ちょっとしたトラブルはあったけれど、俺達は当初の予定通りミクちゃんの部屋に広がっていた謎空間を探索していた。
が、あまり順調とは言い難い状況であった。
「どうしたものかな」
「そうですねぇ」
「まさかここまで何もない空間だとは」
「綺麗な花とか木はあるんですけどね」
「そうだねぇ」
俺は隣を歩くリリィちゃんと特に意味のない会話をしながら周囲に視線を走らせる。
が、当然の様に殺気を向けてくる存在も居なければ、生き物もいない。
平和そのものだ。
「うわーん! 上から見てもだめだー! なーんにも無いよ!」
「ミクちゃんも居ない?」
「居るかもしれないけど、見えないしー、なーんにも分かんない!」
「そっか」
俺は涙ながらに上空から降りて来たジーナちゃんに言葉を返しながら、どうしたもんかなと考える。
が、正直な所、魔術やら魔法やらの専門家であるジーナちゃんやリリィちゃんが分からないのなら、俺に分かる様な話など何もない。
いっそこれがタヌキかキツネに化かされているという様な話なら俺でも色々と考える事は出来るが……。
「タヌキもキツネも居ないしな」
「リョウ君?」
「あぁ、何でもないよ。……っ!? アレは!?」
何となく呟いた言葉をジーナちゃんが拾い、それに大した意味はないと返した瞬間、俺の視界には酷く見覚えのある存在が入り込む。
どことなく間抜けな顔をしていて、ここが俺の家だとばかりに呑気な雰囲気を漂わせながら歩く、少しばかり太った生き物……タヌキである。
「たっ、たぬき!?」
「たぬ?」
「タヌキって、何ですか? リョウさん」
「あ、いや、ごめん。ついつい別の世界での呼び方をしちゃった。ほら、あそこを歩いている生き物? あぁ、いや魔物がね」
「向こうって、あの魔物ですか?」
「そうそう。こっちじゃどんな呼び方するのか分からないけど」
「いえ。私は見た事無いですね」
「……ホントに?」
「はい」
テクテクと四つ足で歩いているタヌキを見ながら、リリィちゃんは知らない魔物だと言う。
そんなバカなと思いながら俺はジーナちゃんへと視線を向けた。
「ジーナちゃんはあの魔物知ってる!?」
「うーん。ジーナちゃんも見た事なーい」
「なんと……!」
俺は新種の魔物なのか? と思いながらタヌキもどきに近づいた。
向こうはこちらの事など知った事じゃないとばかりにのんびりと森を散歩している。
随分と人に慣れたタヌキだなと思いながら俺はしゃがみ込んだ。
そして、無意味と分かりながらタヌキに話しかける。
「やぁ。タヌキ君。君は何処から来たのかな」
タヌキは俺の声に反応したのか散歩を止め、俺を見上げる。
見上げて、見上げたまま止まり、つぶらな瞳でジッと俺を見つめた。
その瞳は何を意味するのか。
動物の心など分からない俺には何も分からない。
「引き留めて悪かったな。じゃあ」
タヌキは俺が手を振ると、器用にも右足を上げて挨拶を返した後、そのまま木々の向こう側へと去って行った。
彼から何も情報は得られなかった。
が、一個気づいた事があり、俺は改めてジーナちゃんとリリィちゃんに問う。
「一応確認なんだけど、さっきの生き物って二人とも見た事ないんだよね?」
「うん。ないよー」
「私もありません」
「分かった」
なるほどと俺は頷きながら、この世界について少し分かったかもしれんと呟いて、次なる事件をしてみる事にする。
「そうだな。じゃあ、あの木の向こうから……ニワトリが3匹出てくるとか」
俺は恐る恐るそう呟いて、指さした木の近くへと向かう。
そして、その衝撃的な光景を目にするのだった。
そう。木々の向こうには確かにニワトリが居たのだ。
しかも指定した通りの3匹!
信じられない様な事だが、全て事実だ。
夢や幻ではない。
「こ、この世界は……!」
「どうしたの? リョウ君!」
「この世界は、おそらく喋った事が現実となる世界だ」
「えー!? そうなのー!? じゃあ空からケーキが降ってくる―!」
俺の言葉にジーナちゃんが反応し、叫んだ瞬間……!
