「……だ、ダンテ!? ほ、本当にダンテなんですか!?」
早瀬ユウカの目に飛び込んできたのは、常に監……いや、管理している先生とはかけ離れた姿の人物。
煌びやかに輝く銀色の髪は、蛍光灯の下だろうが関係なく気高く反射し、トレードマークとも言える深紅のコートは全くの新品で、彼が着ていた服はその小さな手のひらの上で綺麗に折りたたまれている。
碧色の瞳は依然としているが、その周囲を包む鋭い視線は面影が無く、ぱちくりぱちくりと、あどけなさを醸し出していた。
「おう、本当にダンテだ。全く困ったもんだぜ。ただ用事で山海経に寄っただけだったのによ、まさかサヤの実験に巻き込まれちまうとは、運が悪かった」
ぴょん。
っとまるで、小さな仔猫がソファに飛び乗るように軽やかに弾んだその身体を見て、ユウカは二度見どころか三度見してしまう。あまりの彼の変貌ぶりに、喉から声が絞り出せないでいる。
そんなユウカの心情など露知らず、ダンテがリュックから取り出したのは二丁の銃と封筒。そしてそれらを放り投げると、天井を見上げて大きなあくび。
けだるそうに荒っぽくローテーブルに両足を乗せようとしたが、背丈が足りず踵が地面に当たってしまい、本人は舌打ち混じりにぼやく。
「不便な身体だ。サイズの合う服も無ぇ、レイジョに今なら勝てるとかで勝負を挑まれるわ、ミナから馬鹿笑いされるわで散々だ。おいユウカ、そこにある封筒を開いて読んどいてくれ。俺はまだシャーレの仕事が残ってるんだ」
ユウカは未だ夢を見ているのではないかと、ほっぺたをつねって確認するが、どうやら現実らしい。言われるままに封筒を開き、中の紙を引っ張り出してみると、何やらサヤの走り書きが残されていた。
ー
すまないなのだ。
まさか先生にこの薬が効くだなんて予想外だったのだ。
24時間と少しで薬の効果が切れて元の姿に戻るのだ。
その間は自由だけど……大人しくしておいた方がいいのだ。
保護者の生徒がいるなら、そこんところよろしくなのだ。
サヤ
ー
「ま、その前にデザートタイムといこうか。ったく、冷蔵庫までの距離が遠く感じるぜ」
ぴょんっ!
またしても仔猫がソファから飛び降りるように、小さな身体でをいっしょうけんめい地面に着けて跳ねる。嬉々として背伸びした姿にユウカの頬が引き攣る。だって──だってそれは。
「んだよ、冷凍庫まで手が届きやしねぇ。かといってぶら下がると取っ手が壊れちまうし……モモイの気持ちが少し分かった気がするな。つっても今はモモイよりもチビになってるか」
──プツン。
糸が切れたように、ユウカの身体の力が一気に抜ける。彼女は両手を床につきながら、荒い息を吐き出す。頑張って冷静を保とうとしていたが、ここにきて限界が訪れていた。
「私が……私が取ってあげますね」
「お、すまねぇな! へへ、居てくれて助かる」
またもや小さな体をとてとてといっしょうけんめい動かし、またもや体を跳ねさせてソファに深くもたれ掛かる彼の姿を見て、ユウカの口から思わずじゅるりと肉食獣の唸りが漏れ始めた。
彼のお気に入りのストロベリーサンデー。グラスに入ったそれをソーサーの上に乗せ、ちょこんと小さなスプーンを添えると、慎重に、内なる劣情を表に出して足がもつれない様にゆっくりとローテーブルの上に乗せる。
そして心臓の張り裂ける音に呼吸のタイミングを奪われながら、これまたゆっくりとダンテの横に腰かけた。
「サンキュ。でもまさか、ユウカが大きく見える日が来るなんて思いもしなかったぜ。おっと、でかいって意味じゃねーぞ? デリカシーない発言だと思うなよ、物理的にだ、物理的に」
屈託のない笑顔が向けられた瞬間、ユウカの脳内でまたもやプツンっ……と何かが切れた。まるで糸がはじけたように、胸の奥が一気に熱くなる。どうにか冷静を装っていたが、その姿は完全に上限を超えてしまったらしい。
