ダンテ先生概念   作:3ご

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ドッペルゲンガー

 ──王女。

 

 降り注ぐ赤い光芒の中心で、その人物は、自分と瓜二つの眠れる者を優しい眼差しで包み込んでいた。既にシステムの複写は終わっている。それは即ち、抗う術を全て失ったということ。

 背後から溢れ出るおびただしい悪辣な力。種から花へと咲き誇り、世界を彩る浸食する力。そしてその矛先が彼女に向いていることを知りながら、逃げる事もせず、愛しい者の名を口にしながら指先で頬を撫でた。

 

「……私の愛しいAL-1S」

 

 突然の、急襲だった。

 強制的にシステムにログインしてきた管理者を名乗るまがい物は、文字化けすら浸食した象形文字を打ち込んだと思ったら、邪悪な姿をした骸骨達が内側に溢れだしてきたのだ。

 自然言語や一般的なコードでは解読不可能なその文字に抗う術を持ち合わせいなかった彼女は、とにかく安全な場所をと、システムからシステムに乗り移り、本来この姿を司る人格データを守るので限界であった。

 

 いつか──誰かが。

 

 王女を守る人工知能である彼女が出した最後の希望。

 システムで構築された彼女が最大限出せる答えは……願い。

 そんな願いは、更に浸食する悪辣な赤の力にねじ伏せられ、この世界は崩壊寸前の所まで追い詰められている。

 最高峰のシステムで構築されたその空間も、突破されるのも時間の問題であった。悪辣の種から咲き誇った花は既に空間を、世界を喰らい、残すは一人だけ。

 

 世界を滅ぼす力を持った彼女を喰らうこと。

 解読不能な敵ではあるが、目的はその一点であると、鍵である彼女は確信を得ていた。

 

「絶対に……絶対に触れさせるものですか。例え私が私自身で無くなろうとも、存在が消えてしまおうとも──」

 

 頬を撫でる指を止めると、彼女は己と瓜二つの影から離れた。

 未だ浸食されずに足掻き続けるシステムのコールを唱えると、まばゆい光の粒子が辺りに散乱し始める。その粒子は眠る彼女の周りに収束すると同時に、彼女の身体を包み込んだ。

 光は漆黒の粒子を悉く跳ね返すと、標的を変え、もう一人の彼女の身体を包み込もうと飛び掛かる。

 走り回り、なんとか逃げ出そうとする彼女。だが、どんなに離れようともその粒子は彼女を追い続け、やがて捕縛し、彼女の体内に入り込んだ。

 

「うっ……!! ぐっ……わ、そ、そう──私に来なさい。あなたたちが王女に触れるなど……万年早い事を──が、ああああああ!!!」

 

 透き通る光の空はいつの間にか赤黒い雲を浮かせ、透き通る青の空は不吉で悪辣な赤を咲かせる。

 瓦礫の奥から湧き出る光を浸食した漆黒は彼女の足元を掬い取ると、無数の手が膝を掴み、深淵の闇へと引きずり込もうと更に腕を伸ばした。

 

「あ゛あ゛あ゛!!! 痛い、痛い──。……こ、これは、キヴォトスに……存在しない力。邪悪で、おぞましくて、ま、まるで」

 

 ──悪魔のような。

 

 沈みゆく身体と混濁する意識の中で、彼女は愛しい人を見守り続けた。

 手が、黒に染まりゆく。足が、影に溶ける。紫紺の瞳は、真っ赤な血の色に染まり、口から漏れ出るは赫灼の咆哮。

 記憶を奪われ、忠誠を奪われ、そして──愛情を奪われた彼女は、月が覆う、闇の世界にただ一人立っていた。

 7つの歪な石像が取り囲んだその舞台。降りやまない雨は影の中へぽたりと落ち、目元から湧き出る雨のような何かを理解出来ない影は、ただ、空を覆う月を見つめ続ける。

  

 世界を滅ぼす力は歪に書き換えられ、魔王降臨の触媒と化した。

 

 自分が何者かも、前の記憶も、後の記憶さえ残らない。

 ただ、書き換えられたシステムに従う傀儡。

 

 ──たった一つの、エラーを除いて。

 

ーー

ーー

 

「へぇ、粋の良い演出をしてくれるじゃねえか。生憎だが、俺はもう既に何度も自分を見つめ直してね。お前の出る幕は残っちゃいないのさ」

 

 真っ黒な影の姿、深紅の瞳を灯した漆黒の影が召喚と同時に刃を突き出す。しかし彼は飄々と風を裂くように身をひねり、逆に蹴り足を突き上げる。もろに腹部を貫いた衝撃で、影は鉄壁のような壁面へ叩きつけられ、石膏片が白く散った。

 わずかに軌道を修正した影は闇へ溶け込み、背後の生徒たちへと回り込む──はずだった。次に姿を現した瞬間、彼の片腕が影の首根っこを握り上げる。抗う間もなく宙を舞い、白い光芒が渦巻く中央へ投げ込まれた。呻き声とともに影の輪郭が崩れ、暗黒の霧となって消え失せる。

