早朝と言う程、朝早くもない時間から始めた魚釣りであるが、釣れたのは現状俺が釣り上げた小物一匹である。
百合ちゃんが釣り上げようとした魚は残念ながら、餌だけ食べて逃げてしまった。
非常に残念であるが、これが現在の我々の力なのだと思えば、まぁ納得出来る様な気もしていた。
「うーん。釣れませんねぇ」
「そうだねぇ」
俺は天を仰ぎながら百合ちゃんに応える。
上空を流れる雲は相変わらず悩みも無さそうで、風にその身を任せて呑気に流されている。
気楽で良いなと思いつつ、俺も同じかと小さく息を吐いた。
「……あー」
「む? またゴロンゴロンしてるんですか!?」
「まぁーねー」
「もう! はしたないですよ!」
最初の方の何度かは許してもらえたのだが、続ける内に百合ちゃんは厳しくなってしまい、俺がゴロゴロとしているのを怒るようになってしまった。
まぁ、真面目なのだ。
「大丈夫だよー。誰も見て無いからねー」
「私が見てるじゃないですか」
「まぁ、そうだけど。百合ちゃんも慣れただろうしね」
「慣れてません!!」
かなりの激怒具合である。
何をそんなにイライラしているのだろうかと上半身を起こして百合ちゃんを見れば、なるほど真剣な顔で釣竿を見つめていた。
少しでも沈んだら、すぐに引っ張り上げるぞ。という覚悟を感じる。
真面目だなぁ。
いや、違うか。
これはもしかして、アレかな。負けず嫌いという奴かもしれないな。
俺が釣れて、百合ちゃんは釣れていないから。
何とか釣り上げたいと頑張っているのか。
しかし、頑張って獲物を釣り上げようとしているのに、現状百合ちゃんの目標となるべき存在の俺がゴロゴロしているから気に入らないのか。
何ともまぁ。
年相応で良いじゃないか。
だが……あんまり気を入れすぎているのも良くないかな。と俺は思う。
「……ゴロン」
「あー! 今、寝ましたね!?」
「寝てないよー」
「嘘です! 私には分かるんですからね!」
「ふっ……本当にそうかな?」
「え」
「見ていないのに、分かるのかな」
俺は大きな石の上で仰向けで寝ながら、空を見上げた。
白い雲もそうだが、蒼くどこまでも広がる空も素晴らしいと思う。
心が突き抜けてゆくようじゃないか。
そして、大きく息を吸って、吐きながら、俺は全身を石の上に投げ出した。
一応器用に足で釣竿を抱えながら、だ。
「え、えと……」
「俺は起きてるよ。百合ちゃん」
「あ、そ、そうだったんですね」
まぁ、嘘だが。
俺は両腕を伸ばして、体の疲れを解放しながらはぁ、と深く息を吐いた。
心地よい疲れと、眠気が良い感じだ
まだ昼ご飯を食べて無いから大丈夫だが、これでお昼ご飯を食べたら寝てしまいそうである。
「あー!」
「うん?」
「やっぱり寝てるじゃないですか! 嘘ばっかりじゃないですか!」
「まぁ、釣りをやってるとこう自堕落になるからね」
「もう! なんで嘘吐いたんですか!」
「何となく、かなぁ」
「もう! 良くないですね! 亮さんね! ここに来てから良くないですよ!」
「まぁ、しょうがないよ。ここで寝てると気持ちいいんだ」
俺は百合ちゃんに怒られながらも横になって、ほぅと空を見上げた。
人生何事も、焦らず騒がずである。
のんびりと生きていこうじゃないか。
なんて、悟りの領域に入りそうになっていた俺であるが、不意に足で持っていた釣竿が反応した事で上半身を起こした。
「……? 亮さん?」
「来た」
俺は両手でしっかりと釣竿を握り、息を殺す。
川の中で浮いている餌と意識を同調して、その時を待った。
必殺の時だ。
「……今ッ!」
俺はグッと釣竿に力を入れて、思い切り引っ張った。
グググと強い引きがあり、獲物が掛かった事を知る。
先ほどよりも強い力だ。
糸が切れてしまうかもしれない……が、何とか耐えている様である。
丈夫な糸だ。
このまま何とか水の中から引きずり出さなくてはいけない。
