粉状に砕け散ったガラスの破片がシャンデリアの陽光に照らされ、行き場も無く静かに地に落ちてゆく中、赤の瞳が鋭利に研ぎ澄まされる。その者はいち早くその異質さを感じ取ったのか、腰に据えられている二丁の拳銃に手を掛け、ゆっくりと姿勢を崩し始めた。
相対する彼女はキヴォトスでも指折りの実力者。数多の戦闘経験からくる俯瞰した視点、そして立ち姿であれ隙を見せぬ体幹の位置、乱暴で粗雑な戦闘スタイルとは真逆とも言える冷静な立ち回りと観察眼。己の力量と無茶を混同することなく、常に合理的な選択肢を取れる頭の回転の速さと戦略性を兼ね備えたチームワークの指揮。
──約束された勝利の象徴。
勝利に勝利を重ねた彼女に付けられた畏怖であり希望。大胆不敵に戦場を舞い、破壊と混乱を巻き起こすその様はミレニアムの生徒なら知らぬ者などおらず、数多の恐怖が言伝として伝説に刻まれる。
身近にいる彼女の後輩、そして同級生であるC&Cのメンバーである彼女達は重々身を持って美甘ネルを知っている数少ない人物であり、そんな彼女の元で任務を受けられる事を内心誇りに抱いていた。だからこそ──信じられなかった。その美甘ネルの額から、一滴の汗が流れ落ち、地面を跳ねたこと。鋭利な赤の瞳が驚愕の瞳に変わり、異質な敵を前にしても不敵な笑みを浮かべるどころか口元をきつく結ぶところなど。
──初めての、経験だった。
「リーダー!!」
アスナの一喝が静寂を裂く。ネルはハッと我に返り、腰のリボルバーを抜いた。文句を言う暇もなく、慣れない手つきで銃口を掲げるやいなや、先に動いたのは彼女自身だった。
踏み出した一歩が加速装置となり、銀仮面との距離を瞬時にゼロへ縮める。まずは牽制の一発──引き金を引いた瞬間に跳び込み、炸裂音すら置き去りにしてもう一歩。床を蹴り、空中で体勢をひねると、両脚をハンマーのようにそろえて相手の面へ叩き込む。
並の相手なら頭蓋ごと粉砕されるはずの蹴撃。しかし仮面の男は腕を交差して衝撃を受け流し、まったく揺るがない。すぐさま背面へ跳躍し、後方の伝説の魔剣士像──地に突き立てられた剣の腕に片足で着地した。
ネルも追撃をためらわない。伝説の魔剣士像の腕へ足を付けると同時にネルが弾丸と共に一気に後を追うが、これも当然の如く躱し、互いの銃口を睨みつけた。
「アスナ、アカネ、カリン!!」
魔剣士像の片腕に立つネルの瞳は銀仮面から逃れられず、胸中で高鳴る警鐘を押し殺しながら、仲間へ指示を飛ばす。
「てめえらはブツを持って撤退しろ!!! このままだと全滅だ!!!」
「ですが、皆で戦えば……!!」
「勝利条件を履き違えるな! コインを持ってさっさとランデブーポイントまで急げ、部長命令だ!!」
C&Cとしては初めて耳にする「撤退」の二文字。アスナとアカネは一瞬、戸惑いに足を止める──が、ネルの「二度も言わせんな!」という鋭い叱咤に背を押され、すぐさま行動へ移った。
展示ケースの防弾ガラスを撃ち砕き、聖遺物のコインを掴み取る。割れた破片が床に弾け散る音を合図に、二人は背を向けて走り去った。
足音が遠ざかるたび、ホールにはネルと銀仮面、ただ二つの呼吸だけが残る。
「んだよこいつ……くそっ!!」
銃声が弾け、一発の弾丸がまっすぐ銀仮面へ走る。彼は膝を抜くように身を沈め、刹那の反動をばねに天井近くまで跳躍した。宙で外套を翻し、両腕を大仰に広げて挑発の構え。ネルは舌打ちを返し、絡みつくような軌道で一気に距離を詰める。片手に握ったリボルバーを振りかぶり、銀仮面を粉砕せんと真っすぐ突き出した。
