毎日地道に書き起こしていくかぁ。
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きちんと進めていきますね。
ネルの猛攻は激しさを増すばかりだ。
伸びた右腕が、かの銀仮面の足を掴み、順応無人に振り回し勢いよく投げ放つ。
空中で態勢を立て直した彼はなんとか壁面に着地し彼女に視線を向けるも、右腕の衝撃波を利用した彼女は既に眼前に迫っており、まさに渾身の一撃を叩き込もうと拳を振りかざしていた。
面を喰らったと言えば……正直に素直に述べると、驚愕の感情以外が思い浮かびあがらなかった。たった一つの装備でこうも機動性を上げ、大きな戦略の中に細かな戦術を施せるネルの戦闘センスには目を見張るものがあったのだ。
──だからこそ、ダンテは彼女の問いに誠実に答えを示す。
問いとは?
そんなもの、彼女の目を見れば一目瞭然だ。
敗北を知らぬ彼女の、ただひとつの反省と改善。圧倒的な力の前に為す術なく散り、短い期間の中で藻掻き、悩みに悩んだ末の結論。
それが正解なのかどうかなど、実践で試す以外の方法などありはしないのだ。
その瞳の奥にある迷い、そして戸惑い。自身たっぷりな表情とは乖離した、真実を語る瞳に。
──先生として、生徒を導く答えを示す。
そんな教授の中、背後からいくつもの弾丸が降り注いだ。
アリスの攻撃に片足がしびれて上手に動かせないのだろう。アスナの射撃はいつにもまして散漫で、鉄格子からガラス、そして床へと銃痕を張り巡らせる。
ネルは怒声を上げながらアスナに抗議をするも、彼女は聞く耳を持たずにマガジンが尽きるまで乱射し続けた。
明らかに、今までの彼女とは思えない、確固たる意志が宿った瞳にネルは思わず攻撃の手を止める。
天真爛漫で、任務中でもほっつき歩いている彼女が、任務とは別の意志を持って銀仮面と対峙しようとしているのだ。
理由など皆目見当も付くはずもないダンテは、飄々とした動きで銃弾を捌き切ると同時に窓から身を投げ、すかさず戦線から離脱。
ネルとの対峙の間、目的であるゲーム開発部の脱出に成功した以上、ここに留まる理由などない。
だが、今度は先生という形でアスナと会う必要があると……それをしなければならないという焦燥感だけが心にしこりを残す。久しく彼女と話せていない……というよりも、久しく彼女と顔を合わせていなかった。だから、彼女の変化にも当然気づきなどしない。
やけにやつれた、目の下の隈、生気の無い瞳。
虚ろな顔立ちは明らかに疲れがにじみ出ていた。
──まるで、亡霊にでも憑りつかれたように。
ーー
ーー
ジリリリリリリ
ジリリリリリリ
ジリリリリリリ
無機質なベルの音が、小躍りしながら耳を貫き脳内に響くようだ。デジタルで忠実に再現された高品質な音色は人の睡眠時間などよりも長寿で、己が行動しない限り果てしなく部屋中の壁を歩き回る。すぐさまタブレットの中にいる少女に声をかけ止めて貰えばよいのだが、生憎眠気は臨界点まで登り状態だ。しばらくこのまま枕で耳を塞ぐ以外の選択肢など存在しない。
「先生、起きてください! スーパーAIアロナちゃんのモーニングコールですよ!」
幾度とない朝のやりとり。瞼をこする余裕もなく気だるく状態を起こし、乾いた喉から声を振り絞ろうとするも、先に喉を潤す為に静かに床に足をつけ、まるで迷い人のようにおぼつかない足取りでリビングへと向かった。
「ふふ、ダンテ先生もやっとこのスーパーAIアロナちゃんのモーニングコールを素直に受け止めるようになりましたか! 私は嬉しいです!」
と、話しかけるような独り言など彼の耳に入っているはずもなく、しばしばカメラで彼の様子を確認するスーパーAIアロナ。
今日の彼は明らかに疲れている。それもそのはず、先日はC&Cとの交戦の後、アリスの一撃から回復したユウカからたんまりと質問攻めにあっていたのだ。それも夜遅くまで。
──先生、どうしていきなりレッドグレイブの衣装を着てネル先輩と戦闘を交わしたのですか!?
──先生、先生は部屋から出てないはずですよね!? じゃああのレッドグレイブの衣装を羽織った人物は誰なのですか!?
──先生……しらばっくれても無駄ですよ。きっちり説明して貰いますからね!
