「HaHaHa, Let's rock!」
それはゲーム開発部を後にしてから翌日の出来事。
今夜作戦を決行するというユウカの話を頭にまとめながら、空いた時間であの謎の少女……アリスと彼女達の様子を見に行くかと、彼は今朝の芳醇なコーヒーの香りを口元に残しながら部室に入った矢先の出来事であった。
目に飛び込んできたのは床に突っ伏す少女が二人。桃色と緑色の装飾に身を染めた二人が、そこら辺に散らばるクッションを身に寄せながら微かな寝息を立てていた。
室内は薄暗く、中央に鎮座するブラウン管テレビの青白い光だけが揺れていた。その前でコントローラーを握りしめ、ひたすらボタンを連打する影、アリスだ。ゲームに没頭しているらしく、ダンテの入室にも気づかない。
「ガッツあるじゃねえか!」
画面では、真紅の装束をまとったキャラクターが二挺拳銃を乱射。甲冑姿の敵を霧散させ、カットシーンへ移行する。タイミングを見計らうようにアリスが息をつき、横のペットボトルへ手を伸ばしかけた瞬間、背後の気配にようやく気づいた。
「お前……こんな朝っぱらからゲームしてんのか」
アリスは水をひと口含み、無言で立ち上がるとダンテに歩み寄り、腰をポンポンと叩く。
「相変わらずでかい図体です。筋肉以外にも、ちゃんと中身は詰まってるのでしょうか?」
どこかで聞いた事のある安っぽい挑発をかます彼女の様子は、先日とは打って変わり堂々とした佇まいになっていた。片手で持つペットボトルを肩に乗せ、身体を微かに捻らせながら鼻をフンっと鳴らす。
折角の少女からのお誘いだ。断る理由など見当たる筈もない。
「ほざいたな……チビ助!」
彼女を両脇に抱え上げ、そのまま軸足を中心にぐるぐると高速回転。すると「うわーんっ!」という情けない悲鳴が部屋じゅうにこだました。
その声が目覚まし代わりとなり、双子は眠そうに目をこすりながら上体を起こす。薄く開けた視界の先では、大柄な男が可憐な少女をメリーゴーランドの刑に処している。
「うわわわ! なにしてるのさ先生!」
「アリスちゃんの目が回ってますー!!」
双子の制止に身体を止めた彼は、ゆっくりと彼女を床に下ろす。
アリスは目にぐるぐるとした渦を浮かべながら、おぼつかない足元のままクッションに倒れ込んだ。「おぅっ……!」という出せるだけの低音のダメージボイスを口から流しながら眉をきゅっと締め、まるで歯向かうような目線を彼に向ける。当のダンテはその意気込みに答えるように顎を上げつつ視線を彼女に向け、舐めた感じの態度を表すと、アリスは負けじと再び膝に手を着きながら立ち上がり、再び彼の前に立ちはだかった。
「ガキの遊びはもうやめだ」
そう言って彼は肩をすくめ、そばのソファへ腰を落とした。興味を失ったふりでアリスの追撃から逃げ切ろうとする──なんとも子どもじみた作戦である。だが彼女の瞳の炎は、まだ燃えさかっていた。
「やれよ、まじな遊びをしようぜ!」
アリスは片足を踏み出し、指先で挑発するように手招き。まるで舞踏会への誘いのような仕草に、ダンテは思わず口元を緩める。つれなく断るわけにもいかず、観念して再び立ち上がった。
そして可憐なメリーゴーランドの刑が、もう一度幕を開けるのだった。
ーー
ーー
「Kivotos May Cry……?」
先生が去った数分後。モモイとミドリはとりあえずはと、彼女にゲーム開発部の常識から叩き込むことにした。
「ねえお姉ちゃん、やっぱり無理だよこんなの。この口調じゃ絶対に疑われるって」
「でも、そうしないとユズの居場所が……」
「あ……。そうだったね、ごめん」
「ごめん、の意味を確認……含みのある広義的な言い回しと推測。関係性により感触が異なり、外部の者では推測が困難と思われます」
「ねぇ本当に大丈夫なの!?」
「やるしかないよミドリ。私はとりあえず学生証と武器を調達してくるから、ミドリは私達の常識であるキヴォメイからプレイさせといて!」
「言葉遣いから教えなくていいの!?」
「大丈夫だよ! キヴォメイさえさせとけば自ずと言葉とは何かってのを理解出来るのさ!」
「趣旨変わってない!? ってお姉ちゃーん! あぁ、行っちゃった」
取り残されたミドリは腰を上げ、ゲーム機にディスクをセットした後、テレビの画面を付けコントローラーをアリスに手渡す。
彼女は慣れない手つきでミドリから受け取ると、薄く青く光るテレビ画面に意識を集中させた。
「えっと……アリスちゃん?」
「肯定、本機の名称はアリスです。決してシャドウではなく、本機の名称はアリスです。復唱します。本機の名称はアリスです」
「もうそれは分かったから! えっとね、私達はゲームを開発してるんだけど、その目指す所ってのがあって」
「肯定。ミドリとモモイはゲーム開発部であり、ひとつの到達点を定め、活動を続けていると推測」
「うん、正解だよ。で、アリスちゃんにはその目指しているゲームをしてもらうから」
「その意図は理解出来かねますが……肯定、アリスはゲームをします」
ロード画面が終わり、画面はロゴから始まりオープニングの映像が流れる。
「このゲームにはグロテスク・暴力的な表現が流れます」という注意書きがガラスが砕けた音と共に霧散し、文字が浮かび上がる。炎に身を染めたキャラクターがその文字を悉く砕いていくと、最後に現れたのは黒と白の双銃。「Let's rock! Baby!」という台詞と共に現れたのは──Kivotos May Cry!
