鴉の妖狩り~妖怪が人を襲う危険な日本に転移したけど、妖力が身体能力に影響するこの世界で妖力MAXの俺はどうやら最強らしい~ 作:白波 鷹
「危ないっ!」
肩を怒らせたおっさんが近付いた瞬間、夜波が悲鳴に近い声を上げるが、その言葉が終わらないうちにおっさんが目の前で拳を振りかぶっていた。
「ガキのくせに舐めやがって……おらぁ!」
眼前に拳が迫り、風圧が飛んでくる。
本気で殴るというよりは脅すつもりなのだろう、その拳はそこまで速いわけではなく、十分に避けられるものだ。しかし―
がしっ。
「なっ!?」
俺は反射的にその拳を掴んでしまい、おっさんが驚いた顔を見せてくる。そんなおっさんに呆れた俺は大きくため息を吐きながら返してやる。
「あのなぁ、おっさん。いきなり殴りかかって来るなんて危ないじゃねぇか。いくらなんでも大人がなさすぎるだろ」
「な!? て、てめぇ……って、あ? ぬ、抜けねぇ!?」
「おいおい、いくらおっさんの言うガキに受け止められたからって、そんな大袈裟に演技しないで普通に振り解きゃ良いじゃねぇか」
「てめっ……! ぐっ……! は、離せ! このっ!」
ん? 演技にしちゃ気合い入り過ぎてね?
もはや本当に俺がとっさに掴んだ拳が抜けないみたいに必死になってる気が……もしかして、このおっさん相当弱いとか?
「ぐぬぅ! は、離せって言ってんだろうが!」
「んじゃ、はい」
あまりにも大袈裟なおっさんにそう言われ、俺は素直に離してやる。すると、俺から抜け出そうとしていたおっさんは「うおっ!?」と大声を上げ、抜け出そうとしていた勢いを殺すことができず、その反動で後ろへ飛んでいってしまった。
「うおおおお!?」
「すげぇ勢いだな……」
そんなおっさんにぶつからないよう後ろに居た人々が避け、おっさんは棚にぶつかってしまい、周囲から悲鳴が上がる。これが演技だとしたら、もう俳優やれるよ、このおっさん。
「って、うわ……棚壊しちまったらやばいな」
そう言うと、俺は棚から落ちてきた小物の山に埋もれるおっさんの方を見る。どれくらいするか分からんけど、一文無しの俺が弁償できるわけないしなぁ……ま、喧嘩売ってきたのは向こうだし、おっさんが払えば良いだろ。
「て、てめぇ……!」
そんなことを考えていると、小物の山から眉間にシワを寄せたおっさんが出てきた。
「なんだよ、まだ来るのか?」
「このガキ、人を馬鹿にしやがって……! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」
「いや、殴りかかってきたのはそっちだし、俺はただ受け止めただけなんだが……そんなゆったりした拳で殴り合いしたって仕方ないだろ」
「っ……!」
あ……やべ、地雷踏んだっぽい。
俺的には平和的解決のために「弱いんだからケンカなんてやめよう? な?」って言わなかっただけ良いと思ったんだが……なぜかおっさんがキレているみたいだった。
ついさっき夜波の悪口を言っていたもう一人のおっさんも合流し、二人して俺を睨みつけてきた。こりゃ平和的解決は難しそうだ。
「あ、あの―!」
そうして肩をすくめながら俺がため息を吐くと、背中から夜波の声が聞こえてきたのだが―
「―こんなところで、何をしているんですか?」
次の瞬間、『役所』に別の女性の声が響き渡り、俺の意識はそっちへ持っていかれてしまう。
視線の先にはこの世界にしては珍しい金髪の女性が立っていた。誰だ?
突然の来訪者に疑問を抱いていると、周囲から聞き覚えのある名前が聞こえてくる。
「しゅ、朱天寺様だ……!」
「朱天寺……?」
朱天寺って、この都の一番偉い奴だよな?