空からケーキが降ってきて、地面に落ちた。
非常に心苦しい光景だ。
ジーナちゃんも中途半端に手を伸ばしたまま固まってしまった。
「じゃ、じゃあ。落ちたケーキが落ちる前に戻って、ジーナちゃんの手の上に置かれた皿の上にそっと置かれる」
あまりにもジーナちゃんが可哀想だったからか、リリィちゃんがフォローし、地面に落ちたケーキは無事生まれ変わってジーナちゃんの手の上に現れた皿の上に置かれる。
もはや疑う事は何も無い。
この世界は言葉にして発した事が現実となる世界なのだ。
しかし、そうと分かれば話は早い。
俺は早速問題となっている事項について喋る事にした。
「この世界に迷い込んだと思われるミクちゃんと、ここから帰るための手段。そして、この現象を止める方法」
さぁ、どうだ。
と俺は周囲を見渡した。
が、特に反応はない。
森は何ら反応を示さないまま静寂を保っている。
やはり直接的な事は駄目なのだろうか。
そう考えて、別の手段を考えようとしていた時、異変が起こった。
何かが、近づいてきている感覚がある。
いや……! それだけじゃない。
地面が揺れている。
「なんだろうな。何か既視感があるね」
「きしかん?」
「前にも見た事、感じた事がある事が今起きてるんじゃないかって事だよ」
「あぁ! これって、アレじゃない? 何か大きなのが近づいてるって感じ!」
「そう」
俺は少し前にセオストで起こったあの大きな事件を思い出していた。
歩くだけで地面を大きく揺らすほどの巨体。
そして、遥か遠くに見える巨大な体は……まさにという所だ。
「でも、なんか見た目は少し違うね」
「例の新種とは違う魔物なんだろうね」
まだ遠いからと俺はジーナちゃんと呑気に話していたのだが……そんな遥か遠くに居る巨人から何かが飛んできた。
俺は咄嗟に腰の神刀を抜いて、その何かを切り裂こうとした。
しかし、それよりも前にすぐ横を小さな影が通り過ぎて、前へと飛ぶ。
その影は先ほどまでオドオドとしていたリリィちゃんで、いつの間にか左手には見慣れない刀が握られていた。
「守るよ。『霞』」
リリィちゃんは俺達のすぐ目の前にある巨大な木よりも高く空に飛び、木の一番上に立つと、風に通る綺麗な声で神刀の銘を呼んだ。
そして、鞘から刀を抜くと、次の瞬間にはリリィちゃんの姿が木の上から消えていた。
どこに消えたのかとリリィちゃんが立っていた付近を視るが、どこにも姿は見えない……!
「ひとまず迎撃は出来ましたが、このままここに居ると危険ですね。どうしますか?」
「うぉっ!?」
「わ! ビックリした!?」
「っ! な、なにか?」
「もー! 何か? じゃないよぉー! 急にびゅーん! って居なくなって、急にババって現れたらビックリするよ!」
「申し訳無いです。急いでいたもので」
「それなら、良いけどさぁ」
鞘から抜いた神刀を握っているリリィちゃんは普段とどこか雰囲気が違う様に見える。
違和感という程ではないが……。
「どうかしましたか? リョウさん」
微かな笑みを浮かべながら俺を見上げるリリィちゃんに、俺はまぁ良いかと頭の奥に生まれた考えを押し流し首を横に振った。
「何でも無いよ」
「そうですか。では、アレの対処をしましょうか」
「あぁ」
「うん!」
リリィちゃんの言葉に俺とジーナちゃんが頷き、リリィちゃんはやはりどこか楽しそうな顔をしながら巨人を見て微笑んだ。
その横顔に俺は少しだけ、こみ上げる思いがあった……が、別にどんなリリィちゃんでも構わないかと飲み込むのだった。
そう、リリィちゃんも桜と同じ、妹だ。
初めての依頼をこなす時、約束した通りに、俺はリリィちゃんがどんな子だろうと変わらず良い兄でいようと想う。
「じゃあ、行こうか!」
そして、俺はリリィちゃんやジーナちゃんと共に現れた魔物との戦いに飛ぶのだった。