ダンテ先生概念   作:3ご

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やり過ぎ

 アスナがハンドルを握り、助手席のアカネがタブレットでルートを指示する。車体は低くうなりを上げながら、偏光フィルムを貼ったアスファルトを疾駆した。タイヤが巻き上げる風が、路肩のデジタル広告をわずかに揺らす。

 メインストリートの両側には、超高層ビルが幾何学模様をまとってそびえ立つ。コバルトブルー、マゼンタ、ライムグリーン──光の洪水が夜空へ昇り、その反射が低い雲を虹色に染めていた。

 頭上では、磁気リニアのモノレールが静かに滑り抜けてゆく。レールに沿って走る誘導灯が波打つように点灯し、列車の残光と混ざり合って光の帯になった。

 一角を曲がると、歩道は光ファイバーのタイルで敷き詰められ、踏むたびに靴底の圧力を感知して水面のように色が揺れる。路面店のホログラム看板は、街路樹を模したAR映像を空中に伸ばし、枝葉にはナビ用の矢印や広告が咲き乱れている。

 対向車の流線形ボディが、クロームの街灯と建物のネオンを鏡のように映し返した。ガラスキャノピー越しに室内の照明がぼんやり透け、運転支援HUDの光点がフロントガラスに浮かぶ。車線を示す青いサイドライトが、アスナの淡い髪を淡く染め上げては通り過ぎる。

 煌びやかなミレニアムの夜の街を疾走する曲線を描いた影。黒のボディは夜の残響の色調を跳ね返し、鋭利な先端にはいくつもの最先端技術が詰め込まれ、例え視界が霧に覆われても安全に走行可能だ。

 そんな装飾に身を包まれても尚、二つの影は緊張した面持ちで指定されたランデブーポイントまで辺りを警戒しながら、ライフルの残弾数や爆弾の残数を互いの頭の中で交わすように会話を続ける。

 マイク越しのスナイパーの声も、どこか少し怯えた子犬のような印象を与えた。

 

 ──撤退。

 

 C&Cとして、ネルが部長として座していた期間、数多の任務が行われていた。

 強盗の制圧や悪徳企業の対処、紛争地域への介入や潜入任務まで。ありとあらゆる戦いを経験した彼女達に、怖い物などない。

 それもそのはず。例え様々な失敗や必須条件が満たされなくとも、最後にはネルが全てを解決するからだ。

 小さな身とは思えない程のパワー、そして粗雑な射撃に見せかけた正確無比な一撃。まるで隼を相手どるかのような俊敏性から織りなす技の数々は、未だ誰も打ち破ったなどと、デマすら流れない程である。

 かといって、ネルが単独でいつも事件を解決するワンマンなリーダーかといえばそうではなく、何よりもチームでの勝利に重きを置く。普段の振舞からは想像が出来ない程の戦略家な一面がある。巨大な兵器を討滅した時も、彼女は自身の力に拘らず、仲間の力を信じ……絶望と言われた任務でも必ず勝利の咆哮を上げていた。

 アスナの瞳に映る……忘れることのない思い出の数。

 巨腕を振りかざし地面を抉るロボットの腕を走る赤髪の楽しそうな顔。そしてマイク越しに指示を出したと思ったら、宙に上がり兵器の関節に向けて二丁のサブマシンガンを連打。装甲が剥がれかかったその部分にアカネの爆弾が差し込まれると、ネルの掛け声の元カリンの一撃が空を切り、兵器の腕が捥げ落ちる。

 

「アスナ先輩? 聞いてました?」

「うん? あ、ごめんぼーっとしてた!」

「……ネル先輩からの通信、途絶えました。きっと回収されたのでしょう」

「そうなの!?」

「ただ、怪我が酷いようです。で、先輩からの忠告だそうですが……決して戦おうとしないこと。だそうです」

「リーダーにそこまで言わせるなんて……緊急事態だね」

「はい。正直──私も動揺しています。というよりも、今初めて恐怖を感じているかもしれません」

「大丈夫だよ! あと10分で到着でしょ? 車の追跡は困難だし、このままずっと──」

 

