非常に悲しい事であるが、百合ちゃんのお兄さんは俺への疑いを捨てることなく強めたまま、宿屋の上で俺に向かって真っすぐに刃を構えた。
しかも神刀の銘を呼びつつ、人刀一体となって、やる気満々という所だろうか。
困ったものだ。本当に。
「行くぞ!」
「どうすれば誤解を解いていただけますかね?」
「貴様が素直に斬られれば、疑いは晴れる!」
「そんなバカな」
魔女裁判じゃないんだから、デッド オア デッドだなんて笑えない。
有罪だから死刑。
素直に死んだので無罪。だが、死にました。
裁判にかけられた時点で終わっている。
こんな理不尽で殺されてたまるか。
「なら、全力で抵抗させていただきますよ!」
「やれるモノなら、やってみろ! その抵抗を俺は粉砕する!」
俺は百合ちゃんのお兄さんが振り下ろして来た刃を受け流しながら、屋根の上を動き回る。
完全に冷静さを欠いている百合ちゃんのお兄さんは大振りで俺を仕留めようと神刀を振り回すが、大振りというのは威力がある分、太刀筋が読まれやすい。
しかも戦闘経験があまり無いであろう百合ちゃんのお兄さんでは猶更だ。
ならば、と俺は持久戦に入る事にした。
適度に距離を保ちながら、百合ちゃんのお兄さんを怒らせ続けて、神刀を振り回してもらう。
「貴様ァ! 逃げるな!」
「当たりたくないですからね。逃げますよ」
「き、さ、まぁー!?」
しかし、普通に会話をしているだけで怒り狂っているので、怒らせる行程が要らないのは楽でいい。
いや、これだけの激しい怒りが、どれだけ時間が過ぎても消えていないのだから、逆に恐ろしいかもしれない。
和解とか出来るのだろうか。
百合ちゃんが説得してくれれば、あるいはとは思うけれど。
時に兄という生き物は周りの事など考えずに暴走するからな。
彼がそうなる可能性はいくらでもあるのだ。
特に妹想いで今日まで修行してきたこの人であれば。
「くっ、はぁ……はぁ……これが、人さらいでありながら、侍として生きる男か」
「人さらいという事実は無いんですがね」
「ならば何故百合は貴様と共に居たのだ! それこそ人さらいの証拠ではないか!」
「いや、だから……俺は、百合ちゃんの冒険者仲間なんですって」
「信じられるものか!」
駄目だ。どう説明しても通らない。
もう、この人の中で俺が全ての犯人という事で固まってしまったのだろう。
なら、仕方ない。
このまま体力が尽きるまで暴れて貰って、終わってから百合ちゃんと説得するしかないだろう。
と、考えていたのだが、俺と百合ちゃんのお兄さんの間に小さな影が割り込んだ。
「ゆ、百合!」
「お兄ちゃん。もう亮さんに迷惑を掛けないで下さい!」
「俺は、お前を守ろうと!」
「分かっています! しかし、亮さんは悪い人ではありません。現にお兄ちゃんは反撃もされていないではないですか!」
「それは……そうだが」
「亮さんはイザという時は私のお兄さんになってくれるとも言っていたんです。だから……!」
「っ!? 今の話は本当か!? 亮殿!」
「え? あ、はい。そうですね。前にそんな事も言いましたね」
「そうか……! ならば!」
百合ちゃんのお兄さんは先ほどまでの怒りを吹き飛ばし、覚悟の決まった顔で俺を見据える。
憎しみとかそういう感情はなく、ただ真っすぐに俺へと視線を向けた。
「亮殿、今度は手加減無しで一騎打ちを頼みたい」
「え?」
普通に嫌なんだが。
百合ちゃんの身内を傷つけて楽しい事なんて何も無いだろうよ。
どうするか。これ?
どうすれば良い?
