ゆさゆさと体を揺らす感覚に、俺は深い眠りの中から浮上する。
既に周囲は日の光が差しており、その眩しさに手で目を庇いながら俺は目を開いた。
「良かった。生きてたんですね!」
「……? 百合ちゃん?」
「はい! 百合です! 朝起きたら亮さんが居なくて、ビックリしましたよ!」
「居なくてって……」
何を言ってるんだろうと俺は体を起こして周囲を見渡した。
そして、百合ちゃんの言葉の意味を理解し、驚きに声を上げる。
「え。ここどこ?」
「野営地から少し離れたところです。ここで木に寄りかかって寝てたんですよ? 何も覚えてないんですか?」
「……そう、だね。正直何も覚えていない。本当に俺が自分の足でここに?」
「そうとしか考えられませんよ。だって、私は先に寝ちゃいましたし。朝起きたら亮さんが居なかったですし。昨日は何があったんですか?」
「うーん。昨日、昨日かぁー。昨日は、例の骨と内臓を監視してて、それで、オオカミみたいな魔物が餌に喰いつくのを見て……明日百合ちゃんに教えてあげなきゃなぁ。なんて思って、空を見て……寝た?」
「その先は何も覚えてないんですか?」
「そうだね。まるで覚えてないよ。いや。本当に。どうして俺はここに居るんだろうか?」
百合ちゃんと話しながら俺は首を傾げて、改めて寄りかかっていた桜の木を見る。
手で触れたりしてみたが、残念ながら何も分からなかった。
何故俺はここにいたのか。
真相は闇の中だ。
いや、俺が何かを思い出せれば分かるかもしれないが、眠っている最中に起こった事など分かるはずがない。
もしかして、俺は夢遊病のケがあったりするのだろうか。
「うーん。実は前もやっていたんだろうか」
「私が知る限りでは初めてだと思いますけど」
「まぁ俺としても、こんな事は初めてだからね。ビックリだよ」
初めてだし。まぁ、こんな事はもう無いだろうと思うけれど。
もしまた起こる様なら、対策を考えなきゃならんな。と思う。
セオストに夢遊病の医者は居るのだろうか。
もしくは聖女様の力で癒したり……? 治したり出来るだろうか。
分からん。
そして、分からん事が怖かった。
しかし、分からん以上考えても仕方のない事ではある。
俺はひとまず昨日の夜に起こったであろうことは忘れる事にした。
忘れなければ、ずっと気にしてしまうからという事もある。
という訳で話を切り替えて、昨夜起こった事を百合ちゃんに話す事にした。
「とりあえず、考えてもよく分からないから寝た後の事は忘れよう」
「……そ、そうですね。そちらの件は私も気にしておきます。何かありましたら、その時に考えましょう」
「そうだね。という訳で、ここに来た本来の目的について考えようか」
「はい……! そうですね」
百合ちゃんも俺の言葉に頷いてくれ、俺たちはとりあえず昨日野営した場所に戻る事にした。
その場所では昨日と変わらず、寝袋もそのままであった。
……。
考えない様にとはしていたが、やはり俺は昨日ここで寝ていたんだよなぁ。と考えてしまう。
何がどうなって、外に出て少し離れた場所まで移動していたのか。
「……亮さん?」
「あ、あぁ。そうそれで、昨日百合ちゃんが寝てから俺も少しの間見てたんだけどさ。昨日の夜のウチに、骨と内臓の周りにオオカミみたいな魔物が集まってさ。一匹が飛び込んだ瞬間に、他の魔物も飛びついてさ。一斉に食べ始めたんだよね」
「なるほど。そう考えると、やはり魔力を探知しているんでしょうか?」
「だと思うんだけど」
「思うんだけど?」
「いや。魔力の探知だけじゃなくて、目とか匂いで探知してるって可能性もまだ捨てきれないかなって思っててさ」
「……そうなんですか? でも、夜だったんですよね? 匂いはともかく目は難しいんじゃないですか?」
