俺はデカいクマの解体をしながら、昔話をリリィちゃんにするべく昔の事を思い出していた。
「俺と桜はさ。実は本当の兄妹じゃないんだ。だから生まれた時から一緒じゃなくてね。ちょっとした事がキッカケで兄と妹になったんだ」
「……」
「あぁ、リリィちゃんは知ってたんだね」
「あ、いやっ! その……!」
「大丈夫だよ。たぶん桜が教えたんだろう? リリィちゃんを責める様な話じゃない」
「あ、はい……ありがとうございます」
「そんなに恐縮しないでよ。ほら、前も言ったけどさ。リリィちゃんの事はもう家族みたいに思ってるんだ。だから、こういう話だって気にせず打ち明けたいんだ」
「ありがとうございます」
お礼ばかり言っているリリィちゃんに笑いかけて、気にしないで欲しいとアピールする。
そして、話題を変える為にも、俺は遠くを見ながら口を開いた。
「そういう訳でさ。俺と桜の血は繋がってないんだけど。ある日から兄妹になったって訳なんだ」
「……はい」
「だから、かな。桜とは最初うまくいってなくてね」
「そうなんですか?」
「そう。そうなんだよ。最初は桜も遠慮があったし、俺も色々あったしね。どうしても上手く通じ合う事は出来なかったんだ。だから、微妙な距離を保ったまま同じ家に住んでいる様な状態だったよ」
「……」
「信じられない?」
「あ、いえ!」
リリィちゃんは焦った様に首を振ったが、その顔は確かに信じられないと言っていた。
まぁ、それはそうだろうなとは思う。
今の俺と桜を見て、昔は遠い関係だったんだよ。なんて聞かされて、なるほど。とは思えないだろう。
だが、残念な事に真実だ。
「まぁ、そんなワケで、桜とはギクシャクしている時期もあったんだけどさ。ちょっとした事がキッカケになってね。喧嘩して、仲直りしたんだよ」
「お二人が喧嘩、というのは少し想像が難しいですが」
「そう? まぁ、今はだいぶ甘やかしてるしなぁ。そう見えても不思議はないかな」
「……っ!」
「ふふ。自覚があったのか。って驚いているみたいな顔だね」
「あ、いや、そんなつもりは……!」
「リリィちゃんは素直だからなぁ。全部顔に出てるよ」
「あぅぅ」
リリィちゃんは両手で頬を押さえながら、あわあわと左右に首を振った。
そんな可愛い姿は年相応の女の子そのものという様な姿で、少しだけ安心感を覚える。
「それで、喧嘩の話なんだけど。ここまで引っ張って申し訳ないけど、そんなに激しい喧嘩ではなくてね」
「そうなんですね」
「まぁ、どこまで行っても俺と桜だからさ。互いに気を遣って、一緒に居ると何だか話がしにくくてね。上手く話す事も接する事も出来なかったんだ」
「……」
「そんな時、桜が限界だったのか。家を出て行こうとしたんだよね」
「え!?」
「俺も、当時はビックリしたよ。今でこそ桜は元気だけど、昔は本当に病弱でね。立ち上がる事すら出来ないくらいだった」
「……」
「それなのに、布団から出て、何とか畳の上を動きながら、迷惑なら出ていく! って叫んでさ。桜は泣いていて。俺もそんな桜を見て、ハッとなったんだ。こんな小さな子に無理をさせて何をやってたんだってね」
当時の事を思い出すと、何とも言えない気持ちになる。
桜を助けて、家に連れて来て、衣食住があればそれで良いと思っていた。
でも、桜はお母さんを亡くしたばかりで、独りぼっちで知らない世界に居たというのに。
桜に必要なのは人の気持ちだったというのに。
物ばかり与えて、それで満足していたなんてな。
「それで、俺もその時に、ちゃんと桜と向き合ってなかったって事に気づいてさ。桜をちゃんと見て話をする事にしたんだよ」
「……なるほど」
「互いに気を遣ってさ。言いたい事も言えなくてさ。何となく過ごしてても、良い事は無いんだなって知ったんだよ」
「……はい」
「まぁ、何だか何を話したかったか分からなくなっちゃったけど。それから俺も桜も互いに言いたい事を遠慮なく言える様になったって話さ」
「何となく、話は伝わりました。はい」
