「ぐおぉー、く……やられてしまいました! ご、ゴールドオーブを……」
「アリスちゃんそれトニーのダメージボイスでしょ。やめなさい!」
硝煙が辺りを包み込むと、一つの影が地に伏せた。
ユウカが駆け寄り地に伏せた者の頭を抱え、そっと胸に抱きしめると、彼女はペロリと舌先を出し、さも降参という振る舞い。あまりに真剣味を感じさせないか表情に不信感を覚えるが、ユウカの頭の中は今それどころではない。
「まさか正面突破を図るなんてね。でも……背景にある策はある程度お見通しよ」
そう、いくらメイド部だと言えども、それはあくまでミレニアムでのお話だ。
彼女達ゲーム開発部にはいくつもの選択肢がある。それはエンジニア部やヴェリタスを巻き込んでの騒動。例えその二つが合わさった所で、メイド部──C&Cには敵いはしない。流石に彼女達も理解はしているだろう。本当の本質的に真正面から戦っても勝ち目がないことを。
「では、アリスはおとなしく生徒会の反省部屋にでも入っておきますね。……ピザの出前をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「やけに従順じゃない。あと、エレベーターを破壊してるのに好待遇を受けられると思ってるのかしら?」
「ですが……お腹がペコペコです。ペパロニピザが食べたいです」
「そんなに瞳をうるうるさせても駄目よ。まったくもう。あ、手を空いてる人がいたらここにピザの配達お願いできるかしら? オリーブ抜きで」
「篭絡されるの早すぎではないでしょうか。……ふーん、こちらがアリスちゃんですか。とっても可愛いですね。うちの5番目のエージェントとして育てたいくらいです」
「それはだめ。将来的にセミナーの一員として迎え入れる計画があるんだから。この子は渡さないわよ」
ヌ、むぎゅっとアリスの頭を抱きしめながら、ユウカはオペレーターに次の指示を出した。
本来ならセキュリティを取り換えるのだろうが、現状はそのまま。アリスの行動はあまりにも陽動作戦として堂々としすぎていた。きっと、こうして機材を取り換えることを予測していたはずだ──エンジニア部が。彼女たちがそこまで根回しをしている状況を考えると、恐らくそこら辺にあるセキュリティソフトのダウンロードネットワークもハッキングされている可能性がある。
「先生は?」
監視カメラが映し出す映像の中には、大窓のふもとのソファに座り込み、ピザを口に運んでいる彼の姿。
ゲーム開発部の選択肢の一つ……それは先生に頼むこと。
あの場に彼がいれば、もしかすれば彼女たちに頼み込まれて協力することだってあり得る。
それだけは避けなければ……ユウカの額に一筋の汗が滴り落ちた。今日は部屋でおとなしくしてくださいと頼み込み、なんとか部屋の中に押し込めたはいいものの、彼は気分屋だ。
「こっちにはアカネ含めたメイド部がいる。先生さえ動かなければ、最悪セキュリティを全て突破されても何とかなるわ」
ーー
ーー
「って、なった場合、先生は飛び出して来てくれるの?」
「ま、ユウカに怒られない程度にな」
こしょこしょ内緒話会議が最高潮を経て、実行まで残り数時間という頃合い。
作戦の再確認と、ゲーム開発部とダンテは部室で綿密で濃いミーティングを行う。
部長であるのにも関わらず書記を務めるユズは未だ彼には慣れていなかった。それもそのはず、いきなりロッカーのカギを粉砕し、徐に扉をこじ開け、彼女を猫をつまむように持ち上げて外に叩き出したからだ。泥棒だと思われていた彼女はモモイとミドリの必死な説得で事なきを得たが、その時の恐怖が鮮明に脳裏にこべりついているのか、彼とは中々目を合わせようとしない。
「堅牢な扉だが、造作もないさ。一発叩き込めばジェンガのようにすっぽり抜けちまうもんだぜ」
「ミレニアムタワーの扉をジェンガって表現出来るのは先生くらいです……」
「でもさでもさ、作戦を共にする私達にも内緒だなんてどんな魔法を使う気なの? 監視カメラに写り込んだまま私たちの元に駆け寄るってさ!」
「先生ともなればな、体をちぎってでも生徒の元に駆け寄るもんだ。なあに、たまたま廊下ですれ違ったメイド部と戦闘になるだけだ」
「怖すぎるよ、いくらキヴォトスでもそこまで治安悪くないよ! まぁいいや、先生のこと信じてるからね! ね、ユズ!」
「……うっ」
アリスは早速エンジニア部から贈られた魔剣・パパーダのメンテナンス……と言えば聞こえはいいが、ただコンセントにケーブルを繋いだだけだ。果たしてこれが正しいチャージのやり方なのはさておき、本人はその時間ゲームに没頭出来るから大満足。大義名分を得たという訳だ。
モモイとミドリはライフルを交換し合い、マガジン残弾・チャンバーの状態・サイトアライメントまで、互いの武装を漏れなく点検。
ユズは膝の上に広げた作戦ファイルへ視線を落とし、リスク計算を最後まで詰めている。ページをめくるたび微かな紙音が緊張の空気を切り裂いた。
「ねぇねぇ先生、メイド部と戦うって言ってるけど、メイド部は本当にやばい集団なんだよ! 私が聞いた話だけど、何十倍も大きいメカをたった4人でやっつけたってさ! しかも小規模な銃火器で」
「なら、俺だって自分の何百倍も大きい神様気取りの石像を相手にしたことあるぜ。しかも機敏に動くと来た」
「へー、その時もその二丁拳銃でやっつけたの?」
「それ、レッドグレイブが持ってる銃ですよね? 先生って結構ミーハーなんですね」
「……ミレニアムのダークヒーロー」
「そん時はやっつけたのは別の奴だがな。まぁ、譲ってやったのさ」
「なるほど、先生はミーハーなのですね! 覚えました!」
「待てアリス、せめて全部記憶しろよな」
ユズの指先がぴたりと止まった。
開いた資料に並ぶのは複雑なフローチャート──作戦Aが失敗すればB、さらに行き詰まればFへ、と矢印が枝分かれしている。
「先生の行動」の先はどれも「ユウカに怒られる」という結末のみ。
それに気づいたユズは思わず彼の顔へ視線を傾けると、そこに映し出されていたのはアリスと仲良く遊ぶ大人の姿。格ゲーでぼこぼこにされて声も出さず眉を下げる威厳ある姿。
もしかしたら──この人は、己を犠牲にして……? どの結末もユウカの太ももで圧死する未来を知りながらも、このゲーム開発部を守ろうとしている……?
