第211話『
リリィちゃん……もとい、百合ちゃんの実家を目指して俺たちはフソウを出てからいつもの様な旅を続け、二日ほど経ってからある町の近くに到着していた。
「アレが私の故郷、ハグロの町ですね」
「あれが……。結構落ち着いた所なんだねぇ」
「そうですね。この辺りは魔物もあまり出てきませんし。ヤマトの中でも比較的穏やかで静かな場所ですね」
「いいね」
ここなら訳も分からず襲われる様な事は無いのかもしれない。
そんな淡い希望を胸に、俺は百合ちゃんと共に、遠くに見える町へ向かい。
「やや!? このハグロに神刀持ちの侍が! しかも、異国の服。是非ともお手合わせを願いたい!」
「なにぃ!? 異国の侍! それは気になる! 我とも勝負じゃ!」
「結局ここでも同じか」
「あ、あはは……申し訳ないです」
「百合ちゃんが謝る様な事じゃないさ」
俺は溜息を吐きながらも、襲い掛かって来た連中の武器を弾き飛ばしてから、地面に投げ飛ばした。
そんな事をササっと全員分行ってから、俺はふとした違和感というか、妙な感覚を覚える。
そう。他の街で戦った侍よりも幾分か弱いのだ。
手ごたえを感じない。
「お疲れ様です。亮さん」
「うん。ありがとう」
しかし、町に入る前、百合ちゃんからこの辺りでは魔物も出ないという話を聞いていたし。
あまり実戦経験が無いから、他の街よりも強さを感じないのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ行く? それとも、どこかで休んでからにしようか」
「……え、えと」
「あんまり無理はしなくても良いと思うけどね」
「……ごめんなさい」
「いいよ。じゃあ何処かで宿を探そうか」
俺は、不安そうな、申し訳なさそうな顔をする百合ちゃんに微笑んで、俺は百合ちゃんと共に宿を探す事にした。
とは言っても、小さな町だ。
そこまで時間を掛けずとも宿を見つける事は出来た。
「申し訳ない。部屋は空いてますか?」
「……一つしか空いてませんね」
「あー、そうなんですか」
流石に、同じ部屋はマズいか? と思ったが、後ろから百合ちゃんに軽く服を引っ張られ、後ろを振り向くと、百合ちゃんが小さく頷いているのが見えた。
……。
百合ちゃんとしては、一人で悩み、考えるよりも、異性ではあるが、同じ部屋に知り合いが居て、話が出来る方が良いのかもしれない。
この信頼は裏切りたくないな。
「じゃあ俺と彼女は同じ部屋で大丈夫なので、部屋を貸して下さい」
「……同じ部屋で?」
「はい。同じ部屋で」
「……分かりました」
何だろうか。
酷く不満そうな気配がしている。
何か問題でもあったか?
いや、別に会話の中でおかしな事は無かったはずだ。
客が二人来て、同じ部屋で良いかと聞かれて、同じ部屋で良いと答えただけだ。
まぁ、確かに男と女であるから同室というのはおかしいかもしれないが。
冒険者仲間が同じ場所で寝るのはよくある事だし。
同じ部屋に泊まるのは……分からないが、よくある事だろうと思う。
たぶん。
「では、これは部屋の鍵です」
「ありがとうございます」
「何か、ありましたらお声がけ下さい」
「はい、ありがとうございます」
「何か!! ございましたら!!! お声がけ下さいね!!」
「いや、分かりましたって。分かりましたよ」
こんな至近距離で叫ばなくても聞こえているというのに。
何故か何度も繰り返す宿屋の受付の女性に妙なものを感じながらも俺は、鍵を受け取って部屋に向かった。
しかし、宿屋の受付の女性は俺の後ろを付いて行こうとした百合ちゃんの腕を捕まえて、カウンターから乗り出す様な勢いで叫ぶ。
先ほどと同じ言葉を。
「何か!! ございましたら!!! お声がけ下さいね!!」
「は、はい……!」
百合ちゃんはやや引き気味に頷き、腕を解放されてから俺の所まで小走りにやってきた。
不気味だ。
何か、奇妙な気配がする。
俺は百合ちゃんを安心させる様に百合ちゃんの手を握り、共に階段を上って二階にある部屋へと向かった。
そして、部屋に入り、すぐに鍵を掛けてから百合ちゃんと共に奥へと向かい小声で話す。
「どうなってるの? この宿」
「私にもよく分かりません……。宿に泊まるのは初めてですし」
「そうか。そうだよな。この町に住んでたんだもんな」
俺は窓の近くに立ち、そこから外を見て、呟く。
しかし、何気なく町の姿を見ていると、何やら人が動いているのが見えた。
それは侍だけでなく、普通の人も混じっている様に見える。
しかも、何やら手には武器を持っている様だ。
彼らが目指しているのは……この宿か!?