だが、装填の残りを撃ち尽くした瞬間、銀仮面は動きを見切った。跳躍のままネルの足首をつかみ取り、腕で数度しならせる。極端な遠心力に抗えず、地面に投げ飛ばされる。ネルは体勢を立て直せないまま床へ叩きつけられた。さらに引きずるように摩擦で減速する暇もなく背中ごと壁面へ激突。肺の空気が一気に絞り出され、荒い呼吸を整えるだけで精いっぱいだ。
「がッ……! ぐ、く、くそ!」
肩を捩りリボルバーをシャンデリアに向かって投げ込むと、根元で吊り下げていた金属は千切れ、ホール内に砕けたガラスの音が轟く。
そのまま部屋を後にした彼女は、館内にいる警備ロボットに指示を出しながら己の武器──ツイン・ドラゴンに向けて走り込んだ。
破壊の限りを尽くすからと、館内では使用を禁止された彼女の象徴。裏を返せば、本気にならなくともC&Cのチームプレイがあれば容易く犯人を制圧する事が出来るという信頼。当然、チームの勝利に揺るぎない自信を持っていた彼女も「仕方ない」の一言で済ませていたが、まさかそれが裏目に出るなど、予想していない。
──悔しい。
たった数十秒の戦闘の間、己との力量差を測れぬ程、彼女は愚かではない。真正面では太刀打ち出来ないと判断した彼女は戦術思考から戦略思考へ切り替える。
背後からけたたましい銃声が鳴り響く。機械のエラー音と爆破音が彼女の耳を劈く間、ロビーのガンボックスに収納された二丁の銃を掴み、長い鎖を背中に回す。そしてマガジンいっぱいの弾丸を照明に向かって撃ち尽くすと、館内は月明りの闇に包まれた。
頭が冷える。瞳がぼんやりと室内の全体像を移す。荒い呼吸が段々と静かになり、無邪気な口元は冷静に閉じられ、脳内の勝利条件を書き換えた。
どこの誰だが知らないが、そいつは聖遺物のコインを狙っている。己の任務はそのコインを奴の手に渡らせない事。その必須条件として、今コインを持って撤退している二人の隊員がランデブーポイントまで到着し、ミレニアム学園までその身を隠し続ける事──。
達成条件は多岐に渡る。相手を戦闘不能にさえすれば無条件で任務達成だ。だが──それは叶わず仕舞いだろう。
「はっ! 戦う相手を間違えた事、後悔させてやる」
ホールでの銃声と爆発音が落ち着くと、ガラスを踏みしめる音がロビーに響いた。
暗い月明りを反射する不気味な銀の仮面は、首を動かし辺りに視線を這わせると、片方の手で仮面に触れ、その場に立ち尽くす。どこかに連絡をしているのだろうか、それとも追跡装置を起動しているのか判別が付かない。だが、目元さえ覆うその仮面は明らかにテクノロジーの産物だ。つまり、それさえ壊してしまえば通信手段が無くなり追跡の時間を遅らせる事が出来るのではないだろうか。彼女の勝利条件に一筆追加されたその情報は、到底戦術で敵わぬ敵に戦略的な勝利を浮かび上がらせる。
紫紺の影がロビーカウンターに隠れている彼女に背を向けた瞬間──二丁のサブマシンガンが銀仮面に向かって一気に撃ち放たれた。毎秒20発の圧倒的な連射を誇る銃弾の嵐は確実にその影を捉える──はずだった。だが、その銃声に即反応を示した銀仮面は、あろうことか二丁の銃から同じ、いやそれ以上の弾丸を放つと、弾同士がぶつかり宙で霧散。けたたましい火花がロビーに激しい閃光を齎す度、紫紺のロングコートがその余波で靡く。
