ダンテ先生概念   作:3ご

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作戦開始

 段々と姿を見せる淡い満月が、夜の帷を彩る。

 区画に添えられたビル群が漏れ出す人々の営みは、闇の時を飾り付けるような華やかさを照らし、眼下に広がる光景は見る者によっては、生命の息吹と表現する者もいるだろう。

 風に揺られ靡く紫紺のコート。不気味さを醸し出す銀の仮面はその営みを反射させると、腰に据えてあるホルスターから二丁の拳銃を取り出し、その白と黒のボディを月夜に浮かべながら、このキヴォトスでの新しい相棒の祝砲に心を湧きだたせる。

 

 ──Fruce&Mont Blanc

 FOR SAVIOL OF KIVOTOS

 BY KIVOTOS STUDENT ART WARKS

 

 これは運命だろうかと、仮面の向こう側でニヒルに笑みを浮かべながら、目的地である博物館へと狙いを定めるダンテ。

 その頭の中には、棘がありながらも、無鉄砲な若い時期に面倒を見てくれ、唯一無二の最高傑作を作ってくれた彼女の事を思い浮かべていた。

 確かあの時も、WARKSのスペルミスを指摘したことがある。それを彼女は「昔っからそれで通してきてるんだ」と一蹴した。それが彼女の遺品になり時が経ち、今度はその息子と対面。いい加減スペルミスを指摘してくるやつにうんざりしていた彼は、その銃の処遇を彼に任せることになる。

 結局、誤字は直されずに手元に戻る事になるのだが……その時にどう感じたかなど、彼なら覚えているはずもないだろう。

 

 ただひとつ懸念点があるとすれば、エンジニア部の反応だった。

 

 折角の大切な銃。

 キヴォトスでは銃と言うのは普遍的な物であり、裸で歩いている人と銃を持たず丸腰で歩いてる人、どちらが多いかと議論が巻き起こる程、銃は肌身離さず持ち歩く物だ。

 学校が卸して生徒に配布したりするのが通常の入手方法。だからこそ、彼女達は弾は買っても銃本体を自らの小遣いで買う事など殆ど無い。

 それくらい当たり前に手に入る物であり、なんなら道端に落ちていたりするくらい普遍的な物なのだ。

 

 それを、数人の生徒がなけなしの小遣いを出し合って、あなたの記憶に残るようにと態々名前まで付けて贈る、ということがどれだけ神聖な行為なのかは、キヴォトスに来て間もないダンテでも理解が出来る程。

 だからこそ、エンジニア部……特にヒビキは泣いて謝って来たのかもしれない。

 何度も何度も「ごめんなさい」と頭を下げる彼女の肩に手をそっと添え「最高の贈り物だ。大事に使わせて貰う」と本音を言う彼。伏せた涙目で再度謝ろうと口を動かした彼女の唇を人差し指で止めると、何度も銃身を眺めては、その文字を指で撫でた。

 この出会いは、キヴォトスという世界に自身の居場所があると彼に思わせた。

 別の世界軸から来た彼は、元の先生に頼まれたとはいえ、自身以外にも務まるのではないかと、どこか頭の片隅で疑念を咲かせていた。ムンドゥスがいるとはいえ、それはバージルやネロでも構わないはずだ。だが、その些細な種もスペルミスとの出会いで全て吹き飛ばされる。きっと──自身じゃなければ成し得ないのだと、胸に確信を持ちながら。

 

「先生、準備はよろしいですか?」

 

 仮面の内側にある通信機からユウカの声が聞こえると、彼は身を屈ませ応答する為に仮面に指を当てた。タッチ式搭載のハイテク機械は慣れればとても便利な代物だ。学校に戻ってエンジニア部に改めて礼を言わなければならないと、さっさと任務を終わらせる為に脳内の集中力を高めさせる。

 

「改めて、任務を再説明しますね。目的地は西の博物館。そこにあるひとつの聖遺物──コインのアルカナを回収し、セミナーの元へと届けてください」

「了解だ。警備は変わらずC&Cが?」

「はい……やはり彼女達に依頼しましたね、博物館の管理者は。ま、予告状を出しましたからね。ミレニアムでも一番の戦闘力を誇る集団──C&Cのコールサイン・ダブルオー、続いてゼロワン、ゼロツー、ゼロスリーが勢揃いです」

「予告状を出した意味はあったのか?」

「ええ、確実に手に入れる為に必要なことでしたから。カイザーの手口は基本的に警備の薄い時を狙います。それに……もし奴らが便乗して現れたりでもしたら、それこそ尻尾を掴むチャンス。一石二鳥……いえ、ここでC&Cと戦闘行為を行えば先生がミレニアムサイエンススクールの手の者でないことの証明にも繋がります。一石三鳥ですね」