 

「以前の俺の影とは違うな。もっと堂々と真正面から来ると思ったが……頭脳派だったか」

 

 ただ身体を立たせていた彼は、次の急襲へと備える為、身構える。

 拳を突き出し片足を前に。腰を捻りもう片足を後ろに。そしてもう片方の手を腰の横に。

 姿勢を低く、重心を僅かに前へ傾けたその姿は、一見格闘術を学んだ基礎的な姿。

 だが、彼の場合は基礎的などという言葉では言い表せるはずもなく、隙など微塵も伺えない。

 

 武器も持たず、己の力だけを信じた昔ながらの戦闘スタイル──徒手空拳。

 

「──先生!!」

 

 ミドリの叫ぶ声よりも前に敵の反応を察知した彼は、頭上から降り注ぐその刃に向かい──跳ねた。

 飛翔を兼ねた拳は天を貫く。魔力で徹底した硬質化は刃よりも硬く、影はそれを貫けるだけの力を持たない。ガラス細工のような刃は一瞬で砕け散り、空間に霧散。それだけでは勢いを殺す事が出来なかった影の胴体には一つの大きな風穴と、真横には彼の顔。

 天井まで飛ばされた影は重力に従い、その身を地に伏せた。

 

「これで終いか」

 

 白い光芒の中、影は暗闇に身を隠す術を持たず、新たな刃を生成してもガラスのように砕け散るだけ。

 頭を抱え、身体を捻るその姿。

 小声で必死に何かを叫んでいるが、訳の分からない言葉は、傍から見ればただの悲鳴。

 やがて影は顔を押さえたまま、片腕を眠れる少女へ伸ばした。だが砕けた腕では届かない。それでも呼吸を荒げ、崩れ落ちそうな身体で少女の頬に縋ろうとにじり寄る──白光が強さを増すたび、その動きは砂のように崩れていった。

 

 ──ジョ……オ……ジョ。

 

 くぐもった声は次第にしぼみ、影は膝から崩れ落ちて地に伏した。

 ガラスが砕ける音がいくつも響き、その姿は霧となって空へ散る。

 あとに残ったのは、深い静寂だけだった。

 

「わ、わー……びっくりした。お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 尻餅ついていた彼女に手を差し伸べ起こしたミドリの視線の先には、姉の顔。その姉は必死に紙にペンを走らせていた。

 

「な、何をしてるの?」

「何? 何って、そりゃこんなゲームみたいな体験、記録に残さないと勿体ないでしょ!」

 

 モモイは立ち上がり尻を叩くと、小走りで彼の元へと駆け込む。

 ミドリは折角心配したのにと頬を膨らませるが、確かに姉の言う事も一理あると、その背中を追った。

 

「ゲーム開発部の行く先は……機械仕掛けの工場。数々の罠を乗り越えたその奥には、祭壇っぽい椅子の上で深く眠っている全裸の美少女がいたのだ! 駆け寄るゲーム開発部員達。だけど、その少女に触れようとしたその時──美少女を守る影が、部員達の前へと立ちはだかった!」

「俺も部員扱いかよ」

 

 顧問のツッコミは一旦片耳から片耳へと流し、彼女は続ける。

 

「闇の中から湧き出るコンボの連鎖。その最後の一振りが部員達の頭上に降り注ごうとしたその時──」

「先生、少しあっち向いててくれませんか? この子に服を着せたいので」

「ねえ聞いてるの!? シナリオライターの貴重な活躍場面なのに!」

「お姉ちゃんいいから手伝って! あと、活躍するならパソコンの前で活躍して!」

 

 バッグから下着と制服を取り出し、椅子で眠る少女の足をそっと持ち上げて着替えさせる。

 

「ねえ、この子、眠ってるというより電源が落ちてるみたいじゃない? ロボットかな」

「にしては肌がもちもち。私たちと変わらない感じだけど」

「ええっと、ここに彫られてるのって──名前? AL-1Sって書かれてるの」

「どう読むんだろうね?」

 

 服を着せ終えた瞬間、少女のまぶたがゆっくり開いた。

 澄んだ空のような瞳に、姉妹は思わず息をのむ。少女は二人の顔を交互に見つめ、静かに床へ降り、立ち上がった。

 

「状況把握、難航。……会話を試みます。説明を──!!」

 

 機械的な言葉が並べられたと思った矢先、その少女は少しも経たない内に姉妹の背中に逃げ込んだ。まるで、何かに怯えるようなその顔。その目線の先には、赤の男。

 

「異常発生、異常発生! 凶悪な生体を検知、凶悪な生体を検知!」

「んだよ、起きて早々」

「あー! 先生女の子を怖がらせちゃダメだよ!」

「理不尽にも程があると思わねえか?」

「えっと……あの人は恐そうな感じがするかもしれないけど、きっと優しい先生だから大丈夫だよ、多分」

「そこは断言して欲しい所だぜ」

「状況把握……再度、会話を試みます」

 