「くっ! しかし、重い!」
「が、頑張ってください! 亮さん!」
「あぁ! 今度は大物を! 釣り上げる!!」
そして……。
俺は……。
前回よりも小さな魚を釣り上げた。
「ふふ。見て下さい。バケツの中で仲良く泳いでますよ」
「そうだね」
百合ちゃんが指さしたバケツの中では、二匹の魚が並びながら泳いでいた。
親子か、夫婦の様にも見える。
……なんか見ていると逃がしても良い様な気がしてくるな。
「うーん。ちょっとこれはあれだね」
「……?」
「いや、このまま捕まえているのも可哀想だし。逃がそうかなって」
「……そうですね。その方がこの子達も幸せですよね」
「まぁ、俺たちも昼飯は用意してきてるしね」
という訳で、釣り上げてしまった詫びも含めて餌をバケツの中に投入し、ひょいひょい食べたのを確認してから、俺たちはこの二匹の魚を逃がす事にした。
バケツを川の傍まで持って行って、川の中に水ごと流してゆく。
「もう釣られちゃ駄目ですよー」
「魚釣りをに来ながら言う言葉じゃないけど」
「ふふ。そうですね。でも、そういうのも、釣りの楽しみ方。なんじゃないですか?」
なんて、悪戯っぽい笑顔で言ってくれる百合ちゃんに俺は笑いかけながら昼ご飯にしようかと提案するのだった。
そして、俺たちは昨日までに狩ってきた魔物の肉を使った料理を食べながら、百合ちゃんのお母さんが持たせてくれたおにぎりを食べる。
何となく昔、学校で行った遠足を思い出す様な食事であった。
川のせせらぎを聞きながら、少しだけ照り付ける日の暑さを感じて、通り抜ける風の爽やかさに心を落ち着かせる。
自然の中に居るなぁ。という様な感覚は、やはり昔に行った遠足のソレであろうか。
「なんだか、家で食べるよりも美味しいですね。別に外で食べるのが初めてってワケでも無いんですけど」
「遊びに来てるって感覚だからじゃないかなぁ」
「遊び、ですか」
「そう。今、俺たちは明確な目標があるワケでもなく、川で遊んでる訳じゃない? 釣りは釣れても釣れなくても良い。みたいな適当さでやってるしさ」
「……確かに。そうですね」
「だから、まぁ、ピクニック気分で楽しく遊んでて、それで適度に疲れてるから、ご飯が美味しい。みたいな感覚じゃないかな」
「なるほど……そういう事ですか」
「そうだねぇ」
「では、私も……もっと気を抜いた方が良いんでしょうか」
「あー、まぁ。そうだね。俺はその方が楽しいとは思うよ」
「分かりました。では、午後はもっと気楽に遊ぼうかと思います!」
「うん。良いんじゃないかな」
俺は何故か気合を入れて遊ぶという宣言をする百合ちゃんに同意し、頷いた。
そして、俺はこれでようやく百合ちゃんも落ち着くだろうと餌を針につけて、川に投げ込んでから石の上にゴロンと横になった。
どれだけ見ていても飽きない空を見上げながら、ホッと息を吐く。
しかし、どうやら状況は俺が考えて居た方向とは別の方向に走り出している様だった。
「では! 私も全力で遊びます!」
「わかったよー」
俺はゴロゴロとしながら、適当な返事を百合ちゃんに向けたのだが、衝撃的な言葉を聞いて飛び起きた。
「では、まずは川遊びですね。服は石の上に置いておけばいいでしょうか」
「なに!?」
「え? どうしたのですか?」
「いや、どうした。はこっちのセリフなんだけど!?」
「え? でも、遊ぶんですよね?」
上着を脱ごうとしている百合ちゃんに、俺はどうしたモンかと頭を抱えてしまうのだった。
「とりあえず聞きたいんだけど、百合ちゃん。水着は持ってきてるの?」
「いえ。持ってきてませんね。セオストの家にあります」
「足だけ川の中に入れるみたいな遊びをするのかな?」
「あ、いえ。せっかくなので、泳いでみようかと」
「……」
俺は、はぁとため息を吐いて、百合ちゃんの暴走を止めるべく口を開くのだった。