「よぉよぉよぉ~~っ! なになに? ネル負けたんだってな!」
いつもの近道だからと、公道と公道の合間にある公園を突っ切ってる中、思わぬ生徒達と出くわし本日42回目の溜息を漏らすネル。あろうことか、このスケバンたち三人組は積年の恨みと彼女の跡をつけ、人気のない所で揶揄う作戦を思いついていたのだ。これには思わずネルもしかめっ面が止まらず、鋭い目つきで彼女達をただ睨み返すだけで、怒声の一声も出すのも憚られる。呆れかえって声も出ないとはこのことだろう。
「はぁーーーーーー……お前らかよ。もしかしたら手負いのあたしを狙ってカイザーの連中が襲ってきたのかと思っちまったぜ。で、なんだ? 負けたら何か悪いって言うのかよ」
不良たちは想像と違った反応をするネルに思わず面食らった顔だ。
どこぞの生徒の話では「負け」「敗北」という単語に異常に敏感になっているとの情報だったはずだが……白目を剥きながら顔を真っ赤にして襲い掛かってくるのを返り討ちにし、二度目の敗北を味わわせる算段。手筈通りにいかずに狼狽した彼女達は、道端に顔を寄せ合いながら新たな作戦会議へと繰り出す。
「なぁなぁ、全然怒らないぞ」
「負けて気でも狂ったのかな」
「足が痛いのかも……どうする?」
道端にしゃがんでもじもじする三人を尻目に、ネルは慣れない手つきで再び歩き出した。
いつもなら鞄に突っ込んであるツインドラゴンで一掃する彼女。だが、今日に限ってはそんな気も起こらず、疲れたからと近くのベンチに座り、ペットボトルのキャップを開け喉を潤す。
「くっそー……まだほのかに痛むぜ」
ギブスが巻かれた足先を見つめていると、脳内で湧き上がるあの時の光景。どう足掻いても勝てるイメージが思い描けずにいるネルは、長く考えても無駄だと無理やりスマートフォンの画面をタップ。
モモチューブアプリを開くと開口一番にニューストピックの動画が映し出された。もう散々嫌と言う程見た「レッドグレイブ」の大活躍。C&Cとして接触したその日は、まるで悪党を祭り上げる祭典でも開いてるのかと錯覚する報道の仕方であったが……僅か三日でそれがヒーロー・ヴィランと議論を巻き起こす程の人気を得るとは思いもしない。
誰かが正義の味方になるのは構わない。だが、このヒーローが活躍すればするほど、C&Cが悪者にされていってるのだけは気に食わなかった。事の顛末はC&Cが博物館の警護をし、コインの聖遺物を守るという構図が正しい事実だ。それをメディアはこれまた良いネタと、ヒーローであるレッドグレイブを祭り上げる為にC&Cはその邪魔をしたと報道しているのだ。
「こいつ……いつか絶対ぶん殴ってやる」
コメント欄も大荒れの状態。
中にはC&Cも事情調査対象だと声高にコメントする者もおり、混沌を極めている。
とりあえず出来るだけバッドボタンを押し顔を上げると、そこにはにやけ顔のスケバンが三人。まだ揶揄い足りないのかとめんどくさそうに睨みつけるネルだが、それでも彼女達の態度は変わらず、段々イライラし始めるネル。
「で? なんの用事だ?」
「へん! C&Cなんてもう怖くねえんだからな!」
「そうだそうだ! どーせあのヒーローがお前らの仕事なんて全部奪っちまうよ! 本物のメイドみたいに掃除しか仕事が無くなっちまうな!?」
「おらおら、ご奉仕してみろよ!」
「ぁあん? とりあえず死にたいってことだけは理解したぜ……望み通り叶えて──」
鞄をぶん投げた瞬間、中から転げ落ちたツインドラゴンの片方を掴み取り、横に構える。虚を突かれたスケバン三人組は反射的に鞄を抱え込み、視線を荷物へ落とす。その刹那を、ネルが見逃すはずがない。
チャージングハンドルを引きトリガーに指を掛けたその瞬間──また脳裏にあの時の光景が蘇る。宙を舞い天空から鉛玉の餌食にしてやろうと、愚かにも身体能力だけで策を弄した愚かな自分。踵が腹部にめり込み吹き飛ばされ背中を強打した最中、受け身も取れずに床を転げまわる惨めな自分。そして──戦闘で初めて感じた……内側から出た恐怖の感情。僅かだが、その時思わず足が竦んでしまった。その事実が──今でも心を締め付ける。