「ま、なんでもいいさ。とにかく──コインのアルカナ、そしてC&Cとの戦闘が今回の任務って訳だな」

 

 両手に持つ愛銃をホルスターに収めると、彼の視線の先には別のビルの屋上。

 この衣装は滑空装置も無く、頼れるのは己の身体のみだ。せめて楽になる装置を付けられないかと頼んでみたが、下手に機材を突っ込むと先生の身体能力に耐えられず故障をしてしまうと、ユウカに止められてしまった。

 

「先生、ルートと脱出地点は把握していますよね?」

「ああ、ばっちりだ。任務が済んだ後は地下鉄のスタッフルームまで逃げ込む。んで衣装を解除して、表に出て車に乗り込むだったな」

「正解です。では、作戦を開始します」

 

──ご武運を。

 

 彼女の言葉を皮切りに、一気に跳躍し、ビルに飛び移る彼。

 二丁の相棒を携えながら、夜の街を華麗に飛ぶその姿。ゲームから飛び出たその影はまさに伝説の魔剣士の降臨だと。

 ──キヴォトスにその噂が広まるのに、そう時間は掛からなかった。

 

ーー

ーー

 

 ミレニアム市街の喧騒を遮るかのように、光沢ある白の外壁が静かに聳え立つ。自動ドアを抜けると靴音を吸い込むほど滑らかな白大理石のエントランスが広がり、天井まで届くシャンデリア型ホログラムが穏やかな星屑のように光を落としている。壁はマット仕上げのスチールパネルで、点在する展示ケースを照らすライティングレールが細い金の線を描く。空調はほのかにバニラと紙の匂いを運び、奥へ進むにつれ空間の温度がほんのり下がる演出だ。

 

 最も目を奪われるのは上階の中央ホール。

 

 吹き抜け五層分の天井をレーザーカットの格子窓が取り囲み、昼は柔らかな自然光、夜は無数のフィラメントライトが陰影を刻む。その正中に鎮座するのが、高さ6メートル超のブロンズ像……伝説の魔剣士像だ。正装を纏った騎士が両手で握った剣を黒い玄武岩の床に真っすぐ突き立て、刀身から伸びた青白い導光ファイバーが床面に円形の光紋を刻む仕掛けになっている。

 

 その脇に小さく添えられているのが、コインのアルカナだ。

 曇りなくガラスパネルの中に展示されているそれは、人によっては禍々しいという印象を抱く代物。しかも、ミレニアム切っての天才である二人の生徒が太鼓判を押したことから、それを一目見ようと大勢の生徒が押し寄せてくるのは日常茶飯事。もっとも、今夜に至っては人っ子一人も見かけぬ徹底ぶり。それもこれも、全ては予告状のせいである。

 

 そんな状況にも関わらず、大きなあくびをかます生徒が一人。

 

 桃に近い前髪が鋭い赤瞳へ斜めにかかり、半開きの口元は今にも噛みつきそうな歯列をのぞかせて怒気を募らせた。頭にはレースのフリルを連ねたメイドカチューシャ。胸元にはターコイズの細リボンと学生証ホルダーが揺れ、腰には白いエプロンを重ねた深藍のプリーツスカートがひらり。

 ミレニアムが誇る、不敗神話を備えた最強の一人。美甘ネル。

 

「ったく、その予告状本当なんだろうな? もう数時間警備してるが、ネズミの一匹も入らねえ」

「ほんとにねー。暇だとついついぼーっとしちゃう。また博物館内を見学してこようかなー!」

「アスナ先輩もネル先輩も、緊張感が足りていませんよ。態々予告状を出したという事は、敵はよっぽどの自信があるということ。例えそれが悪戯でも、私達C&Cは任務を黙って遂行するもの。ネル先輩から教えて頂いたと思いますが?」

「わーったわーったよ! でもよ、こうも何も無いと私がいる意味なんて無くないか? どうせ暴れ回るだろうからって銃はへなちょこなリボルバーに変えられるわ、警備が深夜の二時までって学生の本分を忘れられるわで碌な事がねーよ」

 

 さらに緊張感もなく、ネルは近くのテーブルに置いてある缶の蓋を開け、ぐびぐびとジュースを飲み始めた。

 基本的に博物館での飲食は禁止だが、そこは信頼されているのか、彼女達には許可が出ている。基本的に信頼度は高いのだが、一番の懸念点は……倒壊だ。彼女達が関わる任務は100%に近い確率で成功するのだが、被害額が尋常じゃない。いくらミレニアムサイエンススクールがその技術で利益を上げているとはいえ、破産するレベルの破壊を巻き散らすのだから、依頼者としても慎重にならざるを得ないのである。