聞こえてきた思わず名前を口にした俺は改めて視線を金髪の女性に向ける。夜波とはまた少し違う巫女服を着ており、周囲には何やら武装した女性達が控えていた。
護衛って言えば良いんだろうか。
武装と言っても現代みたいに銃を持っているわけではなく、刀を鞘に納めた『侍』のような女性達だ。ますます時代劇みたいになってきたな……それに、いかにも頑固者っぽそうなタイプばっかな気がする……。
あまり相手にしたくないなぁ、とか考えながら、微妙に居心地の悪くなった俺はついさっきから黙っている夜波にこっそりと声を掛けた。
「なあ、夜波……あそこに居る奴が朱天寺って言われてるらしいけど、合ってるのか?」
「……」
「夜波? おーい、聞こえてるか?」
「え? あ、は、はい?」
「なんだ、ぼーっとして。体調でも悪いのか?」
反応がない夜波の目の前で手を軽く振りながら声を掛けると、驚いた様子で固まっていた夜波はようやく正気に戻ったらしく、慌てた様子で声を返してきた。
「い、いえ、そういうわけでは……すいません、話を聞いていませんでした。なんの話でしたっけ?」
「ん? ああ、あいつが周りの連中から朱天寺って言われてたから、あいつに話を聞けば『神隠し』に遭った俺の知り合いの情報を教えてくれるんじゃねえかって話だよ」
「そう……ですね。可能性はあるかもしれません……」
「ん? なんかずいぶん言い淀むな……」
意外にも反応が悪くなる夜波に疑問を抱き、そう口にした時だった。
「―貴様、先ほど帝様に対して無礼を働いたな?」
「ん?」
背中から聞こえてきた声に振り返ると、朱天寺とかいう少女の近くで待機していた侍の女は苛立った様子で両腕を組みながら立っていた。やっぱ、思った通り堅物だったよ……面倒なのに目を付けられちまったな。
侍の女に睨みつけられ、居心地の悪くなった俺は夜波の方に寄りつつ、視線で侍の女を指しながら夜波に質問を投げかける。
「なあ……こいつ、誰?」
「彼女は大郷 優富美(だいごう ゆふみ)……『妖狩り』の一族でも有名な『大郷家』の跡取りで、『妖狩り』の二番隊の隊長です」
「あれが『妖狩り』? しかも、『妖狩り』の二番隊の隊長って……隊の順番って強さで決まったりするのか?」
「まあ、単純な強さだけではなく色々なものが加味されていますが、一番隊、二番隊、三番隊……とおおむね強さで決まっています。なので、そちらに居る大郷隊長は『妖狩り』の中でも指折りの方です」
夜波がそう口にした後、その大郷という女は鋭い目を俺に向けながら詰問するように声を投げかけてくる。
「何をこそこそしている?」
「ん? あぁ、いや別に……」
「質問の答えになっていないぞ。それに、先ほどの帝様への無礼もそうだ……貴様、何様のつもりだ?」
「え~、あ~……まあ、すません」
あまりに堅物過ぎて面倒になり、つい適当に答えてしまう。だって、俺知らないおっさんに絡まれただけだし……まあ、焚き付けたのは俺だけど。
しかし、そんな俺の態度が気に要らなかったらしく、鞘から刀を取り出すと、肩を震わせるながら俺に向けてきた。
「き、貴様……! なんだ、その態度は……!」
「ちょ、ストップ! ストップ! それお前、刀だろ!? 善良な一般人に向けて良いもんじゃねぇだろ!?」
「ふん……正直に答えられない者は盗人だと相場が決まっているからな」
「いや、別に何も盗んでねぇし……というか、すでに最初の質問と関係ねぇんだが……」
「しかし、ここに『神隠し』の人間が居ると聞いてきたが……なんだ、この騒ぎは? 『妖』が出てきたわけでもないのに、つまらない騒ぎを起こすな」
「……ねえ、俺の話聞いてる?」
何この野蛮人……俺、言葉が通じない原始時代にでも来ちゃったの?
堅物というより、脳まで筋肉で出来てるんじゃないかという大郷という女に呆れていると、ふと女は俺のすぐ後ろに視線を向けあからさまに眉をひそめていた。
この反応には覚えがある……夜波や月華に向けられるものと同じだ。
「―沙羅神の人間か」
そう、門番のおっさんや周りの連中と同じく『沙羅神』の人間であることへの嫌悪感みたいな感情だ。