百合ちゃんがご両親や兄と話がしたい……というよりは謝りたいという様な気持ちかな。
それで、百合ちゃんが生まれた町に来たのだけれど、待っていたのは熱烈な歓迎だった。
「このぉ!」
「隙あり!」
多くの町民が、そこまで広くない宿屋の中に飛び込んできて、俺たちが借りた部屋の中で武器を振り回している。
俺はそれを一人一人制圧しながら、後ろに居る百合ちゃんを守っていた。
激しく武器を振り回して暴れる町民たちであるが、目的は正直なところまだ分からない。
いや、何となく想像は出来るのだが……まだ確証が持てないというのが正しい所だろうか。
「りょ、亮さん……!」
「百合ちゃん。そこから動いちゃ駄目だ」
だからこそ俺は、百合ちゃんに何もさせず、奥でただ守られていて欲しいと言葉を向けたのだが。
この言葉が切っ掛けとなったのか。群衆の中から一人の剣士が飛び出してきて、俺に真っすぐ刃を振り下ろしてきた。
そう。百合ちゃんのお兄さんである。
「ぐっ……つよい……!」
「こちらに戦闘の意思はありません。刃を下ろしてくれませんか?」
「何と言われようと! この時の為に、俺は鍛えてきたのだ!」
「……!」
お兄さんはとんでもない気迫で、つばぜり合いをしながら一歩前に踏み出した。
しかし、それだけだ。
力は確かにあるが、技量……というよりも実戦経験が圧倒的に足りていない。
ぶつかり合って、進む事も退く事も出来なくなってしまったようだ。
俺はこのままの状態で、どうしたものか、と考えていた。
このまま切り捨てるのは簡単だ。
刀を弾き飛ばし、戦いを終わらせる事も出来る。
無論、この気迫から考えれば刀を弾いた程度では終わらないだろうから、へし折るという手もある。
しかし、百合ちゃんの話を聞いた後では、取りにくい手である。
もし、彼が兄として、この場に立っているのならば、余計に。
「申し訳ないのですが、目的を明かして貰えますか? こちらとしては襲撃される理由がないので」
「確かにそちらには無いだろう! しかし、こちらにはあるのだ」
「えっと……?」
「あの日から俺はずっと……ずっと!」
「私を、憎んでいたんでしょう……?」
「っ!? は……なに……!?」
百合ちゃんが叫んだ瞬間、百合ちゃんのお兄さんは動揺した様な顔になり、力がフッと抜ける。
この隙に押し込んでも良いんだが、そういう雰囲気でもない為、俺は軽くお兄さんの神刀を弾いてから百合ちゃんの傍に移動した。
そして、ひとまず状況を見守る……ことにしたのだけれど、ギラギラとした殺気は俺に真っすぐ向けられていた。
油断は出来ない状況みたいだな。
「百合……さっきの話はどういう意味だ」
「どうって、そのままの意味ですよ。私はお兄ちゃんの大事な儀式を台無しにしてしまったから……。だから、私を恨んでるんだって」
「違う!」
「っ!」
「俺は、恨んでなどいない!」
「え……?」
正直なところ、そうだろうなとは思っていたけれど、口には出さない。
俺が口を挟む様な問題では無いからな。
しかし、それはそれとして。
やはりというか。百合ちゃんの兄は、百合ちゃんを嫌っている様な事は無かった様だ。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
兄が妹を嫌うなんて、そんな事あるワケが無いからな。
もし、妹の方が兄より優れているとしても。だからなんだという話でしかない。
届かずとも鍛えれば良いだけの話なのだ。
だから、百合ちゃんのお兄さんが、百合ちゃんの事を嫌うなど、あり得ないのだ。
「百合。私は、私たちはずっとお前を探していた」
「そ、そうなのですか!?」
「当たり前だろう! 家族が居なくなって、悲しまないものなどいない!」
「でも……お兄ちゃんの儀式が終わってから、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも、どこかよそよそしくなって。私、酷い事をしてしまったんだって」
