早朝の修練場で、時道さんとの模擬戦を行っていたのだが。
不意に、時道さんの雰囲気が変わり、重い言葉を呟いた。
「だから、力もなく、斬られれば消えるだけの存在が……誰かを害する事が出来る状態がおかしいのさ」
何か時道さんの中にある地雷を踏んだのか。
あるいは、常に心の奥で蠢いているよどみが、時折吹き出すのか。
時道さんがどういう状態なのか。
ヤマトにも時道さんにも詳しくない俺には分からないが、時道さんの中に確かな闇が渦巻いている様だった。
さて、こういう場合、俺はどうするべきだろうか。
まぁ、何も喋らないというのが正解なんだろうが。
「時道……お前、まだそんな事言ってんのか」
「悪いか?」
「悪いとは言わん。だが、しつこい奴だな。とは思ってるぞ」
「そう真っすぐに言われると困ってしまうな」
「おーおー。困ってしまえ! お前がいつまでもネチネチしてるから姫様も気にしているんだぞ」
「それは……申し訳なく思うが」
「なら止めろ。俺からはそれだけだ」
雷蔵さんが冷たく時道さんを突き放すと、時道さんは少し悲しそうな顔をして目を伏せた。
これまでに見てきた姿とは違い、子供の様な姿だ。
それを見ていると、何だか時道さんが可哀想に思えてしまうのだった。
いや、事情は知らないのだが。
「すまなかったな。雷蔵。亮も」
「いえ。俺は特に何もありませんから」
「それでもだ。妙な話を聞かせてしまった。悪かったな」
「雷蔵も、すまない」
「別に良いさ。だが……そうやってウジウジ、ストレスをためているくらいなら、いっその事、暴れてしまえ」
「え?」
「えぇ!?」
突如として放たれた雷蔵さんの言葉に時道さんも俺も驚き、声を上げてしまう。
そんな俺たちに雷蔵さんは特に何も不思議な事を言った覚えはないという様な顔で、言葉を続けた。
「ヤマトも、長く今の状態が続きすぎたからな。多少変わるのも良いんじゃないかと俺は思う」
「多少で済むか、それは分からんぞ」
「分かるさ。どういう結果になろうが、この国には強者が残るし。侍も残る。それに……姫様が上に立ち続ける限り、ヤマトという国は変わらん。何もな」
「本当に、そうだろうか」
「あぁ。そうだと言い切れる。時道。お前はジジイ共を消せば何かが変わると信じているんだろうが、連中を消した所で、次のジジイ共がその場所に座るだけさ。何も変わらない」
「……本当に、そうなのか」
時道さんは酷く苦し気な顔で、雷蔵さんに問う。
しかし、雷蔵さんは冷静に頷いてこれまでの話を肯定した。
「まぁ、何も変わらないというのは違うかもしれないがな。今のジジイが排除されれば、一応次のジジイはお前に気を遣うだろうしな」
「それで……例えば、瞬への対応は変わるだろうか。颯は……受け入れて貰えるのだろうか」
「難しいだろうな」
「っ! なら、どうすれば、ヤマトは変わる!?」
「だから、言っているだろう? 何も変わらないんだ。この国は。長く続きすぎて、みんな当たり前を変えたくないからな。多少の不便があろうと、全体として問題無いのであれば、問題無いのさ。でも、それが人間だろ?」
「俺は、違う……!」
「なら変えれば良い。お前が出来る方法で。お前にしか出来ないやり方で。それで何かを変えられるのなら、それが世界の真実さ」
「あぁ、やるさ」
「ガンバレ」
雷蔵さんは特に興味も無さそうに、応援の言葉を時道さんに告げると、話は終わりだとばかりに修練場を出て行こうとした。
しかし、時道さんは雷蔵さんの名を呼んで、足を止めさせる。
「お前はどうするんだ。雷蔵」
「どうもしないさ。お前にも加担はしないし。ジジイ共にも加担しない。俺はお前らが暴れ終わるまで姫様と聖女様をお守りするだけだ」
「……」
「あぁ。いや。ついでに姫様のご客人も守る事になるかな。モモとリンだったか」
「ありがとうございます。雷蔵さん」