 

「……アスナ先輩、ふらりといなくなったと思ったら見学してたのか。まぁ、この博物館は結構値段が張るからな。気持ちは分からないでもない。……私も見学してきていいかな」

「あらカリン、ダメに決まってるでしょう? 爆発に巻き込まれたいの? ……というか、持ち場はどうされたのですか。あなたはスナイパー、ここに居ては意味も無いでしょう」

「……トイレに行きたかったんだ。もう済ませてきた。これから持ち場に戻る」

 

 そそくさと後にしたカリンの背中を目で追い、姿が見えなくなってから次なる標的であるアスナを見つめるアカネ。

 よく戦闘では遊撃隊として機能する彼女だが、今回は敵の標的は決まっている。下手に単独行動されて連携を取れないと大幅な戦力ダウンだ。

 

「アスナ先輩も、きちんと警戒しておいてください。いつ敵が来るか分かりませんから」

「うん? うーん……そうだね」

 

 いつになく反応が薄い彼女の視線の先には、今回の標的である聖遺物の一つ──コインのアルカナ。

 珍しく一つの物に釘付けになってる彼女を見て、アカネは不思議そうにアスナの顔を見つめる。

 いつもはものの数秒──長くて数十秒。珍しい物を見ては興味津々な様子で笑顔を絶やさない彼女だが、今日に限っては少しだけ眉を下げているその顔に、違和感を覚える。

 

「アスナ先輩? 私の話聞いてましたか?」

「へ? ああ、ごめんごめん、聞いてなかった! どうしたの?」

「緊張感を持って任務に挑めだそうだ。後輩の頼みだ、真面目にやるぞアスナ」

 

 既にネルは立ち上がっており、天井や窓、そして地面に対して気を配り始めていた。

 

「わ! ごめんねアカネ、もっと真面目にやるから!」

「え、ええ……あの、こう言ってはなんですが……何か悪い物でも食べましたか?」

「へ? ううん、でもそれは正解かも。なんか気分が優れなくなってるんだ」

 

 彼女の顔は、誰が見ても明らかに顔色が悪かった。満面の笑みは少し陰りを帯びている。

 

「おいアスナ、どうした」

「うーん、よく分からない。なんか頭の中がぼーっとしてきて……」

 

 ネルが彼女に近づくと、掌を躊躇なくおでこに合わせる。

 首を傾げ不思議そうな顔をするネルに、きょとんした顔をしたアスナは「何も変なことなんてしてないよ」よと返すが、ネルの顔は段々と険しくなり、怒声が出る寸前だ。

 ネルはけだるそうにしている面もあるが、それは彼女が危機感を感じていないからではない。仲間がおり、確実に任務をこなせるという……根拠の無い自身だが、信じているからこその態度である訳だ。

 だが、今目の前にいるのは体調が優れなさそうな昔からの相棒。

 

「なぁお前ら、なんかおかしいと思わねえか?」

 

 カリンにも聞こえるように無線を用いたネルの疑問の声。

 

「このコイン……リオの奴もやばいっつってた代物だ。あいつに……解読不能と言わしめさせたこの聖遺物。それを欲しがる奴は今までいた。特に……まだ確定の証拠はねーが、カイザーさえ欲しがってた物だろ? んなら、態々予告上なんか出さないで手薄な時に狙えばいい。このコインはなんなんだよ。直感だが、アスナの様子がおかしくなっちまってるのはこのコインのせいだ」

「最もです。ですが……それでも私達のやることは変わりません」

「ねえ! 私なら大丈夫だよ! ほら見て! 全然動けるもん!」

「下手に暴れるなよ。なんか、どっかの知らん奴の手のひらに踊らされてる感じがするんだ。なんつーか──」

 

 ネルが言いかけた瞬間、天窓が乾いた破砕音を立てて弾けた。

 月光を帯びたガラス片がホールへ霧のように降り注ぎ、その中心へ黒い影が落ちる。

 着地は静かだが、床石がわずかに軋む――並外れた体重と筋量を物語っていた。

 

 膝をついた巨躯がゆっくりと身を起こす。

 胴を包むのは紫紺のロングコート。裾がはらりと翻り、銀糸の文様が一瞬だけ灯りを返す。

 顔を覆う銀の仮面には表情がなく、照明が映りこむたび不気味な光が走った。

 

 突入してきた正体不明の侵入者を前にしても、C&Cの面々は一拍遅れて固まる。

 相手の眼差しも動じることなく、ただ淡々と場を測るかのようにホールを見回していた。

 その静けさが、銃口を向けるよりもよほど強い圧となって空気を締め付ける。

 

 

 

 

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