夜遅くまで話をしながら魔物の骨と内臓を見守っていた俺達であるが、夜もだいぶ遅い時間になった頃、遂に魔物が動いた。
おそらくは警戒していたのだろう。
暗闇の中から一匹の犬の様な魔物が突如として飛び出してきて、内臓に食らいついたのだ。
その動きに周囲から別の魔物も駆け寄ってきて、喧嘩することなく骨や内臓を食べている。
俺は、直接的な動きがあった事に喜び、隣で横になっている百合ちゃんに声を掛けようとした。
しかし、百合ちゃんは自分の腕を枕にしながら、小さな寝息を立てて眠ってしまっていたのだった。
「……もう遅い時間だもんな」
俺は百合ちゃんが風邪を引かない様に毛布を上にかけながら、観察を続ける事にした。
ほんの少し、百合ちゃんへ意識を向けていた間に、小型の魔物は増えており、皆が一生懸命そこにある餌を食べている。
ふむ。
これはアレだな。
彼らが魔力を探知して餌を探しているというのは、ほぼほぼ確定な気がする。
だって、これだけの数が夜、一斉に集まっているんだものな。
いや、違うか。
魔力じゃなくても、匂いとかでも夜に見つける事は出来るか。
骨と内臓で出る匂いというのが人間の俺には分からないから、何とも言えないが。
可能性として全くないという事は無いだろう。
セロじゃない。
うーん。
悩ましい話だ。
……それに今、オオカミみたいな魔物を見ながら気づいたのだが。
彼ら、暗闇の中でも周囲の景色とかが見えるんじゃないか?
それで、目で見つけたという話も……。
あーいやいや。
鳥の魔物が正確に餌の場所を見つけているのだから、やはり何かしらの探知器官が……。
いや?
待てよ?
冷静に今、前の世界の事を思い出していたが、前の世界でも鳥はいたし。
彼らも餌を食べて生きている訳だよな?
そう考えると、目で見て、獲物を探している可能性も零じゃないのか。
だって、海に居る鳥なんかは、海の中にいる魚を食べている訳だし。
海の魚を匂いで判別する事は難しいだろう。
あー!
こう考えると、なんか始まりの場所に戻った様な気持ちだ。
結局魔力だろうが、目だろうが、匂いだろうが。
全ての可能性はまだまだ全然残されているっていう事じゃないか。
こう考えると、研究者の人というのは本当に凄いんだなぁとよく分かる。
色々な可能性を考えて、それを一個一個検証していって、正しい事を見つけ出すのだから。
本当に凄い事だよ。これは。
いやーしかし。
しかしだ。俺たちの研究も決して無駄ではないと俺は思う。
何故なら、これまで行った三回の実験で、全て同じ結果になった事があるからだ。
そう。それは、置き去りにした魔物の骨や内臓に小さな魔物たちが即座に集まり、食事を始めるという事実。
そして、大きな餌を食べている間、彼らは小さな魔物同士で争いをしないという事だ。
この事実のお陰で、魔物には何かしらの探知器官があるという事が分かるから。
偶然ここに集まってきたという可能性は限りなく薄くなると思うのだ。
彼らは明確に目標を定めて行動している。
んー。
こう考えると、もしかしたら、魔物にも結構高度な知能とかがあるのかもしれない。
本能だけで生きているという可能性もまだ捨てきれないけど。
それでも、餌を見つけてすぐに飛びついていなかったことや。餌を食べている間は争いをしないというルールの様な物を守っている様にも見える。
案外、人間の俺たちが気づいていないだけで、魔物同士で伝わる言葉、なんかがあったりするのかもしれないなぁ。
と、俺は新しい発見を胸に秘めながら、明日朝起きたら百合ちゃんにも教えてあげようと、仰向けになった。
見上げた空には満天の星が輝いており、前の世界でも、こっちの世界でも見る事の出来なかった輝きをジッと見つめる。
一応、少し離れた場所で火が燃えているから、完全に灯りがないというワケじゃないけれど。
それでも、この場所ではおそらく星の光が一番強いのだ。
そして、手を伸ばせば届いてしまいそうな星々の中で、ひときわ輝く大きな丸い月。
そういえば、この世界にも月があったんだよなぁ。
なんて思いながら見上げていると、ここでもふと小さな疑問が浮かんだ。
月。そう月である。
昔、兄さんから聞いたことがあるが、惑星の周囲にいる小惑星、衛星っていうんだったかな?
