さて、冒険者組合からの依頼で森へ来た俺たちであったが、どうやら想定以上に危険な状態になっているらしい。
説明の時に、何度も調査だから無理をするなと言っていた理由がよく分かる。
魔物は冬の間、食料を食べて無いからか、普段以上に凶暴化しており、さらに雪で足場も最悪となれば、依頼の難しさがよく分かる。
俺は冬の間にコッソリと編んでいたという桜のマフラーで口元を隠しながら、白い息をなるべく消して雪の上を走る。
そして、今まさに冒険者の一人に襲い掛かろうとしている犬の様な魔物の首を斬り落とした。
「……うわっ! りょ、リョウか。助かったぜ」
「いえ。怪我は無いですか」
「あぁ。襲われる前に助けてもらったからな」
「それは何より」
俺は神刀に付いた汚れを拭い、納刀してから周囲を見渡す。
冒険者たちは互いにある程度距離を取りつつも、そこまで離れず固まって行動していた。
この方が、最悪誰かが襲われても、すぐにカバーに入る事が出来るということだろう。
そして、俺はと言えば、主に危険な魔物が出た時の対処を中心に行っていた。
出来れば探索技術なんかを活かして、魔物の痕跡を探す!
っていう方をやりたかったが、まぁあんまり我儘を言える依頼でも無いからな。
そこは大人しく冒険者組合の采配に従おう。
「うーす。リョウ。お前も参加してたか」
「あぁ、アレクさん。アレクさんも参加してたんですね」
「そらな。一応セオストの冒険者は基本的に強制参加だよ。よっぽどの理由がない限りはな」
「それに、この時期はみんな仕事が欲しいからな。ちょうど良い依頼なんだよ」
「ヴィルさんも。お疲れ様です」
「あぁ。お疲れ。しかし寒いなぁ、今日は」
「そらな。まだ雪も残ってるし。さっさと家に帰りたいモンだぜ」
「しかし、ここで帰ったらエドワルドさんに怒鳴られるぞ」
「あの爺さん。いつになったら隠居するんだよ。ずっと現役じゃねぇか」
「あれ、エドワルドさんも参加してるんですか?」
「言っただろ? セオストの冒険者は基本的に全員参加って。エルネストの爺さんだって例外はねぇよ。まぁホントは断れるんだろうが、あの爺さんは気にせず参加してるってワケだ」
アレクさんの言葉に俺はそれとなく周囲を見渡したが、エルネストさんの姿は見えなかった。
しかし、どこかには居るらしい。
こんな寒い中でも元気に走り回っているのだろうと思えば、確かに元気な人だなと俺も思うのだった。
「そういえば、お二人の依頼は……」
「お前と同じだよ。何か出てきた時の対処」
「だから何も無ければ、このまま待機ってワケだ」
「ったくー、毎年毎年、これがシンドイんだよな。クッソ寒いってんのに、待機場所から動くなってんだから」
そう。
アレクさんが愚痴っている通り、俺たちは探索部隊が少しずつ広がっていくのを見ながら、その少し後方でいつでも動ける様にと待機しているのだ。
空気が酷く冷たいから、動いている方が楽なんだけれど、この場所にいる様に! と指示されている以上動く事も出来ない。
そして、何か運動をしていても良いのだけれど、何かあった時にすぐ動けるようにはしていないといけない為、派手な運動も出来ないという訳だった。
ただまぁ、それでも体が完全に固まっているといけないからある程度体を動かして、走り出せるようにはしているというワケだ。
「そう言えば、リョウ。お前のソレ。サクラちゃんからの贈り物か?」
「えぇ。そうですよ。よく分かりましたね。流石はヴィルさん」
「そりゃ分かるだろ。その派手な花びらと、ピンク色のマフラー。そこまで自己主張するのはあの嬢ちゃんしか居ねぇよ」
「桜は愛情深い子ですからね」
「お前は本当に妹大好きだな」
「えぇ。それが俺ですから」
「そりゃ何よりだよ」
「というか、そんなに変ですか? このマフラー。結構良いと思いますけど。勿論桜が云々は抜きにして」
「おかしいとはいってねぇが、自己主張は凄いなって話だよ」