子どもの姿になっても相変わらずの怪力を発揮するダンテは、ローテーブルをがたがたと引き寄せる。小柄な身体ではあるものの、ほとんど苦もなくそれを自分の方へと持ってくると、無邪気にスプーンを手に取って口元を汚しながらパクパクとデザートを頬張り始めた。
「うめぇ……甘いもんは何度食っても最高だな。──ん? おい、どうした?」
ちらりと視線を送られたユウカは、火照った顔を隠すように目を逸らす。しかし、これ以上ないほど小さな仕草で食事を楽しむダンテの姿は、彼女のツボを直撃するのに十分すぎた。
彼の肩幅などほとんど無いに等しく、ひとさじごとに食べ物を口に運ぶたびに、ちょこんと揺れる頭が愛らしすぎてたまらない。ユウカは思わず両手で頬を押さえ、胸の奥で湧き上がる衝動を堪えようとする。けれど、気づけば早鐘を打つ心臓が、彼女の理性を容赦なく飲み込んでいた。
──もう、我慢の限界。
「ダンテ、一旦スプーンを置いてください」
「なんだ、変な事でもしてたか?」
彼の口にくわえられたスプーンを、ユウカは容赦なくひょいと取り上げた。するとダンテは、子どもの身体であわあわと手を伸ばし、必死に取り返そうとする。その短い腕をバタバタさせる姿が、ユウカの胸を更に猛烈に締めつけ「カフッ……!」吐血じみた咳を搾り上げた。
彼女は震える手でどうにかスプーンをソーサーへ置き、ストロベリーサンデーもテーブルの中央──つまりダンテから遠ざけた。
「おい! 取り上げるなよ! 折角甘い部分がこれからだってのによ!」
そんな抗議の声を聞く余裕など、今のユウカには全くない。ダンテのちびっこ姿が、もしかしたら一生に一度しか見られないレアチャンスであるという焦燥感と、可愛さで軋む理性の限界──それらがついに彼女の心身を臨界点へと追いこんでいた。
「ごめんなさい!! ダンテ!!!」
叫ぶと同時に、ユウカはダンテへ一気に抱きついた。むぎゅむぎゅっという音が想像できそうなほど強く、ソファにもたれこんだちびっこダンテをギュッと包み込む。
頬やら額やら胸やら、あらゆるところでダンテをむぎゅむぎゅしてしまう姿はもはや小動物を愛でる飼い主さながら──というか、それを数段超える勢い。足をじたばたさせるダンテが「うぐっ」「むぐっ」「息が」と呻いているのを気にかける余裕は微塵もない。
髪の先、背中、短い腕、そして無防備な頬をめちゃくちゃに愛でまわすユウカの顔には、狂おしいまでの幸福感と燃え上がる情熱が浮かんでいる。
「むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅご、ごふっ……! むぎゅむぎゅむぎゅおい、むぎゅむぎゅむぎゅユウむぎゅむぎゅむぎゅカ、やめっむぎゅむぎゅむぎゅ……苦し……!むぎゅむぎゅむぎゅ待てったら……!!」
ダンテが抗議の言葉を上げるが、ユウカは完全に有頂天状態で、力を緩める気配さえない。むしろますます抱きしめの力が強くなり、まともに声にならないダンテの呻きがぼふぼふと聞こえてくる。
例え子供の姿になろうが、彼の怪力は微塵も霞むことなどない。だが、今ここで全力で突き飛ばしてしまうとユウカに怪我をさせてしまう恐れもあり、彼は力加減の調整の難しさをこの時に痛感することとなった。
「……し、しあわせ……! 今すぐ写真を撮りたい……! 最高…もう一生分のご褒美……!」
さらにテンションが上がったユウカが、ダンテの頭をむぎゅっとして胸に押し込むと、ついに「げぶっ……!」という危険な声が漏れる。
息ができず、もがけばもがくほど、まるで赤ちゃんをあやすように抱きしめられてしまう。ダンテの短い足がぴこぴこと動き、テーブルの上に落ちそうなストロベリーサンデーさえも揺れるが、今のユウカには一切それが目に入っていない。
ついに、小さくなったダンテがぐったりしたように倒れ込むと、ユウカは慌てて腕を緩めた。その拍子にダンテは大きく息を吸い、軽い咳込みを漏らす。