「いつ見ても、イカした演出だね。じゃあ早速ボタンを押してスタートしてみよう!」
「肯定。アリスはボタンを押します」
─
──
──2000年前。
キヴォトスの平和が、魔界の進行によって打ち砕かれた。
だが、一人の悪魔が正義に目覚め──闇の軍勢に立ち向かった。
魔剣士 パパーダ。
戦いに勝利した彼はキヴォトスに降臨し──その平和を見守った。
彼の命が──伝説に刻まれるまで。
──
─
炎の背景に浮かび上がるシルエット。そして剣技を振るう姿にまばたきすら忘れて食い入るように画面を見つめるアリス。
そんな彼女の反応が嬉しかったミドリは、初めてこのゲームをプレイした時に得た衝撃と感動が今ここで受け継がれていることに、心を震わせる。
「NEW GAMEを押します」
─
──
prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
──今夜は閉店よ。ったく、また合言葉無しの客か。最近碌な依頼が来ないわね。
──バイクで入店してくるとは。慌てた生徒だ。どこの学校だ? トイレなら裏だぜ、急ぎな。
──20年前、家族を魔族に殺された、伝説の魔剣士 パパーダの娘、トニーね。
──剣だって? こいつを喰らいな!
──
─
「け、剣で胴体を貫かれても平気な顔をしています。エラー発生! 理解不能!」
「ああ、主人公のトニーは悪魔なの。半人半魔って設定でね」
「肯定……設定を記憶しました。ゲームを続けます」
─
──
海を渡り孤島へ。一人の生徒の案内に導かれ古城へと入り込んだトニー。そこに待ち受けていたのは、何かに憑依された木偶人形が主人公に向かってナイフを投げつける場面であった。
いきなりの戦闘場面に困惑するアリス。だが、ここはミドリの導きの元、兜割の連打で何とか窮地を乗り越える事に成功する。
「アリスちゃん、基本操作は覚えたかな?」
「肯定。ミドリから剣の使い方を教わりました。ふふ、トニーがこんな人形に負ける訳ありません。こいつを喰らいなっ! スドドドドドド!」
「ん? まぁ、楽しんでくれてるのならよかった! じゃあ続きを頑張ろうか」
「きゃあ! 新しい装備を取ろうとしたらトニーが剣で貫かれてしまいました!」
「あはは、ここはアリスちゃんからしてみればちょっと過激な場面かもね。でも、トニーの異質さが際立つ大事な場面でもあるんだよ。その剣が結構メインになるから、アイテムを使ってきちんと強化していこう」
──
─
様々なギミックステージをクリアした先。まるで聖堂のステンドグラスの前に置かれているモニュメントを起動すると、天板から一体の大型の蜘蛛がガラスの砕く轟音と共に舞い降りた。
アリスは思わず手に持つコントローラーを握りしめ、額から一滴の汗を垂らす。
「あ、幻影蜘蛛だね。こいつは初見殺しの代表みたいなやつだから、まずは遠くから様子を見てもいいかも。でも、遠くにいると火炎弾を吐き出してくるからサイドロールで避けながら様子を見て見よう」
「お! やってるやってる! 今幻影蜘蛛の所なんだ! こいつ強いよね~」
「お姉ちゃん? もう終わったの?」
「なんか立て込み中だったみたいで、今日中には終わらないんだってさ!」
「……トニーはこんな悪魔になんて逃げたりはしません。Let's rock! Baby! こいつを喰らいな!!」
火炎柱に巻き込まれ、火炎弾は全て当たり、悪魔の引き金を引いて突っ込んでもゲージは途中で切れる。
なんどもサイドロールとジャンプを繰り返す彼女の姿に、思わずモモイはコントローラーを変わって貰おうと視線を移すが、険しい顔つきと共にどこか高揚しているアリスの顔を見て、無粋だと両手を結ぶ。
「あううう……トニーが食べられてしまいました」
「大丈夫だよアリスちゃん! まだ金の石が残ってるから、ふんだんに使おうよ!」
「これくらいでへこたれてたらキヴォメイの最高難易度、TMDなんて夢のまた夢だよ! 頑張れアリス!」
──
─
──ここよ、助けて!