まるでエネルギー同士の鬩ぎ合いのように、弾丸の軌跡が光を描きぶつかり爆ぜるが、拮抗していた弾の余波は段々と彼女の方に競り寄るその展開にたまらずカウンター内部へと身を引く。
「ふざっけんな! マガジンに一体何発入ってるんだ!?」
理屈を理解するのは後だ。
マガジンを宙に投げ、カウンターから身を乗り出したネルは銀仮面に向かって走り抜く。そして銃を振りかぶると同時にそのマガジンをサブマシンガンに装着させると、まるで剣を振るうように襲い掛かった。が、その攻撃は空を切り、振りかぶった銃は地面を抉る。バランスを崩した彼女の脇腹に銃口が押し当てられそのまま突くようにいなされ、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。すぐさま仰向けに振り返る彼女だが、目線の先は銀の銃口。牽制の一発が地面を抉り取り、木くずが舞う中鋭利な赤い瞳が銀の仮面に突き刺さる。
「はっ、とどめを刺さないたぁ余裕じゃねえか。だが、その油断が命取りになるなんて思わねえだろうよ」
C&Cの任務は、結局のところ大半が戦闘に行き着く。護衛だろうが潜入だろうが、最後は──ネルが暴れ、カリンが援護し、アスナが遊撃に回り、アカネがすべて爆破して終わる。
そのために現場へ持ち込む装備は多いが、実戦で使われないまま転がる武器も同じくらい多い。
床に残っていたのは、弾痕ひとつない小型ミサイルランチャー。装填は一本……だが一発あれば十分だ。
ネルは銃を握りしめ、銃口でランチャーを指し──引き金を弾いた。火花が散り、ミサイルが射出される刹那、双銃の鎖が先端に伸び絡みつく。爆風をまとった鎖がネルの全身を一気に引き上げた。
「ボケっとすんな、てめえもだよ!!!」
接近戦の最中に密かに鎖の角度を調整していた──その事実を銀の仮面は見抜けていなかった。
ミサイルは仮面の足を絡め取るようにロビーの扉ごと引き裂き、火花を散らして上昇。
激しい慣性に身を揺らしながら、ネルはもう一丁のサブマシンガンを仮面へぶつける。しかし相手は宙で身体を螺旋にひねり、至近距離の銃口を素手でいなし切った。
「なんて力してやがる……!」
遥か上空……ビル群の頭を抜いた矢先、銀仮面は勢いの落ちてきたミサイルから剥がすようにネルを投げ飛ばす。そしてミサイルを軸に彼女に向かって飛び移る中、瞬時に振り返りミサイルに銃弾を撃ち尽くすと、まるで花火のように霧散。その衝撃を受けさらに加速したネルの身体はビルの屋上の地面を抉ると同時に壁に背中を打ち付けられ、声にならない声を上げる。
よろよろと震える足腰に喝を入れ、見栄と意地を張るように立ち上がる彼女の佇まい。その姿に興味を抱いたのか、伝説の魔剣士の恰好をした銀仮面は静かに地に足を付けると、今度は真正面から彼女の前に立ち尽くした。
「お前、中々やるな。嫌いじゃないぜ」
不敵な機械音声が場を包む。冷酷でも、残虐性も感じないその声色に疑問の顔を浮かべるネル。
残忍を好む生徒は意味も無く笑い、まるで舞台役者が悪役を演じるように己の悪辣を表に出すものだが……目の前の影はにはまるで悪意を感じない。圧倒的な戦力を誇るにも関わらず、まるでゲームを楽しむ素振りさえ見せる。
──ネルにとって、それはあまりにも初めての体験だった。
「そうかよ、まぁ……てめえみたいなのに好かれても困るけどな!!!」
銃口が、爆ぜた。
幾たびの弾丸は相変わらず銀仮面の手元にすら届かず全て撃ち落されるが、だがネルは織り込み済みだ。それが特性なのなら、考慮して戦えばいいだけのこと。