「……やめだ」
水平に突きつけられた銃口は、引き金が絞られることもなく、秋の落葉のようにゆっくりと地面へと降りた。そのわずかな動きが、凍りついていた空気を静かに震わせる。いつもなら次の瞬間、骨の軋む鈍音が轟くはず──スケバンたちはそれを覚悟して身を縮めた。
だが痛みは訪れず、恐る恐る視線を上げた先で彼女らが見たのは、頬を翳らせ俯くネルの横顔だった。光を吸い込んだ睫毛は影を落とし、泣きぼくろの下で濡れたルビーのような瞳が宙を彷徨う。叫びも暴威もなく、ただ静かに。小さく結ばれた唇が震えを堪え、深い翳りを湛えたその表情は、勝気な少女を包む鎧が剝がれ落ち、無防備な心そのものが露わになったかのようだった。
幼い輪郭とは裏腹なじゃじゃ馬──そんな定型が音を立てて崩れる。子どもらしい無邪気をひとかけらもまとわず、大人の失恋にも似た痛切な色気が滲む。泣きぼくろから零れる感情は、夜更けの街灯が濡れた舗道に落とす光のように、そこにいる者すべてを静かに照らし、同時に言葉を奪った。
ネルは長い息を吐き、ギプスで重たげな足を庇いつつ腰を折り、鞄を拾い上げた。その仕草にはもう脅しも傲慢もない。銃口は下がったまま、視線も合わせず、彼女は歩き去る。片足を引きずるたび、ベンチの影が揺れ、遠ざかる足音が夕日に溶けてようとした。
「ま……待った待った!!」
物語の一幕に置き去りにされそうになった三人は、哀愁漂うネルの背中を追い越し正面に立ち尽くす。
「……んだよ、もう充分バカにしたろ?」
「げ……ゲーセンいこうぜ!!!」
「ああもうそんな顔すんなよな!! 私達の知ってる美甘ネルは背中なんて曲げねえの!」
「泣きそうな顔しやがってよ! お前も私達と同じなんだな!!」
ーー
ーー
オレンジの夕陽が差し込む壊れかけの自動ドアをくぐると、まるで時間がラッシュを起こしたような賑わいが飛び込んでくる。小銭の落ちるチャリン!とした快音、ボタンを叩くパチパチッという連打、ファンモーターの低い唸りが雑多に溶け合い、店内は働き者のスピーカーが流すチップチューンで脈打っていた。
CRTモニターの走査線が虹色の稲妻を撒き散らし、レバーを倒すたび「カッコン!」と心地よい金属のリズム。 対戦台ではフード姿のミレニアム生徒が笑い声をあげ、ソロ筐体を囲むレトロ好きもハイスコア更新で雄叫び。プライズ機の中では鳥のマスコットがぐるぐる回り、奥の自販機からはほの甘い缶コーヒーの香り。 最新都市の片隅で、レトロゲーム魂がネオンよりも眩しく弾けていた。
「よっしゃ、今日もいっちょやってやるか」
彼女が向かう先は最新鋭のガンシューティングではなく……レトロチックな筐体。アーケードコントローラーは擦り切れ、ボタンは何度も塗り直したのか発色にムラがあり、もちろん輝度などは目に優しくもなくギラついた光を紅の瞳に焼き付けた。
物は試しにと気まぐれで入ったゲームセンター。どれもこれも子供だましのアトラクションかと思いきや、思わぬ出会いに心に火が灯った彼女はこうしてたまに通い続けていた。それこそ「リトルタイラント」とあだ名を名付けられるほどに。
「お、今日は片方空いてるじゃんか。ラッキー! ……お前らもやるか?」
「格ゲーはよくわかんないから後ろで見てるぜ」
意気揚々と椅子に座りコインを投入すると、画面が一瞬光りゲーム名がスピーカーから叫ばれる。
その真横を、屈強な身体をした人物が横切るが、彼女はゲーム画面に夢中で気付くはずもなく、キャラクター選択画面で頭を悩ましていた。
「んー……今日も主人公のハチマキ巻いてる奴でいいか! こいつのアッパーはすげえ強いんだぜ! ……ん? いきなりの対戦か? しかもランク1かよ! ははっ、まぁ腕慣らしには丁度いいぜ」
決定ボタンを連打しステージ画面を抜けると、そこは障害物などないただの荒野。ツインドラゴンではなく拳で語る、新しい戦いの幕が上がった。
「おらおらおらおらおら!!! ↓↘→ + パンチ↓↘→ + パンチ↓↘→ + パンチからのーーーーー→↓↘+パンチだ!!!!! って見切られてる!? なんだこいつ!? 本当にランク1かよ!!」