その衛星。まぁ月みたいな奴が、一個しかないのは非常に珍しい事なんだと言っていた。
他にも色々と奇跡的な事が重なって、俺たちの生まれた星は多くの命に溢れた星になったのだと。
なら、この世界も同じ様に奇跡が重なって、命が芽生えたのだろうか?
俺が前にいた世界と同じ様に、人間が生きやすい環境が整っていて、それで……命が生まれたと。
奇跡なんだなぁと思えば簡単な話なんだけれど。
何故、と思うと終わりのない話の様に思えた。
衛星が一個しかない事が珍しいのなら、この世界と、向こうの世界で偶然奇跡みたいな確率で同じ事が起きている訳だし。
命が生まれ、長く生きる事の出来る世界が整っている。
というか、今更な話であるが、俺がこうして何事もなく生活出来ているというのも、どこかおかしいのだ。
だって、桜はこの世界から、俺たちの世界に来て、魔力が足りなくて病弱だったのに。
俺はこの世界に来て、何も問題が起こっていない。
そんな事ってあるのか?
いや、あるからこそ俺はこうしてここで生きている訳なんだけども。
そういう事ではなく、偶然という言葉で片付けても良いのか? という疑問だ。
何かしらの作為があるのではないか。
なんて考えてしまうのだ。
まぁ、しかし。
俺がこの世界に来て、何が生まれるという事も無いだろうし。
ただの偶然なのだろうけど。
考え事をするというのは楽しい物だから。
こういう風な思考はやっていると面白いかもしれないな。
そんな事を考えながら俺は目を閉じて、深く息を吐いた。
ちょうどよく、かなり疲れている様で、俺はスッと意識を眠りの世界に運んでいく事が出来るのだった。
遠くで火がバチバチと燃えている様な音がする。
誓い場所で荒い呼吸を繰り返しながら、数匹の魔物が食事をしている音がする。
どこまでも広がる草原の中を吹き抜ける風の音がする。
ところどころに生えた木に風が当たり、木の葉が揺れる様な音がする。
「~~♪」
それに、どこかで誰かが歌を歌っている様な声が……!
「っ!?」
俺はどこからか聞こえてきたメロディーに目を覚ました。
そして、俺は隣で寝ている百合ちゃんを起こさない様に気を付けながら、寝袋を出て、神刀を持ちながら外へと飛び出した。
「声は……あっちか」
そして、声が聞こえる方へ向かって走ってゆく。
別に何か危険があるという訳では無いのだけれど、行かなくてはいけないという気持ちになったのだ。
「~~♪」
それから。
俺は……その少女と出会った。
狂った様に咲き乱れる桜の木の下で、柔らかい声を風に乗せながら歌う少女に。
ピンク色の服を着て、長く白い髪を服と同じ濃いピンク色のリボンで結っている。
言うなれば、桜の木の精霊とでもいう様な存在に。
「……?」
「っ!」
そして、少女は歌うのを止めると俺の方を見て、首を傾げた。
純粋な……というよりは、何もしらぬ無垢な瞳が俺を真っすぐに見据える。
「……きてくれた?」
「え?」
「あなたを、まっていたの」
少女が柔らかく紡ぐ言葉に、俺は一歩、一歩と少女に向けて歩き出した。
頭の中では何かがおかしいと警告が鳴り響いているが、足は止まらない。
そうだ。
何かがおかしい。
だって、こんな所に桜の木は無かっただろう。
俺は無理矢理足を止めて、立ち止まろうとした。
「……きて」
しかし、一瞬しか抑える事が出来ず、足は再び進み始めてしまうのだった。