真っすぐ突き進み距離を潰し、身体の勢いが風に乗り始めた頃合い、彼女は身を屈め片足を前に床を滑り進んだ。そして彼の視界から消えたその身体は今度は地面を蹴り上げ宙に舞うと、今度は懐から出したいくつもの手榴弾が彼の足元に転がる。
「これで終わりだと思うなよ!!!」
反動を殺さず背面へ回り込み、空中停止の姿勢から双銃で手榴弾を射抜く。連鎖する爆炎が屋上を真紅に染め、粉塵と熱風が吹き荒れた。
視界が眩む中、両腕を広げ風圧を巻き起こし煙を巻く銀仮面。その視界の先に二丁の銃口を向け次なる攻撃に備えるが、既に彼女はおらず、見えるのはミレニアムのビル群の夜景。
気配を察知したのも束の間、顔を見上げれば二丁のサブマシンガンが今まさに火蓋を切ろうとしていた。天に向かい両足を突き出し、重力に逆らう羽のように弾丸を飛ばした彼女の身体は宙に固定され弾丸を地面にばら撒く。
「とどめ──!?」
しかし蜂の巣になるはずだった位置に影はなく、刹那、胃の奥に沈み込む重い衝撃。
仮面の踵がネルの腹部を打ち抜き、息が喉奥で途切れた。呻きとともに身体が弾かれ、屋上端のグラベルを散らして転がる。
何度も地面を転がり、何度も背中を打ち付けられた彼女の身体はボロボロだ。至る所に見える傷跡が痛々しく、意識も朦朧とする。
なんとか立ち上がろうとする彼女だが、足元から亀裂のような痛みが走り、悲鳴と嗚咽を上げた。
「もう終わりか。まぁ、だいぶ頑張った方じゃねーか」
「あたしは……コールサインダブルオー。お前みたいなのに遅れを取る訳には……!」
「やめておけ。動くのもやっとの筈だ」
銀仮面は背中を見せ、ミレニアムの夜景に向けて歩く。
「てめぇ……なにもんだ」
「何者……ね」
機械音声からでも聞き取れるニヒルな声を出すその人物は、夜景を背負い、彼女を見つめ両腕を広げた。
「俺の名前は──レッドグレイヴ」
背中から宙に落ちたと思ったら、轟音と共にと余波を生み出す。
静寂に広がるその空間が、彼女に初めての「敗北」を告げた。
「レッドグレイヴ……聞いた事ねぇ。……おもしれぇじゃねぇか」
息が整った彼女は立ち上がり、痛み行く足を引きずりながら、ビルの淵まで歩を進める。
そして瞳が夜景に染まり頃合い、敗北という二文字が心の中で吹き荒れた。
願うは雪辱、欲は力。
悔しさと同時に湧き出る高揚感は、己の心を締め付ける。
「あいつに勝つには並の訓練や戦術じゃダメだ。地獄の淵を見ねえと話しにならねぇ。……それこそ──悪魔も泣き出す程の……な」
手も足も……出なかった。
その事実を胸に、彼女は倒れ込み天を仰ぐ。
泣きはらしたい瞳を抑え、情熱の炎を燃やすように口角を曲げながら、通信用のマイクにスイッチを入れる。
「こちらコールサインダブルオー。……すまねえ、戦闘不能だ。引き続き任務を遂行してくれ。オーバー」
そういえば、空いた時間の傍らでバージルのお話を制作・構想中です。
5の後の物語で、オリキャラとかを含めた作品ですが、作者が「こんな感じだったらいいな」みたいなのを詰め込んだ感じになっています。
クロスオーバーではなく、完全なデビルメイクライの二次創作ですね。
お披露目は……順次公開ではなく、完結まで書き切ってからの公開予定なので、結構時間が掛かると思います!
笑いあり、胸糞あり、かっこよさありそして──愛もある。
じっくり時間を掛けて執筆して参りますので、ご興味がある方はお楽しみに。