「侍として、受けてくれるな?」
「いや、俺は」
「百合を支えるつもりであれば! 受けてくれるな!?」
「っ!」
「では行くぞ!!」
俺がモタモタと返答に困っている間に、百合ちゃんのお兄さんは覚悟を決めた様で、神刀を構えて真っすぐに突っ込んできた。
その速さも、勢いも、力強さも、全てが先ほどまでの力を上回っており、俺は無意識のまま神刀を構えてその攻撃を待ち構える。
が、受け流している余裕はない。
俺は本気で神刀を握り、百合ちゃんのお兄さんを傷つけない様にしながら神刀を振り上げた。
振り下ろしてくる神刀に俺の神刀がぶつかり、そのまま百合ちゃんのお兄さんの神刀を砕きながら俺は振り抜いた。
「っ! 俺の、負けか……」
「どうやら、その様ですね」
ひとまず戦いも終わったという事で、俺たちは宿に戻った……のだが、部屋は見るも無残な状態になっており、俺たちが泊まる事は難しい様な状態であった。
「まさか、
「神刀の持ち主同士でも、ここまで力の差があるのか」
「しかし、こうなった以上は、我々が百合ちゃんを解放しなくては……!」
「あー! 申し訳ないんですけど! 皆さん多分勘違いされていると思うんですよね!?」
「勘違い?」
俺はまた戦いが始まらない様に必死に状況を説明した。
しかし、イマイチ納得されず、何度か諦めずに説明する事で、何とか理解されるのだった。
「そうか。百合ちゃんは一人で冒険に出たんだなぁ」
「大変だったろうに。無理をさせてしまったのは申し訳ない」
「我々も柊木さんの家の事情は知っていたというのに、何も出来なかったのは悔しいな」
町の住人たちは百合ちゃんを囲みながら、色々な言葉をかけたり、抱きしめたりしていた。
皆さん顔も優しく、穏やかで、百合ちゃんへ向ける視線はとても柔らかい。
しかし、こうして見ると、本当に百合ちゃんは多くの人に愛されていたんだなという事がよく分かる。
自分が好かれていないと考えていたのは百合ちゃんだけだったという事か。
まぁ、自分の事は見えにくいというし。特に百合ちゃんは自己評価が低めだし。
こういう勘違いが起こっていてもおかしくないのかもしれないな。
「しかし、そうなるとお兄さんはいったい……?」
「俺はセオストの冒険者で、今回は百合ちゃんの里帰りに付いてきたんですよ。ただ、それだけですね」
「一緒に里帰り……?」
「それって、要するにアレなんじゃないか?」
「アレだろうな」
「なら、準備が必要じゃろう」
「食事もそうだが、服も重要だろう」
「……何か、違う勘違いが加速している気がするな」
俺は、町の住人たちが話している事に耳を傾けながら嫌な予感に身を震わせた。
百合ちゃんの方に視線を向けるが、どうやら百合ちゃんは両親らと話しているのに夢中で気づいていないらしい。
これは俺が率先して誤解を解かなくてはいけないだろう。
「あの、申し訳ない。話が聞こえてしまったのですが」
「なんですかな? 婿殿」
思わず眩暈がしそうになったが、何とか意識を留めて、口を開いた。
「何か大きな誤解があるかと思うのですが」
「ごかい?」
「そう。誤解です。俺と百合ちゃんは、ただの冒険者仲間で。それ以上でもそれ以下でも無いんですよ」
「しかし名前で呼んでいるじゃないか」
「まぁ、仲は良いですからね」
「つまり関係が深いという事じゃろう」
「関係が深い事と、恋人とか、結婚とか、そういう話はまた別だと思うんですね」
「つまり、遊びという事か?」
「それはそれで、また語弊があると思うんですよ」
「百合ちゃんの純情をもてあそぶとは……!」
「それは本当に、凄い誤解ですね?」
俺は何とか誤解を解こうと言葉を尽くしたが、言葉を妙な方向に取られてしまう為、結局誤解を完全に解くことが出来たのかは分からないままだった。
そして、宿も酷い状態になってしまった為、俺たちは百合ちゃんの実家こと柊木に泊る事となった。
「では婿殿。また明日会いましょうぞ」
「百合ちゃんはまだまだ子供ですからな。無茶は困りますぞ」
「だから、誤解なんですって……」
俺の言葉は結局虚無の中に消えていくのだった。