フソウの城からさほど時間は掛からずに、俺たちは霊刀山の頂上まで登ってきた。
まぁ、その犠牲は大きかったが……。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か? モモ、リン」
「え、えぇ。少し、休めば、動けます」
「おなじ、です」
「そうか? まぁ、無理はするなよ。あやつは気まぐれじゃからの。急いでも会えるかは分からん」
「例の魔物ですか?」
「あぁ。そうじゃ」
山頂に置かれたレジャーシートの上で、息を切らせているモモちゃんとリンちゃんを見下ろしながら、心配そうな顔をしていた楓ちゃんは俺の方を見て、頷いてくれる。
そして、セシルさんに二人の事を託すと、ひょいひょいと俺の方に走ってきて、俺の服を掴みながら頂上から見える景色に指を差した。
「霊刀山はそこまで高い山では無いんじゃが……っと、こんな事を言うと、モモやリンに申し訳が無いな。えー、あー。そうじゃな。正しくは……西方にある山脈に比べれば、そこまで高い山ではない。じゃな」
「気を遣ってくださって、ありがとうございます」
「いやいや。本当に申し訳ない事をしたからな。これくらいは当然じゃ」
「……はい」
「それで、じゃ。霊刀山は高さこそ、それほどでも無いが、広さは中々な物なんじゃよ。ほれ、ちょうど上から見えるじゃろ」
楓ちゃんは俺と共に山頂の端部分まで移動し、そこから下を指さしながら話を続ける。
「霊刀山はその山の性質から、常に霊気が漂っている場所である。その為、白くモヤの様になっているんじゃが。その白い範囲がかなり広いのがわかるか?」
「えぇ……。分かります。というか。モヤの部分もこうして上から見ると異様ですね」
「そうじゃろう? 西方の高いある山々に時折かかる雲や、街で起こる雨や霧とも違う。霊刀山は目に映る程の霊気が漂っている場所なんじゃよ。だから、山ではない場所には霊気がなく、空気が違うというワケじゃな」
「なるほど……という事は、下の方の一部白くなっていない場所は」
「あそこはわらわ達が入ってきた場所であり、霊刀山であって、霊刀山ではない場所じゃな」
「霊刀山であって、霊刀山ではない……?」
「そう。本来は山の一部に含まれているハズだと学者連中は言っていたんじゃが。侍達の言葉では、アレは道なんじゃと」
「道、ですか」
楓ちゃんは実に不思議だという様な顔で、白い中に浮かび上がる、道を見下ろす。
そこまで広くはないが、決して狭くも無い道を。
確かに言われてみれば、山への入り口として用意されているであろう場所から、まっすぐに下へと伸びてゆき、遠くにある街へと繋がっているソレは確かに道である。
しかし、道。
この山へ入る為の道としては奇妙な所がある。
何故なら、霊刀山は明らかに人が入るのを拒絶している雰囲気があったからだ。
「ふふ。不思議そうな顔をしておるな」
「えぇ。そうですね。正直なところ、理由が分からないです。霊刀山は人を受け入れたいワケではないでしょう。俺にはここが酷く神聖な場所で、踏み入ってはいけない場所に思えます」
「うむ。その感覚は正しいの。ここは神刀と、かつて神刀と共に戦った侍たちが眠る地じゃ。言うならば、墓場と言えるかもしれん。まぁ、墓自体は他の場所にあるワケじゃが……」
楓ちゃんは表現するのが難しいなと呟きながら少しだけ沈黙を落とす。
そして、思いついたのか、また再び口を開いた。
「ヤマトの近くにあるのは、ヤマトの民の肉体が眠る場所なのじゃが、ここは神刀と侍たちの魂が眠る地なんじゃよ。意思と言っても良いかの」
「侍の、意思……!」
「そうじゃ。神刀と共に戦い、戦いの中で死した魂が、己の鍛え上げた一刀を後世に伝えるべく、この地に留まっておるんじゃ」
なんとなく、ではあるが……。
この山に住まう侍たちの気持ちが少しだけ分かる様な気もする。