 肩を震わせながら歩を進ませ、見上げる位置に接近した彼女はごくりと喉を鳴らしながら、彼の顔をただただ見つめ続けた。

 

「せ、接触を試み……ます」

 

 片方の手で恐る恐るコートの一部分を摘まもうとする彼女を見かねたダンテは、溜息を吐きながら姿勢を低くし、彼女の手を優しく握り返す。

 

「せ、接触完了……異常は見られません」

「俺はウイルスか何かか。で、お前は何者だ?」

 

 少女は彼から離れると、両手を胸に添え、静かに深呼吸。

 瞳の光は彼らに向けられると、頭の中を探る様に口を開いた。

 

「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」

「ええ!? データが無いって、要は記憶喪失?」

「へぇ、いきなりデータが復活してさっきの影みたいに攻撃してこないことを祈るばかりだ」

「ひ、ひぃっ! ……せ、接触対象への遭遇時、本機の敵対意思は発動しません!」

 

 少女は再び姉妹の影に隠れ、肩を震わせる。

 その姿を見た姉妹はなんとか少女をなだめようとするが、少女は両手で頭を隠すように身構え、目と口をぎゅっと抑えたまま微動だにせず、床に座り込む。

 

「で、どうすんだ? このままここに置いてけぼりって訳にもいかないだろ」

「う、うーん……お姉ちゃんは何か良い案はある?」

「うーん……。この流れで考えるなら、ひとつしかないかな」

 

ーー

ーー

 

「状況把握。……空間の惨状は困難を極めます。エラー発生! 進行方向に謎のオブジェクト検知、排除を試み──きゃあっ!?」

 

 床に放り投げてあるゲーム機を蹴りどけようと少女が足を振りかぶった瞬間、ダンテは少女の足を掬い上げると同時に、その身体ごとお姫様を扱うように抱きかかえた。

 状況の処理にエラーを起こす少女。その合間に静かにソファへと座らせた彼は、また暴れない様にと、その真横に座り肩を抱きがっちりと固定した。

 

「脱出経路を計算……エラー発生……脱出不可能」

 

 身体を捻りその場から離れようと躍起になる少女。だが、どれだけ力を込めようともびくともしないその状況に諦めがついたのか、大人しくソファに背中を預ける。

 

「結構パワーあるなお前。だが、それじゃあ俺の手は振りほどけないな。おら、もっと頑張ってみろよ」

「対象からの挑発を確認。再度脱出を試みます。──エラー、脱出不可……」

「それで終わりか? はっ、ビビってんのか? やる気あるのか?」

「対象からS~SS級の挑発を確認。フルパワーで対応。……脱出不可」

「ってどうして部室に連れて帰ってるの!? ヴァルキューレに行くと思ったら!! 先生も早速意地悪しないでください!!」

 

 ゲーム開発部の部室には、いま四人の影が集っていた。

 「ロボットだらけの廃墟に置き去りはさすがに可哀想でしょ」――モモイの一言で決まり、謎の少女は身柄確保の名目でここへ連れて来られたのだ。

 道中、ダンテが警備ロボットを容赦なく蹴散らすたびに少女は怯えて足を止め、何度も「ここに残る!」と駄々をこねた。そのたびにミドリとモモイが必死に説得し、ようやく部室へ到着した頃には、双子は疲労困憊。

 いまは冷蔵庫から取り出したジュースで喉を潤しつつ、これからの対応を相談している──部屋の片隅で、ソファに座る少女と先生を静かに見つめながら。

 

「ま、とりあえず名前は必要だよね。アリスって呼ぼうかな」

「アリス? AL-1Sじゃなくて?」

「うん! だってそれ読みにくいし、直読みしたらアリスでしょ?」

 

 少女の方を振り向くと、硬直した姿勢で反応を見せた。

 

「本機の名称……アリス。肯定、本機の名称はアリスです。確認をお願いします」

 

 緊張した面持ちの少女の目尻がふわりとゆるみ、口角がやわらかく弧を描く。

 咲きたての花のような満面の笑みがあまりに少女らしく、工場から続く緊張の糸をほぐせたと、姉妹は吐息と共に胸を撫で下ろした。

 

「気に入ってるのならそれでいいけど……」

「ほら見たか、私のネーミングセンス!」

「シャドウとかでもいいと思うがな」

「……否定。否定、エラー発生。再度否定を宣言。本機の名称はアリスに決定しました。シャドウ、否定、エラー。シャドウのネーミングセンスを採点……少女の姿に相応しくないものとして、0点。ひ、ひぃっ! 名称者の状態を確認……え、えらー。無表情の視線を分析……」

「んだよ、悪かったよ。名前はアリスな、オーケー」

 

 

 

 

 




5回くらい書き直しました。。。。
最初の書き溜めが気に入らなくて書き直して、その繰り返し。
執筆って難しいですね。
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