冷蔵庫から無造作に水を取り出し一気に飲み干すと、彼の瞳は段々と開花。やっとこさアロナに朝の挨拶をかまし、再び気だるそうにソファに座り込みテレビの電源を入れる。
「先生、今日も早いお目覚めですね。もしかしてお仕事ですか?」
「仕事? おいおいアロナ、今日は日曜日だぜ。しかもこんな早朝、悪魔だってベッドでおねんねしてる時間さ」
「では、先日私に頼んでいた件のことでしょうか?」
「ああ、どうなってる」
「ふふんっ! このウルトラAIアロナちゃんの手にかかればお茶の子さいさいというものです! ばっちり、例の生徒さんについて目撃情報から、監視カメラの映像も手に入れています!」
「流石だな。じゃあルートと行動計画の方は頼んだぜ」
「かしこまりました。えっと、先生はどこかお出掛けでしょうか? 捜索は夜に決行とおっしゃいましたが」
「ああ、ちょいと気になる生徒がいるもんでね。ま、息抜きに遊んでくるだけさ」
ーー
ーー
「よ、元気にしてたか」
C&Cの部室は隅々まで磨き上げられている。陽光が差し込むたび、深い青を帯びたタイルが鏡面のように光を跳ね返し、室内を淡いスクリーントーンの輝きで満たしていた。
その端でうとうと……と、早朝にも関わらずモップ棒を豊かな胸部に挟み込み、ソファに深く座り込みうたた寝に精を出している人物が一人。
天使の寝顔を晒しだす彼女は、いつものメイド服ではなくミレニアムの制服に身を包んでいる。パステルカラーのリボンはほどけ、シャツの第二ボタンがはじけ飛びそうに苦しく張り詰める。
誰もが目のやり場に困る。厄介にも、その少女が超が付くほどの美少女となれば猶更だ。太陽の笑顔は無邪気にも燦燦とした気で陰気を吹き飛ばし、弧を描いた口元は月の形をしているのに真反対の感情を表すものだからタチが悪い。彼ほどの男でも、その魅力に抗うのは至難の業なのだ。
「……寝てんのか。にしても──ふぅ、どうしたものかね」
咲いた花の目元の下、メイクで隠しているがバレバレ。にじんだ隈の色はゴシック調のコスプレには大歓迎だろうが、彼女の属性とはかけ離れている。
よく見てみると頬も少しこけ気味だ。夜遅くまで遊んでいるのか、それとも何かに悩んで眠れていないのか……少なくとも、彼女に限っては後者はありえない──と断言出来る程、先生としての彼はまだそこまでアスナのことを知らない。
明らかな好意は彼女の性格と言えば少々残念な気はするが、それでも先生として慕ってくれる振る舞いに悪い気など起こるはずもなく、彼はこうしてここまで足を運んでいる。それが先生の魂が叫んでいるのか、己の本心なのかは今の彼にとってはどうでもいい。とにかく、素直に言うとアスナが心配なのだ。
「ほらな、今日は日曜日。天使様もおねんねって訳さ」
彼は静かに彼女が握りこんでいる柄を取る。ぎゅっと挟み込んでいた反動で二度三度と胸部が微かに跳ねる。あの坊やだったら今頃、恥ずかしながらしかめっ面だろうなと口元に弧を描いた。
肩を抱き、膝の裏に腕を滑り込ませ持ち上げ、再び静かにソファに寝かせた。
彼も同じように反対側のソファに座り込む。窓から差し込むうららかな陽光が身体を照り返すその様はまるで芸術だ。
──リオ……ヒマリ。
苦しそうに眉を下げ、口元を結ぶ彼女。今、明らかに行方不明中の彼女の名を出した。目元からこぼれる一筋の光の粒。陽光に反射した雫には何か意味があるのだろうかと、彼も眉をしかめる。
可能性として上がる「不安」という感情。きっとアスナはこの学園が大好きだ。不気味に忍びよる影に危機を感じているのかどうかは定かではない。が、客観的に見れば不安は的外れではないだろう。最強と謳われていたネルがあっさりと配属し、レッドグレイブとか言う正体不明の人物は敵か味方かも判別が付かずの状態だ。
立ち上がり、そっと雫に手を触れ拭う。こうも純粋無垢な少女が悲しむなど、先生としてではなく一人の男として許しがたい。
──先……生。
寝言をこぼす唇には、かすかな微笑みが宿っていた。
良い夢に代わってくれただろうか。悪夢なんて似合わないぜと声が出そうになるが、今は痛々しい隈が少しでも取れればと、彼も倣ってソファに寝転がった。