「そっか。それは良かったよ」
リリィちゃんの納得した様な声に頷きながら、俺も本格的にジャイアントベアーを解体する為の作業に入るのだった。
本当に何の話をするつもりだったのか、自分でも分からない様な迷子の話になってしまったが。
まぁ、リリィちゃんが色々と納得した様な顔をしていたし、良しとしよう。
ただ、まぁ、思い出した時はまた話をしたいと思う。
何か、桜ととても大事な話をした様な気もするし……。
それが何だかったか思い出せないのは、兄として失格というか、何というかなのだが。
こういう時はしょうがないのだ。
「じゃ、話も中途半端になっちゃったし。準備の方に集中しようか」
「……! リョウさん!」
「うん?」
「せっかくなので、私も話して良いですか?」
俺はうんと頷きながら、一応ミクちゃん達の方を見て、特に変化が無いことを確認する。
そして、リリィちゃんに再び視線を戻すのだった。
「聞くよ」
「ありがとうございます。実は、あの」
「うん」
「私もフィオナとは姉妹じゃなくて……!」
「それは分かるよ」
「あ! いや、違くて、そうじゃなくてっ!」
「おちついて。焦らなくて良いから」
「は、はい」
リリィちゃんは大きく深呼吸をすると、目を閉じて、少し落ち着いてからまた口を開いた。
先ほどよりは落ち着いている様に見える。
そして、語り出した内容も非常に落ち着いていた。
「はい。落ち着きました」
「それは良かったよ」
「それで、はい。フィオナとは、セオストに来てから出会ったのですが……」
「うん」
「私が冒険者になろうと決めたのも、フィオナに助けられてからなのです!」
「そうなんだ」
なるほどな話であった。
フィオナちゃんならありそうな話だ。
何だかんだと正義感が強いし、思い込んだら一直線な子だし。
だけど、リリィちゃんがフィオナちゃんに助けられるというのも、何だか奇妙な話である。
「……ふふ。リョウさんも、不思議そうな顔をしてますね」
「あぁ、気になるからね」
「別に、おかしな話じゃないんですよ。私はヤマトの侍として、強くあれなくて、刀を握って、湧き上がる衝動が怖くて、戦う事が嫌だったんです。逃げてたんです。本当はあの場にいた誰よりも戦うべき人間だったのに」
「……」
「でも、そんな私を庇って、フィオナは笑ってました。大丈夫だよ。怖い物から私が全部守るよ、って言って。震える足で、怯える体で……でも、眼だけは真っすぐに前を見て」
「格好いいね」
「はい。今までに見たどんな人よりも格好良かったです。だから、私は、フィオナみたいになりたい」
「そっか。それはフィオナちゃんには?」
「……」
リリィちゃんは黙って首を振り、自嘲気味に笑う。
「私にそんな勇気ありませんよ。あったら、私の事だって全部話してます」
「それはそうか」
「いつだって私は卑怯者なんです。怖い事から逃げて、楽な方に流されてる」
「……」
「そんな事ないよ。って言ってくれないんですね」
「そりゃ。言って欲しいのなら言うけど、リリィちゃんはそんな言葉、求めて無いだろう?」
「……まぁ、そうですね」
「なら俺からも言えないよ。俺は妹を甘やかす為の言葉ならいくらでも言えるけど、追い詰める言葉は言えない性格でね」
「さっき、結構酷い事をいっぱい言ってたような気がするんですけど」
「あぁ、確かに。でも、リリィちゃんが求めていた言葉でもあるから」
「……リョウさんって思っていたよりも、ずっとズルいんですね」
「実はそうなんだ」
「まったく、もう」
リリィちゃんはため息を吐きながら、笑う。
そして、ジャイアントベアーを解体する手を止めて、暗くなり始めている空を見つめた。
「じゃあ、リョウお兄さんの優しさに甘えて、私もいつか……フィオナとこういう話をしてみます」
「あぁ、俺もその時を期待しているよ」
「えぇ。期待していて下さい!」
リリィちゃんはやや強い言葉で俺に打ち返しながら、いたずらっ子の様に笑うのだった。