 アカネの不安げな表情がようやく緩みかけた、その刹那──。

 ゴンッと鈍い衝撃音がキャビンを震わせた。まるで巨大な猛禽が降ってきたような打音。何事かと思う間もなく、ルーフがきしむ金属音を上げながらメリメリと剝ぎ取られ、淡い紫のネオン光が車内へ雪崩れ込む。逆光に浮かんだそこには、不気味な大きな影。その輪郭を見違えるはずもないアスナは、反射的にステアリングを強く切った。

 

「飛ばすよ!! アカネ!!」

 

 ブレーキランプと看板のホログラムが光跡を描くメインストリートを、車はほとんど最高速で突っ走る。並の生徒なら遠心力で放り出されるはずだが、銀仮面の男はボディ上で片膝を立てただけ。バランスを取るそぶりもなく、波に乗るサーファーのように悠然と立っている。アカネの放つ弾丸が幾度も影に向けて閃くが、すべて弾道を読まれ、鋼が裂く風鳴りだけが虚しく暗夜へ散った。

 

 視界いっぱいのネオンが流れ、スパークする街灯のフリッカーがフロントガラスを駆ける。アスナはアクセルを踏み込みながら、ビル街の端に伸びる高架のガードレールへ真っ直ぐ突進──

 

 フェンダーが火花を散らし、柵を粉砕。車体は体勢を崩したまま夜風を切って滑空し、路面へ着地。衝撃を残したまま数メートル跳ねて着地すると、そこはコンテナが幾重にも積まれた無人の工業地帯だった。赤錆びた積み荷が無数の影を作り、照明一つない広いヤードが、二人と不気味な銀仮面を闇の中へ呑み込んでいった。

 コンテナに車体が差し込まれるその瞬間、二人は車から飛び降り地面に転がる。車体は速度を維持したままコンテナに激突しボンネットをめり込ませると、散らした火花はやがて炎となり、硝煙と共に爆発音を巻き散らした。

 

「いたた……アカネ、無事?」

「はい……なんとか」

「さっきのあいつは? これくらいで振り切れる訳──ないよね」

 

 コンテナの上から見下ろす影。その傍らには、先程までは見せなかった……対物スナイパーライフル。黒と青のラインが銃身の先まで走り、中央にはミレニアムのマークが描かれたその銃は、まさしくC&Cの物。

 

「あれはカリンの……!」

「やられちゃったんだ……ね」

 

 銀仮面の男は極端に軽い着地音を残して砂利へ降り立つと、手にしていたライフルを片手で投げた。銃身は弧を描きながら滑り、アスナとアカネの足元でカシャリと跳ねて止まる。

 コンテナヤードは夜気と鉄錆の匂いに満ち、遠くの誘導灯が橙の点滅をくり返すばかり。ネルですら退けられた相手を前にして、どう動けばよいのか──アカネの思考は空転し、数秒間ただ睨み合いだけが続いた。

 

「さっさとコインを出しやがれ」

「やーだねっ! あなたみたいな悪者に黙って従うなんてごめんだよっ!」

「そうかよ。まぁ……服全部ひん剝いて探してもいいけどな」

「く……! なんて野蛮な!!」

 

 アカネは震える指先でスモークグレネードを抜き取り、足もとへ転がす。白煙が一気に膨らみ、視界を奪うモヤがコンテナの隙間まで満たした──はずだった。

 

「アスナ先輩!! コインを持って早く逃げ──」

 

 しかし銀仮面は逃げもしない。すぐに突風のうなりが煙を巻き上げ、ひと呼吸のうちに霧を引き裂く。回転動作を終えたとき、男はもうアスナの鼻先にいた。

 咄嗟にアカネが飛びつくが、背中越しでも気配を察知した彼はすぐさま彼女の腕を握ると、そのまま前へと振りかぶり地面へ叩きつける。気を失ったアカネを放り捨てると、アスナが構えたライフルをひょいと奪い取り、彼女ごと後方へ投げた。

 背中で地面を滑りながら、アスナは目を瞬かせ事態をのみ込む。それでも瞳に宿る炎は消えない。立ち上がりざま、手にしていた聖遺物のコインを──まるで意地と誇りを守る盾のように、胸元の谷間へと押し込んだ。

 

(……まじかよ)

 