「違うわ! 違うのよ百合!」
扉の近くで賑わっていた人々をかき分けて、二人の男女が駆け込んできた。
おそらくは百合ちゃんのお父さんとお母さんだろう。
必死な顔で百合ちゃんに想いを訴えていた。
「私たちは怖かったの!」
「こわ、かった?」
「そうよ! それが貴女を傷つけていた事が分からなかったのだから、駄目な親だけど……! でも、貴女を愛さなかった日は無いわ! それだけは言える!」
「でも、怖かったって……何が」
「お前が神刀の担い手となったのが早すぎたからだ」
「早すぎた……?」
「そうだ。お前も聞いた事があるだろう。天霧家の話は」
「う、うん」
「幼い頃に神刀の担い手になると、神刀の意思に乗っ取られ、人を斬りたい衝動に駆られてしまう。もし衝動のままに誰かを傷つければ、優しいお前は傷つき、悲しむだろう。だから、それとなくお前から神刀を引き離そうとしていたのだが! それも出来ず……結局は、何も出来ぬまま、あの日、お前は連れ去られてしまった」
「じゃあ、みんなが私を避けていたのは」
「衝動的に神刀を抜いても、斬られないように距離を保っていたんだ」
「お兄ちゃんが私を睨んでいたのは」
「お前を睨んだ事などない! お前が生まれた日、俺がどれほど嬉しかったか! お前を守る為に神刀の担い手となれて、その喜びの中で、神刀に意識を乗っ取られたお前を見て、どれほど絶望したか!」
「……そう、だったんだ」
全ての誤解が解けたと、百合ちゃんは涙を流しながら安堵の息を吐いた。
本当に良かった。
こうして、全てが丸く収まって……。
「だからこそ!」
「うん?」
俺は不意に鋭い殺気を向けられて、意識をそちらへ向けた。
そこには敵を見る目で俺に刀を向けている百合ちゃんのお兄さんが居た。
「そんな百合を利用し! かどわかし! 俺達から奪った者を許せんのだ!!」
「っ!?」
先ほどよりも強く踏み込んで俺に飛び込んできた百合ちゃんのお兄さんは、強く俺に神刀を振り下ろした。
その怒りは、先ほどよりも増しており、力も感情と同様に増している。
非常に厄介な事であるが。
「先ほども言いましたが! 誤解ですよ! 俺は百合ちゃんの冒険者仲間で! ここには一緒に付いてきただけなんです!」
「嘘を吐くな!!」
「嘘では無くて!」
「ならば、どうしてまだ十歳だった百合が一人で居なくなったのだ! 誰にも見つからず! どこにも居なかったのは何故だ! 十歳の子供が一人で隠れ続ける事が出来る訳がない!」
「それは、そうかもしれないですけど! 百合ちゃんはセオストっていう街まで行ったんですよ! それで」
「一人で国境を越えられるワケが無いだろうが!」
それは、そう。
分かるよ。
俺も桜が一人で国境を越えた隣国に行った。なんて言われたら信じられないもんな。
気持ちは分かるよ。
でも、それが真実なんだ。
なんて、言った所で通じるワケも無いし。
俺はひとまず宿屋の窓を破壊し、外へと飛び出した。
「亮さん!?」
「百合ちゃん! 後でね!」
「待て! 逃がさんぞ!」
後ろからは当然の様にお兄さんが付いてきていて。
俺たちは宿屋の屋根の上で、互いに神刀を向けながら睨み合う事になるのだった。
いや、俺は睨んでないのだけれども。
「本当に誤解なんですよ。百合ちゃんはセオストに一人で向かってから冒険者をはじめて、俺は百合ちゃんが故郷に行って、家族に会いたいというので、付いてきただけで」
「家族に会いたいと泣く百合を、今日まで閉じ込めてきたのか!」
「酷い誤解が今、生まれましたね?」
「もはや生かしてはいけない!! 奴を倒すぞ! 俺達の手で! 『荒潮』!!」
暴走する兄は俺の話を曲解しつつ、神刀の銘を叫んで本気となった。
思うまま、十分に暴れられるという事だろう。
厄介な事になったものだ。