「はぁ……はぁ……まさか……こんな……バカ力で……ぎゅうされるとは……おい……殺す気か……!」
しかし、ユウカはまだ目をきらきらさせながら、手を胸の前で合わせて興奮を抑えようとしている。
「だ、だって……可愛すぎる……! はぁはぁ……もうほんと……無理」
そう息を荒げながら、ユウカは全身を小刻みに震わせている。子どもの姿になったダンテが、どうにも彼女のツボを突き抜けてしまったようだ。
「待て、待て待て待て、ユウカ! 興奮しすぎだ、少し落ち着け!」
ダンテは両手をばたつかせて押し返そうとするが、ユウカの暴走気味のテンションには歯が立たない。彼女は一瞬呼吸を整えるように深く息を吸い込むと、まったく別人のような笑みを浮かべてダンテを見つめた。
「はぁ……はぁ……ス―――っ……ふぅ。ねぇ、ダンテ君、シャーレのお仕事しなきゃいけないんでしょ? 私が手伝ってあげますね」
「ダンテ君だと!? お、おいユウカ、どうしちまったんだ。いつもの鬼のユウカを見せてくれよ!」
子どもサイズになったとはいえダンテ本人は変わらない。自分がいつものユウカらしからぬ呼び方をされていることに、不可解な意思を感じる
「んもー、悪い口は塞いじゃいますよ? ふふふ、さぁ、残りのデザートを食べてくださいね。お仕事の準備は私がしておきますから」
ユウカはぱっと腰を上げ、机のほうへと向かう。何をするのかと思えば、椅子のまわりをウロウロと回りこみ、下から覗きこむようにして様子を見ている。ダンテは横目でその怪しい動きを観察しながらも、言われるがまま残りのデザートを素早く口へ放り込んでいた。
その時、乾いた破砕音が突然室内に鳴り響く。
ダンテが思わずそちらへ視線をやると、なんと椅子の昇降レバーが無残に折れ曲がり、ユウカがその破片を指先でもてあそんでいるではないか。彼女はにやりと口元を歪めて、独り言のように呟く。
「あら、壊れてしまいましたね」
その言葉にどんな意味がこもっているのか、ダンテには一切ピンと来ない。しかし、行動を起こすには至らず、ただじっとユウカの背中を見つめた。見れば、彼女は昇降レバーを捨ててまた別の椅子の昇降レバーを折り始めているではないか。
(やべぇ……何考えてんだコイツ。いつもの鬼ユウカとは別ベクトルでやべぇ……!)
思わずデザートスプーンを握りしめたダンテは、先ほどまでの甘やかな空気が嘘のように肌で感じる危機感に背筋をこわばらせる。けれど、ユウカの方はそんな彼の動揺に気づく様子すらなく、背を向けたまま何やら小さく鼻歌まで歌いはじめていた。
「食べ終わりましたか?」
コツリコツリと、魅惑的な太ももをプルプル震わせながら自身方へと歩み寄るその姿に、ダンテは思わずソファの上で後ずさる。
「あ、ああ……食い終わったが」
「へぇ、偉いですね! じゃあ早速お仕事! ……と言いたい所なのですが、残念ながら昇降式の椅子が故障してしまいまして、今のダンテ君の背丈では画面を見ることすら叶わないでしょう。そこで私からの提案なのですが……いえ、提案というよりももうその方法しか手は無いと言っても過言ではありません。椅子選びは仕事の効率に影響が出ます。そこで……」
自分で折っといて何言ってんだこいつと、胸中疑問だらけの彼の心情など他所に、ユウカはダンテをひょいと持ち上げるとそのまま机の方へと移動させた。
「こうすれば、見えやすいですよね?」
お尻から伝わる柔らかい感触。そして限界まで机に身を寄せているからか、思わず理性を吹き飛ばしてしまう程の柔らかさが、後頭部を襲った。
「み、見えやすいが……」
「見えやすいのでしたら、お仕事にも集中出来ますよね? さぁ、張り切って頑張りましょう!」
無理に決まってるだろ。とツッコミたくなる気持ちを抑えつつ、素早く作業し始めるユウカの手際の良さに大人として負ける訳にはいかぬと、彼も小さな手をいっしょうけんめい動かすのであった。
──To be Continued