「自己主張?」
「いや、お前。色もやべぇけどさ。その花びらとかなんだよ。何の花だよ」
「これは桜ですよ」
「作った奴は知ってるよ。サクラの嬢ちゃんだろ?」
「そうじゃなくて、桜の花びらですよ。桜の木。知らないですか?」
俺の問いに二人は顔を見合わせて首を傾げた。
その反応から俺は、どうやらこの世界には桜の木が無いのだなと察した。
「こんな感じのピンク色の花びらを咲かせる木なんですけど、春の時期になるとハラハラと花びらを散らせるんです」
「へぇ……そんな木があるんだなぁ」
「綺麗なんですよ。幻想的な雰囲気で、とても……綺麗なんです」
「そっか。それは俺も見ていみたいモンだな」
「いつか機会があれば」
「その時を楽しみにするよ」
「えぇ」
「……いや、しかし。それはそれとして、嬢ちゃんは自分の名前の木をマフラーにしてお前に送ったって事か?」
「そうなりますね」
「やっぱり強いじゃねぇか。自己主張! てか、桜の木の話を聞く前よりも今の方がよっぽどそう思うんだが!?」
「そうですか? 可愛いと思いますけど」
「やっぱりお前の感覚、どっかおかしいぜ」
「まぁまぁ。妹が好きなんだろ?」
「限度があるだろうよ。限度が」
呆れた様なアレクさんの言葉に、俺も苦笑で返しながら続く世間話へと話題を移してゆく。
本当は真面目に仕事をしている方が良いんだろうが、何もしていないというのも退屈だし。
どうやっても寒さは消えないのだから、何かしらで気を紛らわせたいのだ。
「あー、そうそう。お二人にも聞こうかと思ってたんですけど。実は家庭菜園を始めようかと思いまして」
「家で野菜でも作ろうって?」
「はい。それで、色々調べてたら魔物の骨が良いって書いてあって」
「あぁ、まぁ。そうだな」
「んー。どういう骨が良かったんだったか。前に調べたなぁ。アレク」
「アレだ。デカい奴。とにかくデカい奴が良い」
「デカい奴?」
ヴィルさんを指さしながら言ったアレクさんの言葉に聞き返す。
「そう。魔物はとにかくデカい奴の方が持ってる魔力が多いからな。小さい奴よりデカい奴の方が魔力がデカいのさ」
「なるほど。そうなると狙うならデカい奴ですね」
「とは言ってもだ」
「はい?」
「流石に個人レベルでデカい魔物の骨を使う奴は居ない。デカければ良いのは確かだが、そもそもデカい奴の骨は高いからな」
「……?」
「不思議そうな顔をするな。誰も彼もがお前みたいにデカい奴を仕留められる訳じゃねぇんだ」
「いや、別にそういう意味でそういう反応をしたワケじゃないですよ」
「あん?」
「ただ、大きな骨はそもそも高いんだなぁーと思って。ほら、小分けにして売るとかも出来る訳じゃないですか」
「あぁ、そういう話か。それはお前、ほら。さっき話したが、結局デカい奴の方が魔力が多いからな。良いもんが出来るってんで高いんだよ。ただし、そんだけ良いモン使っても本業の冒険者をやってたら、結局大して面倒を見てやれないからな。出来るモンを考えるならそれなりの骨で良いって訳だ」
「なるほど」
アレクさんの言う事はもっともである。
しかし、我が家で野菜を育てるのはココちゃんだ。
ならば、出来るだけ育ちやすい物が良いだろう。
となれば、今回の依頼で大物を狙う必要がある訳だ。
いや、狙わなければいけなくなったと言っても良いだろう。
「リョウ、お前……その顔はまたろくでもない事を考えてるな?」
「ろくでもない事なんて考えてませんよ。ただ、大物を狙うか。という気持ちになっているだけです。野菜を育てるのは俺じゃないですからね」
「なるほど、お前の家の誰かか……いや、ココか」
「はい」
「失敗っていう経験も経験だと思うぜ? リョウ」
「かもしれませんね。でも、最初に失敗する必要は無いかと」
「相変わらず過保護だな。リョウは」
苦笑するヴィルさんに、頷きながら俺は笑った。
家族だからこそ、大事にしたいのだと言って。