密かな「苦手意識」を持っているユズ。だが、表では見せそうで見せない彼の人としての優しさが、こうも溢れているというその事実に、己の振る舞いを悔いた。
せめて──元気な内に。
意を決した彼女は作戦の数時間前にも関わらず、おずおずと二人の元へと寄り、アリスからコントローラーを借りる。
「どうしたクイーン、やっと俺に技術を伝授する気になったか?」
「……せ、先生はまずコンボを覚えるところからです。単発ではダメージに限界がありますから」
ユズの予想外の行動に、アリスとモモイ、ミドリは顔を見合わせた。
これまで苦手意識を隠そうともしなかった彼女が、自ら先生のもとへ歩み寄るなど誰も想像していなかったからだ。
モモイが小さくうなずくのを合図に、アリスは声も立てず後方のソファへ下がり、二人のあいだへ腰を落ち着ける。モモイとミドリは口元を手で隠し、目元を三日月に細めながら様子を見守った。
視線の交差点でアリスはふたりと目が合い、胸の奥に芽生えた得体の知れない感情に戸惑う。
──友達の一歩が嬉しい?
まるで自分のことのように?
だが、その正体はまだ掴めないままだった。
きっと、ゲーム開発部と共に過ごす時間が長くなるほど、答えは見つかるかもしれない。
「なに、練習なんて必要ないぜ。俺は実践で覚える派だからな」
「分かりました。ですが、コンボメニューを見ながらでないと……」
「ま、基礎は大事だからな。お手柔らかに頼むぜ、クイーン」
だが、コントローラーを握ったユズはあまりにも鬼であった。
最後の最後には地上に下ろされることもなく、一方的な敗北を突きつけられたダンテは、悔しさのあまりそのまま背中から倒れ込み不貞寝をかます。
ユズが必死に謝りながら肩をさするも、固持として一切反応を見せない先生。
先ほどまでのクールな表情とは裏腹な子供っぽい態度に、ユズは謝りながらも口元をゆるくさせ、目尻に仄かな皺を寄せた。
ーー
ーー
「パターン変更だね。セキュリティ機材を変えずに来たか」
「やっぱりユウカは難敵だね。お姉ちゃん、準備はいい?」
「ばっちりだよ! 内側がダメなら外からってね!」
彼女達の作戦。本来ならばセキュリティ機材を入れ替え、その中に仕込まれたエンジニア部の「トロイの木馬」を起動させ、システムを掌握する手筈だったのだが、呆気なく失敗。
だが、それも作戦の内である。きっとユウカの脳内は屋内の捜索に必死になっている筈。それを証拠にいくつもの無人ドローンがエレベーターから廊下までびっしりと配置されており、その数は事前に調査した数と同等だ。
まさか古典的な作戦も織り交ぜられているとは思えまい。モモイとミドリは腰に装着した装置のボタンを押すと、長い鋼鉄ワイヤーが天まで伸び壁にめり込むと、目的の階まで一気に飛翔。
これもエンジニア部が作ったアイテムの一つ。どうやらC&C部長のネルに頼まれて作った武器の中に同じ機能があるらしく、それを応用した物だとか。
「シュタっ! ふ、完璧な着地だね」
「警備は下に集中してるし、このまま廊下を突っ切ろう!」
モモイが勢いよく一歩を踏み出しかけた、その刹那。耳元を裂く甲高い風切り音が走り、反射的に身を沈める。次の瞬間、廊下に重低音が炸裂した。
「な、なに!?」
振り返った先の壁面には、円形のひびが蜘蛛の巣のように広がり、その中心に目に見えて大きな弾丸がめり込んでいた。銅色の弾体はまだ微かに回転を続け、コンクリートを押し潰す唸りを残している。
「こ、これって──」
「狙撃だあああ!!」
反射的に網目状に縫われた鉄骨の影に隠れるモモイとミドリ。
そうしている間、奥の暗闇からこつりこつりと足音が響いてくる。
月夜に照らされる髪色はまるで舞台の演出のようだ。ムラの無い足音は訓練された兵士を思わせ、僅かな隙も伺わせない。
作戦会議では、この階は最悪狙撃に見舞うだけで他に脅威は無いと判断していた。C&Cは4人。意識は下階に向けているはずだから、どんなに勘の良い人間でもそこからここまで上がってくるのには計算しても五分は掛かる。