「マズいね」
「え? どうしたんですか?」
「人が、ここに集まってきているみたいだ」
「えぇ!?」
百合ちゃんは驚きながら窓のすぐ近くに移動し、俺と同じ様にカーテンの隙間から窓の外を見てから、バッと顔をこっちに向けて、驚愕に染まった顔で口をパクパクとさせた。
もはや言葉にもならない状態らしい。
「いったい、何が起きているんでしょうか」
「俺にも分からない。もしかしたら、俺たちが想像できない様な何かがヤマトで起きているのかもしれない」
「そんな……!」
「これからどうするべきか。考えないといけないんだけど……その猶予があるかどうかは分からないな」
そう。窓の外では今も宿屋に向かって人が集まってきているのだ。
続々と。
外から見た時は小さな町に見えたが、もしかして町中の人が集まってきているのではないだろうか。
しかし、何が目的なのか。
「……お祭りか何かがあるっていう話はある?」
「いえ、そういう事は無いと思います」
「なら……魔物が出てきたから、みんなで退治しようとしているとか」
「それなら、何故、この宿屋に集まってきているのでしょうか」
「まぁ、そうだよね」
俺はこれ以上いう事はなく、外に集まる人々をカーテンの隙間から見つめた。
何を目的としているのか分からないが、続々と宿屋の周りに人が集まってきている。
しかし、奇妙というか。よく分からないのは、周囲に集まるばかりで宿屋の中に入ってくる様な事はないという事だ。
もしかして、百合ちゃんが目的なのかと思ったが、そういう事でもない様に思える。
本当に謎だ。
どういう目的で集まってきている人たちなのだろうか。
「……あっ!」
「どうしたの!?」
「いえ。その……! 兄さんが、居ました」
「お兄さん……? 例の神刀の担い手になったっていう?」
「はい。そうです。宿屋の前の道を歩いている人がそうです。そして、兄さんの後ろにいるのが父と母です……変わってない」
「なるほど」
俺はカーテンの隙間からそっと外を伺って、百合ちゃんの家族を視界に捉えた。
なるほど。腰に刀を差した若い男が通りの中央を焦った様な顔で歩いていて、その向こう側にそこそこ年を取った男女が早足で歩いていた。
あの人たちが百合ちゃんの家族か。
と、俺は軽く考えながら視線を向けていたのだが、不意に中央を歩いていたお兄さんから強い視線が向けられる。
「っ!」
「亮さん?」
その視線はカーテンで身を隠しながら覗いていた俺を確かに貫いた。
怒りか、憎しみか。
分からないが好意的な物ではなかった。
敵意の込められた視線が、俺を真っすぐに撃ち抜いたのだ。
「狙いは……俺か」
「え!? 何故っ!」
「その答えは……!」
俺は激しくドアをノックする音に振り向きながら、呟いた。
「これから分かるだろうさ」
「これからって……」
そして、扉は百合ちゃんの言葉を遮る様な大きな音を立てながら破壊され、中に険しい顔をした人々が踏み込んできた。
全員が全員武器を持っており、敵意は全て俺に向けられている。
どうやら、俺はとんでもない場所に足を踏み入れてしまったようだ。