──まさか、お前……!
──甘えたキヴォトス人め。その愚かさを悔いるがいい。お前は我々の計画にジャマなのだ。……死ね!
──トニー! ……なぜ私を助けた。
──母に似ていた。さあ消えな、次はこうはいかない。
──寄るな悪魔! その顔を二度と見せるな! 魂の灯火が消えた、作り物の顔をな。
─
──
「……理解不能。どうしてトニーは彼女を助けたのでしょうか。作り物で、裏切った彼女を」
「さぁ? 見た目は似てても魂は別物だからね」
「お姉ちゃん……シナリオライターならもっと深く考えて……」
「とにかく、前へ進みます。その答えは……先にあるのでしょうか」
──
─
──再びパパーダの血と対面か。昔を思い出す。
──貴様!!!
──ううぅぅ! ああああ!!!
──愚かな、それがキヴォトス人の限界なのだ。パパーダの血も腐ったものだな。
──トニー!!
──……調子に乗るなよ。
──何故母を。
──あんな生き物。母が欲しければ何人でも創造してやるぞ。
──黙れ!!!
─
──
最終決戦の火ぶたが切られた。
身構える中、急に始まるシューティングゲームに困惑し、一旦ポーズ画面で時を止めるアリス。横にいるミドリとモモイに助けを求めるも、「トニーならこんな所で立ち止まらない」という言葉を皮切りに意を決した彼女は、10度のコンティニューを得て遂に第一形態の魔王を打ち破った。
マグマと岩石が織りなす地へと舞い降りた魔王とトニー。両者の睨み合いが続く中、先手を打ったのは魔王。炎の竜を召喚し、必死に避けるトニーだが、攻撃に巻き込まれHPゲージが0になってしまう。
「つ、強いです……!」
「アリス、近くにある魔球を斬れば悪魔の引き金のゲージが溜まるから、それで力を解放して斬りまくるの! このままいっちゃえー!!」
「分かりました……アリス、ガッツを見せます!」
赤の剣を喰らい、何度もアイテムを使い回復しながら、モモイの導きにより最後の一撃を入れるアリス。高揚した顔つきは目尻を細める笑顔になると、三人は互いにハイタッチを交わした。
──
─
マグマから勢いよく飛び出し、身を朽ちさせていく魔王。その姿をカメラが捉えたまま、画面はゆっくりフェードイン。倒れ伏すのは、母に瓜二つ──しかし魔王によって造られた悪魔だった。
トニーは静かに歩み寄り、彼女を抱きかかえる。
いつもの飄々とした顔つきは面影が無く、瞳を麗しくさせるその姿に、アリスは胸をきゅっと握りしめる。
──母さんも、私を守って死んだ。
──私は……お前を。
──お前を暗闇から救えなかった!
──パパーダも見守ってる。安らかにな。
─
──
「ちょちょちょアリスちゃん!? そこまで泣く場面かなここ!?」
「理解……不能……です。でも、トニーはこれで二度も母を守れませんでした」
「大丈夫だよアリス! まだゲームは終わっちゃいないのさ!」
「は、はい! アリス、最後まで続けます!!」
地下に落とされたトニーの前には、先程倒した魔王の姿。「お前も道連れだ!」という台詞と共に、魔王を退ける為斬りまくる。だが、力を使い果たしていたトニーは既に為す術はなく、諦めかけていたその時──。
「こ、これは!? 母の悪魔が来ました!!」
「ふっふっふ、アリスちゃん。このゲームで一番と言っていい決め台詞が待ってるから、しっかりとトニーのかっこよさを目に焼き付けておいてね」
──トニー、諦めないで。大丈夫よ。
──私の力を使って!!!
──決め言葉は?
ーー
ーー
「うう、目の前がぐるぐるします。あそこまで回されたのは初めてです。……ガッツのある奴です」
流石にやり過ぎたと、アリスの背中をさすりながら双子の話に耳を傾ける。
簡単にまとめると、先日から一睡もせずにゲームにのめり込んでいたという内容であった。
どうも、キヴォトスにいる生徒ってのは、猪突猛進な傾向があると呆れ顔で溜息を吐くダンテ。
「休み時間は終わったぜ、まだまだアリスはゲームが出来ます!!」
「ダメだ、お前はもう寝てろ。何? どこで寝ればいいかだって? ……とりあえずシャワーは奥だ。寝る前に身なりを綺麗にしな」