俺は確かに色々な師匠に教わりながら、ここまで腕を鍛えてきたが。
その道のりは、この一刀は俺だけの物だ。
鍛え上げ、研ぎ澄まし、ここに一刀として成した。
未だ道の途中である為、誰かへ受け継がせるなど考える事も無いが、これが道の果てに。
俺が思う、最も高い頂へと到達したとき、この一刀が失われてしまう事に悔しさを感じるかもしれない。
どこかに残したいと。
この一刀を何よりも素晴らしいと思う者に託したいと。
そして、俺ではたどり着けなかった高みへ、刀を導いて欲しいと感じてしまう。
あぁ、そうか。
この霊刀山に住まう侍は求めているのか。
己が魂を受け継ぐ存在を。
自分では届かなかった高みを、超えていく者を。
「羨ましいですね」
「ふふ。亮も、やはり侍なんじゃな」
「まぁ、そうですね」
「それなら、山で修行でもしてみるか? そうすれば、亮の願う力が手に入るかもしれんぞ。ここは古くより、ヤマトの民にとっての修行場であるからな」
「いえ。俺は……遠慮しておきます」
「そうなのか?」
「はい。俺の刀は戦いを求める物ではなく、戦いを終わらせる物。誰かを守る為の物ですから」
「なるほど。やはり面白いな。亮は」
「そうですか?」
「あぁ。侍はもっと戦い好きじゃからな。守る為に戦う。等という物は珍しいよ」
「……そうかもしれないですね」
俺は楓ちゃんの言葉に笑みで返し、楓ちゃんがセシルさんやモモちゃん、リンちゃん、リリィちゃんの所へ戻るのを見送った。
そして、一人残った俺は、山頂から見下ろす雄大な景色を眺めながら大きく深呼吸をする。
ゆるやかな傾斜と、多くの木々が立ち並び、その周囲に霧の様な霊気が漂っているこの場所は、見ているだけで心が静かになっていく様な素晴らしさがあった。
ここが修行場となっているのは、かつての侍が居るという事だけでは無いのだろうと思う。
「……良い空気だ。透き通っているな」
俺は心の奥で蠢いていた黒々とした感情が少しだけ薄くなるのを感じつつ。
やはり山登りは良いなと思いながら、山頂の端から離れ、モモちゃん達の所へ向かった。
しかし、モモちゃんとリンちゃんは未だ復活していないらしく、レジャーシートの上で休んでいる。
まぁ、呼吸は落ち着いているから、今は体力を回復させようとしているという様な所か。
「何か食べる? 色々持ってきたけども」
「今は……とりあえず良いかなぁ。お腹が減ってる訳じゃないからさ」
「なんじゃ。亮は準備が良いのう」
「まぁ、霊刀山では魔物狩りは出来ないかなと思ってまして。一応ご飯の準備をしてきたんです」
「そうか。それは気を遣わせたのぅ。じゃが、別に狩猟は禁止しておらんし。狩りは自由にしてくれ」
「えぇ!? 良いんですか!?」
「無論じゃ。山を荒らす目的ではなく、食料を確保する為じゃろう? ならば問題ない」
「な、なるほど」
まぁまぁ衝撃的な言葉を聞きながら、そうなのか。と一人呟いた。
いや、本当に驚きだ。
神聖な山という空気だけど、殺生は大丈夫とは……これもこの山に居るのが侍だからか。
「それに、別に亮が狩らずとも、言えば誰かが狩ってくるぞ。のう、セシル様」
「えぇ。山に住む侍さん達は皆さん、良い人たちばかりで、お願いすると魔物を狩って下さるのです」
「それは、何とも凄いですね」
「まぁの。あー、じゃが、もしかしたら亮から頼むのは難しいかもしれん。亮も侍じゃからな。これも修行だと言いそうじゃ」
「いや、魔物を狩っても良いのなら、自分でやるので、そこは大丈夫ですが」
「そうか? なら、良いが」
「それに食料も持ってきてますしね」
「ほっほっほ。そういえばそうじゃったな。まぁ、もしもの時には狩りが出来る。くらいに思っておくのが良いじゃろ」
「そうですね。もしもの時の選択肢としては取っておきます」
と、俺は正式に霊刀山での狩猟許可を貰い、困惑しつつも頷くのだった。