「それがさ。どうも夜の闇の中でも、彼らは結構正確に物が見えているみたいで、動きも、それっぽい動きをしてるんだよね。見えてそうな動き」
「でも、魔力を探知している可能性もあるんですよね?」
「うん。ある。そこが実に難しい所でね。実際、どの程度彼らがどういう探知をしているのかはサッパリ分かってない状況なんだ」
俺はシミジミと朝になっても内臓や骨を食べている魔物を見つめた。
元気に食べているが、君たちが何を考えていて、何を見ているのか教えてもらいたいモンだがな……。
「ふと」
「うん?」
「ふと思ったんですが……」
「うん」
「魔力と、目と、鼻を同時に使っているという可能性はないのでしょうか?」
「あー。なるほど」
俺は百合ちゃんの言葉に頷きながら、魔物を見た。
魔物は俺の視線を感じたのか、こちらをチラリと見たが、すぐにバクバクと食事に戻った。
本当に警戒心とかは無いんだな。
というか、俺たちの存在に怯えていないという事は、彼らが今食べている魔物を誰が倒したかという所は考えていないんだな。
つまり、全てが終わってからここにきて、食事をしているという事になる。
そういうのは何だろうか。
本能?
どこかで侍が戦っているのを察知しても、危険な相手なら近づかない様にする。
みたいなものが何処かにあるのだろうか。
まぁ、その辺りも調べようは無いのだけれど。
「んー。もしかしたら、百合ちゃんの言う通り、魔力と目、鼻とか色々同時に使ってるのかもしれないね。よくよく考えれば俺達も目とか耳も使うし。気配なんかも探るしさ」
「そうですね。そう考えると、そうですよね。私も意識はしてませんが、色々な物を感じ取って世界を見ている様な気がします」
「……そう考えると、魔物も自分が得意な感覚を伸ばして、探しているのかもしれないね」
何だか結論が出たな。みたいな空気で話しているが、実際の所はよく分かってないまま話だけ終わっている様な感覚だ。
まぁ、そうだね。
正直な所、素人の調査はこの辺りが限界だし。
最終的な結論は出せないと思う。
結局最後まで調べても、何となくそういう事かなぁ。くらいの結論がいっぱいいっぱいだろうしね。
ただ、それはそれとして。
「どうしようか。多分、このまま調査を続けても結果は出ないかもしれない。でも……」
「私は」
「うん」
「私は、出来ることなら、このまま調査を続けたいと考えています」
「……」
「その、結果は出ないかもしれないんですけど……亮さんとこうして調査して、話をするのが、楽しいので」
「そっか」
俺は百合ちゃんの言葉に頷いて、元気よく餌を食べている魔物を見る。
そして、百合ちゃんの方を見て、笑った。
「そうだね。俺も同じ気持ちだ。答えは出なくても……一緒に調査をしたいと思っているよ」
「はい!」
満面の笑みで頷いた百合ちゃんに、俺もまた笑顔で頷いた。
調査自体が楽しいという気持ちは変わらない。
なら、このまま続けようと俺は思うのだった。
「じゃあ、今日はひとまず帰ろうか。調べたい事は調べる事が出来た訳だし」
「そうですね」
俺は百合ちゃんに話しかけながら、野営の場所を片付けて、昨日解体した肉を荷物に入れつつ、百合ちゃんの実家に戻る事にした。
タッタッタと走りながら、百合ちゃんと共に家を目指していたのだが。
俺は完全に失念していた。
「あら~! お帰りなさい。昨晩はお楽しみだったみたいねぇ~!」
「……」
「お、お母さん! 昨日はそういう事じゃなくて!」
「大丈夫よぉ! お母さんよく分かってるから。そういう事、よね?」
「何も分かってないじゃない!」
百合ちゃんのお母さんと、百合ちゃんの言い争いを聞きながら、俺はどうしたものかと玄関先に立ち尽くしながら悩んでしまうのだった。