「いや? あの二人は姫様のご友人だ。傷付けば悲しいだろう」
「だから……俺はお前が姫様に手を出さない限りは、何もしない。しかし、もし姫様や姫様のご友人に手を出そうとするのならば、お前らの敵になる。ただそれだけだ」
そして、雷蔵さんは時道さんをジッと睨みつけながら言葉を投げつけて部屋から去って行った。
そんな雷蔵さんに、時道さんは何とも言えない顔をしながら息を吐いた。
大きな緊張が解けた時の様に。
「……悪かったな。亮。妙な話に巻き込んだ」
「いえ、それは良いのですが……時道さんは本当に、何か事件を起こすつもりなのですか?」
「俺はそのつもりだ。雷蔵に何を言われようとも、このままにしておく事など出来ない。お前には悪いが、俺はヤマトをひっくり返すつもりだ」
「それは、すぐにでも始めないといけない事なのですか?」
「あぁ。今この時も虐げられている者達がいる。俺は侍を率いる者としての役目がある」
「虐げられている人というのは、瞬さんの事ですか?」
「瞬もそうだ。無論、瞬だけではないが、瞬の為に戦うという事でもある」
「それは瞬さんが望んだことなんですか?」
「分からん。だが、このままには出来ない事だけは確かだ」
俺は時道さんの言葉に違和感を感じて、いくつかの質問を投げかけたが、やはりというべきか。
瞬さんの意思とは関係の無い所で時道さんは動いているらしい。
ならば、その行動は正しいと言えるのだろうか。
俺は、正しいとは思えない。
「……」
「やはり、お前は敵になるか。亮」
「えぇ。誰かを守るという行為は押し付ける様な事ではありませんから。俺はその様な行為を認める事は出来ません」
「ならば、どうする? ここで、俺を殺すか?」
「命を奪えば解決するという考え方には同意できないと言っているんです」
「……そうか」
「せめて瞬さんと話し合うべきです」
「それは出来ないよ」
「何故……!」
「瞬は、許可が無ければ長期間ヤマトに滞在出来ないのだ。その様な状況で何と聞けば良い。俺には何も言えん」
「それでも、聞けなくても、無視してはいけない」
時道さんはまるで、追い詰められた様な顔で言葉を飲み込み、大きく息を吐くと、俺から目を逸らして修練場から出て行った。
その後ろ姿に、俺もまた何も言う事が出来ず、ただ見送る事しか出来ないのだった。
しかし、出来る事はある。
俺はヤマトに来る前に託された魔導具を取り出して、今俺に出来る事をやる。
この行動で何かが変えられるのか。
それは分からないが、何も行動しないという事は出来なかったのだ。
それから。
俺はフソウを離れ、リリィちゃんの実家へと向かう為に修練場を出た。
気持ちとしてはフソウに残りたいが、リリィちゃんの用事も無視は出来ない。
「お待たせ。準備も出来たし。行こうか」
「はい! よろしくお願いします!」
リリィちゃんはフソウの城の入り口で、俺を待っていてくれた。
そんなリリィちゃんの元へ俺は向かい、リリィちゃんと一緒に立っていたモモちゃんとリンちゃんにも声を掛ける。
「モモちゃん。リンちゃん。ここに居たんだね」
「ま。お見送りはしないと。いつ帰ってくるか分からないしさ」
「お二人とも気を付けてください」
「はい! モモさんとリンさんもお気をつけて」
「まぁ、私たちはフソウの城で調査してるだけだからさ。そんな心配は要らないでしょ」
「それでも。俺たちは護衛だからさ。何かあったらすぐに連絡してよ」
俺はセオストから持って来た通信用の魔導具をモモちゃんに手渡して笑う。
何かあった時、すぐに飛んでくる事が出来る様にと。
「用意周到ねぇ。流石はプロって感じかしら」
「まぁ、そんな感じだよ。何も無ければ何も無いで大丈夫って感じで」
「分かったわ。じゃ、また、ココで会いましょ」
かくして俺とリリィちゃんはモモちゃんとリンちゃんに別れを告げて、フソウの城を出て行くのだった。