 服をひん剥くなど脅しだ。それがアスナなら猶更、あの純粋無垢な瞳を己の姿でない、しかも彼女の視点から悪に見えるこの姿で、酷い事など出来る筈がなかった。

 だが、数多の選択肢はアスナの意地により砕かれ、方法は一つになっている。これはどうしたもんかと悩む男。

 

(あまりやりたくねえが、最低限傷つかない方法はこれしかねえな)

 

 腰のホルスターから銀仮面が双銃を引き抜くや、──空気を割る乾いた連射音が暗い空間に跳ね返った。

 アスナは反射的に身をすくめたが、痛みはどこにも訪れない。恐る恐る顔を上げた彼女の視界に飛び込んできたのは──アカネのこめかみ際で砕けた舗装と、そこへ吸い付くように伸びた銃口の影だった。

 

「どうする? この綺麗な顔に傷を入れたくはないだろう。お前の選択次第で、こいつの人生に深い陰が落ちる」

「な……!? や、やめて──彼女を傷つけないで……」

「ほう、それなら話は早い。お前の服をひん剝く手間も省ける」

「わ、分かったよ!」

 

 アスナは胸元に隠していた聖遺物のコインをつまみ上げ、震える指で銀仮面へと放った。金属片は月明かりをひと閃きさせ、男の手の中に落ち着く。

 コインを確かめた仮面の下で、満足げな吐息が漏れた。双銃をホルスターへ戻しながら、ぽつりと独白する。

 

「──任務完了だ」

 

 次の瞬間、外套が闇を裂き、巨躯は跳躍ひとつで屋根の向こうへ消える。残された夜風だけが、アスナの頬を冷たく撫でていった。

 

ーー

ーー

 

「先生、お疲れ様です!」

 

 無事脱出地点まで逃げたダンテは深いため息の元、衣装を無造作にソファへ投げ込むと、その向かい側に寝そべる様に深く腰を落ち着けた。

 刺激的な夜ではあったが──あのアスナの怯える顔と、敵に憎しみを持つ顔が瞼に焼き付き離れない。普段の天真爛漫な姿とは裏腹に任務に赴く彼女は──まるで自立した立派な女性のようで、そしてそれを傷つけてしまった事実がダンテの口元にさらに深いため息を吐かせる。

 

「これが聖遺物ですか……何も感じませんね」

「何かの鍵みたいな印象だな」

「ま、これで無事一つの聖遺物が手に入りましたし、計画通りカイザーは慌てふためくでしょう。で」

「で?」

「えっと──先生、計画を覚えていますか?」

「計画? ああ、C&Cと戦闘してまるで敵対しているように見せながらコインの回収。それだけだろ?」

「はい、大概その通りです。そして任務を無事達成したことには感謝しています。ですが──」

 

 彼の隣に静かに座った彼女はじっとダンテを見つめる。「なんだよ」と片方の眉を上げ困り顔の彼は何か不味いことでもしてしまったかと、ユウカを見つめ返した。

 

「戦闘──とは言いましたが、壊滅させるとは思っていませんでしたよ。いえ、これは私の計算ミスですね」

「んだよ、仕方ねえだろ」

「思い返せば、あのD.U地区での戦闘をしっかりと分析するべきでした。あの時は夢でも見ているかと錯覚してた部分がありましたから気にも留めませんでしたが……そう、先生の戦闘能力は卓越しているんでしたね」

「ハッ、俺はこんなものじゃないぜ」

「ええ、今回ので理解しました。はい……簡単に言うと、やり過ぎですね」

「やり過ぎ?」

「ネル先輩は全治一週間の怪我。しかも不敗神話を誇る方ですので精神的ダメージは計り知れないでしょう。そしてそれはC&C全体に及びます。C&C全体に影響が出るという事は、ミレニアムの警備体制にも影響が出るという事です。その連鎖で、ミレニアム自治区全体が──って先生!? このタイミングで寝ないでください! 確かに頼んだのは私で悪いのは私ですが……! こう、想像の範囲が及ばなかったといいますかまさかネル先輩をあそこまで圧倒するとは思わなくてって目を開けてください先生! 寝てる!? せーんーせーいー!! あ! そういえばご褒美に美味しい焼きたてのピザがを用意してたのを忘れてました! 食べます? ってやっぱり狸寝入りじゃないですか!」

 

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