静かな寝息は朝の小鳥よりも聞き心地がいい。彼としても瞳を閉じるだけだ。
ーー
ーー
暗く、湿気が蔓延る室内の中、ブルースクリーンの明かりだけが彼女の顔を映し出す。
どこからか漏れている隙間風が唯一、彼女に空間を認識させる。極限まで集中を高めモニターに張り付いていた彼女はそろそろ一息入れようと両腕を交差させ天に掲げるが、背後の牢獄に閉じ込めている……いや、保護している存在が脳内にチラつくと、再び彼女は手元のキーボードに指を走らせた。
「……無常ね」
軍服の言うことなど端から信じてなどいない。が、彼が提示する「証拠」以外解決方法が見当たらないというのがなんとも歯がゆい。
「彼女」に纏わりついている「力」を取り除く唯一の方法は、ミレニアムにある4つのアルカナが必要だということ。塔という荒唐無稽な装置を起動しなければならないということ。そして──「力」は日々世界を侵食しているということ。
本来のリオであれば、そんな世迷言など耳を貸すはずもない。
──だが、彼女には抗えない事情があった。
「力」の解明のため、軍服が連れてきた人々に何度も実験を行った。「力」に侵食された人々は苦しそうに藻掻き、まるで亡霊にでも憑りつかれたみたいに襲い掛かってきた。5番目のC&Cと共になんとか鎮静化には成功したものの、狂暴化は止まることを知らず、何度も何度も鎮静化を行う羽目になった。
──悪夢を見せられているのだと、軍服は語る。
その悪夢を一時的に和らげたのが「アルカナ」であった。どのような原理なのかこうして解明しようとしているが……皆目見当が付きもしない。
とにかく、なんとしてでもアルカナを手に入れなければ──リオの焦燥感は膨れ上がり、嘘に嘘を重ねて何とかアスナを協力させる形に出来た。
人体実験を暴くためという「嘘」を吐き、彼女をここまで手招きさせる。
そこまでする必要があったのかと言われれば、答えは出ない。だが──きっかけは、ネルが謎の人物に敗北したのことだ。
まさか、自分たち以外にも「アルカナ」を回収する者が現れようとは。そして、その人物がネルよりも戦闘能力が高い。想像の範疇の外だったのだ。
──もし、敵だとしたら?
だとすれば、絶対に自分と「彼女」の居場所を晒す訳にはいかない。
敵の目的が分からない以上、下手に接触するのも憚られる。
だが、今は完全に人手不足だ。なんとしてでも……あの「レッドグレイブ」という謎の人物の正体を突き止めなければならない。コインのアルカナを回収しなければならないのだ。
「……アスナには悪いことをしているわ。でも、仕方のないことなの。彼女が接触し続けてさえくれれば」
やはり疲れが溜まっているのかと、もう一度腕を交差させ天に向かって目一杯身体を伸ばす。
猪突猛進は己の悪い癖。周りを鑑みないその腐った性根は誰かに叩き直された方が良いと……いつか言われた言葉。確かにその通りだと。
──そう、口喧嘩した友人の顔を見たく、振り返った。
「……様子を見ておこうかしら」
ライトを点灯させ、室内を明るくすると、そこにあるのは人が住める広さをした牢獄。
堅牢な材質を用いた作りになっているからか、彼女の鋭利な爪でも傷一つ付かず、ひび割れなどの痕跡も見当たらない。
相も変わらず、リオを視界に入れた「彼女だった者」は軋む雄たけびを上げながら鉄格子に向かって鋭利な爪を突き立てる。
「相変わらず元気そうねヒマリ。他にやることはないのかしら」
トロッコ問題。
一人を犠牲にして多くを救うか、多くを犠牲にして一人を救うか。
リオに突きつけられたのは、その古典的で残酷な問いだった。
合理だけを尺度にすれば、答えは明白だったはずだ。他の生徒ならレバーを引き、一人を切り離して全体を守っただろう。だが選択肢は違った。友人──いや、ライバルと呼ぶべき才媛、ヒマリただ一人にレールを向けた。
なぜか。どんな理屈を重ねても、見合う答えは見つからない。
それでも彼女は迷わなかった。
──救うべきはヒマリだ。
胸の奥でひときわ強い確信が燃え、リオは迷いを手放した。選択の代償は計り知れない。けれど、後悔だけは決してしない。そう誓いながら、彼女は心のレバーを押し込むほか無かったのだ。
「私が……必ず」