません」

「ま、簡単に言えば、俺にその悪の親玉を退治してほしいって訳だな?」

「ええ。ですがただ退治ではダメです。事の真相を解明しなければなりません。でないと、事件の再発の恐れもありますから。倒したと思っていた敵がラスボスではなく、ただの幹部の一人だった──の可能性だってありますからね!」

 

 一息吐いた彼女は、飲み物片手にソファに座り込む。

 二度三度口にし、淡い薄紅色の跡がくっきりとなってきた頃合い。

 彼女のおなかがきゅっとなると、彼は悪戯チックに口元を曲げながら、頬を染めている彼女へと視線を移す。

 

「朝飯でも食いにいくか?」

「うぅ……い、行きます」

「ユウカの好きな食い物はなんだ? ピザか?」

「それは先生でしょ! んもぅ、私はある程度なんでも食べれますよ! 先生みたいに偏食じゃないですし、オリーブだってきちんと食べれますからね!」

「へいへい。じゃあミレニアムにいる間、お前の嫌いな食べ物でも発見するのも悪くねえな」

 

 書類を揃え終えた彼は、ためらいもなく彼女の隣へ腰を落とし、背もたれ越しに片腕を軽く回す。途端に彼女のまばたきが小刻みに増え、その分かりやすい動揺が可笑しくて、もう少しだけからかってみたくなる。

 ──見透かされている。

 そんな照れと危惧が交差する余裕すらなく、彼女に残された選択肢はただひとつ。火照る頬を片手でそっと隠し、視線だけで「からかわないで」と訴えることだった。

 

 

 

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