なのに、彼女達の目の前にいる先輩は息を乱すことなく、にっこりとした無邪気な笑顔で二人を見つめていた。まるでここに来るのをあらかじめ知っていたかのように。
「アスナ先輩!?」
「やっほー、アスナだよ! なんとなくここに来るって思って待ってたんだよね!」
「う、嘘。アスナ先輩が相手だなんて」
「うぅ……かくなる上は……!!」
モモイは反射的にポケットへ手を滑らせ、ピンを抜いた小型煙幕弾をアスナへ向かって投げ放った。
アスナはわずかに反応が遅れ、飛来する物体を目で追っただけで身をかわし損ねる。弾が額に当たって弾けた瞬間、白い煙が勢いよく廊下一帯を覆い尽くした。
「やった!! 今だ!!」
「え? ほ、本当に? アスナ先輩だよ? ま、まぁいいや。行こうお姉ちゃん!」
ふたりが煙の切れ目へ駆け出すのをよそに、アスナは小さく膝をつき、視界を防ぐように指先で目元を覆った。
普段ならこの程度で後れを取ることなどありえない。それはアスナ自身でも理解している。連日の活動で心身共に疲労が蓄積された影響だろうか。そう考えながら彼女は目元を拭い、ふらりと倒れそうになる頭に鞭を打ち、いつもの自分に意識を強制的に戻す。
──コールサイン・ゼロワン。作戦に支障をきたすのなら撤退を進言する。
カリンの通信が頭で反響し、やけに大きく響いた。短く返事だけ送ったアスナは、引き攣った笑みを口元に貼り付けると、逃げる二人の足音を追って廊下へ駆け出した。
「お姉ちゃん、このまま行けば差押品保管所──って」
支柱が並ぶ端正な空間に踏み込んだ瞬間、モモイとミドリは足を止めた。この先が目指す差押品保管所。ゲームならラスボス前のセーブポイントに相当しそうな場所だ。だが現実は甘くない。扉の手前には、作戦資料に記載のなかった迎撃要員が待ち受けていた。
薄灯りの中に二つの影。ひとりはアカネ、もうひとりは──。
「ユウカ!? どうしてここに!?」
「どうしたもこうしたも、どうせ一階に意識を集中させるって筋書きでしょ? 少し考えれば分かるものよ」
「そんな……」
モモイの呟きが溜息のように漏れる。その背後へさらに軽快な足音が近づき、緊張が弾ける。煙幕で振り切ったはずのアスナが、まるで時間を巻き戻したかのように無傷で現れたのだ。回復の早さと追跡の速さ、想定外の事態に、ふたりの表情から驚愕が消えないまま固まっていた。
「言っとくけど、生徒会を襲撃だなんて冗談じゃ済まされないからね。停学で済むとは思わない事よ。しかも、停学中は私の部屋で18時間因数分解の問題を解かせてやるわ」
「うぅ、ユウカがいつに増して鬼だ」
「ユウカってたまに私達を部屋に連れ込もうとするよね。なんで?」
「ええい! なんだっていいでしょ!? 悪い子にはお仕置きをしないとならないの! つべこべ言わずさっさとお縄に──」
刹那。
耳を裂く爆音が廊下を震わせた。
振り向けば、白煙をまとった光の塊がこちらへ撃ち出される寸前だ。詳細は測れずとも、本能が 当たれば終わり と警鐘を鳴らす。脳髄を駆け抜ける緊急信号に従い、ミドリがとっさに声を上げた。
「お姉ちゃ──!」
叫び切るより早く、モモイが一歩踏み込み、妹を庇うようにかぶさる。ふたりの身体はくるりと軸をずらし、光弾の進路を紙一重で外れる。裙裾が閃光に照らされながら、床を滑るように退避した。
──ジャックポッド!!
掛け声と共に弾き出された光弾は瞬く間にアスナを始めユウカやアカネを飲み込むと、勢い止まらず壁を繰り抜くように破壊。
颯爽と二人に駆け寄った影は彼女達の手を握ると、三人は勢いのままそのまま差押品保管所へと走り出す。
「アリス!?
「どうしたのさ!? まだ捕まってるはずじゃ……!」
「えっへへ。先生が……自分達の力だけで切り抜けろって、外に出してくれたんです! このまま一気に駆け抜けましょう! そして人間は諦めないと、トニーも言っていましたよね!」