──△△ー△△、△△△、R1+後+○……R1+後+△△。
「うわ!? まじかよ! 地上に降りれねえ!!! くっそくっそくっそ!!!」
ひたすらレバガチャするが無駄に時が過ぎたその時、敗北の音声が鳴り響くと、そこにあるのはボコボコに打ちのめされた己のキャラ。
なんでそんなに操作下手なの? と言わんばかりに画面を向くそのキャラに目も当てられなかったネルは、二回戦へ集中する為、鞄の中にあったお茶を全部飲み干すと、気怠い姿勢を正し画面に釘付けになる。
「へっ、今のあたしは覚醒状態だ。今度はやられないぜ!」
荒涼としたドット荒野の中央、ハチマキを締めた主人公が拳を握り直す。キュイーン、とゲージが上昇する電子音。対峙する銀髪のキャラは赤いマントをひるがえし、滑るような後退ステップ──砂塵がピクセルの乱流となって舞った瞬間、彼の掌から蒼白い弾丸が三連射で閃く。
ネルの指がレバーを素早く折り返す。「タタン!」とボタン二発。ハチマキは身を沈め、ラグのない低ダッシュで弾をすり抜ける。飛び道具が背後で爆ぜ、着火したドット火花が画面端へ散るより速く、主人公のアッパーカットが銀髪の顎を撃ち抜いた。ヒットスパークが裂ける閃光、キャラネームの上に浮かぶHIT×1。
空中に浮いた銀髪を逃がさない。ネルは素早く「→↓↘+パンチ」と入力、必殺の龍が縦渦を描き、画面が一瞬硬直。多段ヒットのエフェクトが雷鳴のように連鼓を奏で、コンボカウンターはHIT×6へ跳ね上がる。銀髪は体勢を崩しつつも空中回転で受け身を取ると、着地硬直を利用し―「R1+前+△」風切り音をまとった直進がハチマキの脇腹をえぐり返す。突き飛ばされた主人公が地を転げ、ライフゲージにドット欠けが走る。
互いに距離が開く。荒野の空が夕焼けから群青へ揺らぎ、背景BGMのギターリフが高鳴る。銀髪は超必殺の閃光を纏い、コマンド入力の鼓動を読み取るように微動だにしない。ネルは左親指でレバーを半回転。「→↓↘+パンチ」──紅蓮のオーラが主人公を包み、全画面カットイン。観客の後ろで見守るスケバンたちが「行けぇ!」と歓声を上げる。勝敗を分ける一撃が、今まさに火を噴こうとしていた。──が、その時……確実な勝利を確信していたネルの瞳に映るのは、飛び上がった自キャラ。
──R1+後+△△
顎を砕くと同時に身体を宙に飛び上がらせたその銀髪は、地上に着地した瞬間にしゃがみを連発するなど挑発行為を繰り返し──とどめ。
三本勝負の内二本を取られた彼女は唖然としながらも台パンする。敗北の演出音楽が周囲を包むと同時に鳴る向かい側の歓声とおたけび。対戦相手は大喜びだが、敗者は頭を台に伏せ意気消沈だ。
まさかのランク1に負けるとは……と、落ちるところまで落ちたと項垂れるネル。
そんな彼女の意識を戻すように画面のから音が鳴ると、テンション低くした彼女は何事かと重たい顔を持ち上げ画面に視線を這わせた。
「メッセージ? もしかして再対戦要求か? いいぜ受けて立って──」
──ウサギがワルツでも踊ってるのかと思っちまったぜ。
──ウサギがワルツでも踊ってるのかと思っちまったぜ。
──ウサギがワルツでも踊ってるのかと思っちまったぜ。
メッセージの三連続、まさかの煽りに顔を真っ赤にして銃を握り締めるネルだが、ここはゲームセンターだ。
弱者は罵られながらケツを蹴られ、勝者は自販機の隣にあるベンチコーナーで飲み物を片手に祝勝会を執り行う……残酷な世界。
勿論、彼女もその甘美な味を知る者の一人。
精神的にも落ち込んでる真っ只中、僅かなだが勝利を収め自分を励まそうとした矢先の出来事。
だが、それが彼女の心に小さな火を灯した。
「く……ぐっ……う……あっ……ああああああムキ―――!!!! もっかいだもっかい!!! コイン10連打だ!!!」
「おいネル、そんなにコインを入れたら明日の昼飯食べれなくなるぞ!」
「うるせぇ! こんだけ安い挑発をしかも三連発されて黙って引き下がれるか!! くっそくそくそくそ絶対勝つ!!! 勝つまでやりきってやる!!!!」