セオストに存在する許しがたい者たちへの気持ちを高ぶらせながらも、百合ちゃんの実家があるハグロの町から歩いて少しの所にある山まで俺たちは無事到着する事が出来た。
順調である。
感情的な部分を除けば。
「……フン」
「まだ怒ってるんですか? 亮さん」
「当たり前だろう? これを百合ちゃんのお兄さんに話したら、二人で討ち入りする事になるだろうね。その農家にさ」
「大事件になりますよ! セオスト全部を敵にしちゃいます!」
「さっき聞いた農家みたいなのがセオストで許容されているのなら、俺は敵対しても構わないよ」
「桜ちゃん達はどうするんですか」
「みんなでヤマトに移住か、もしくはセオストに住んでもらうか、選んで貰う事になるね」
「そんな……こんな事で家族がバラバラになってしまうんですか?」
「う……」
「私、悲しいです……」
非常に分かりやすいウソ泣きを始めた百合ちゃんに、俺は頭をガシガシと掻きながら、はぁとため息を吐いた。
妹が悲しい顔をしているのなら、俺の負けである。
俺は両手を上げて、降参のポーズをした。
「分かった。俺の負けだよ。農家を襲撃はしない」
「本当ですか!? それは良かったです!」
先ほどまで両手で顔を覆っていたというのに、キラキラと輝く様な笑顔を向けて来る百合ちゃんに俺はしょうがないなぁ。という様な気持ちになりながら、はぁとため息を吐いた。
しかし、不快な気持ちは一切なく、ただ妹が可愛いから、まぁ良いかという気持ちだけである。
まぁ、それはそれとして冒険者組合とかエルネストさんには抗議しておこう。
特にエルネストさんはソラちゃんやレイちゃんを溺愛しているし。
幼い子供に迫る連中が居るというのは、許しがたい事だろう。
何かしら事を起こしてくれる可能性は高そうだ。
「……ふふふ」
「また、悪い顔してー。駄目ですよ。もう」
「分かってるよ。暴力的な手段には一切訴えないよ。俺は理性ある人間だからね。あくまで言葉で対話するだけさ」
「それなら良いですけど」
呆れた様な百合ちゃんの顔に問題ないと頷きながら、俺は今回頼まれた仕事をこなすべく、山に足を踏み入れた。
木々や草木の隙間からガサガサと何かが動く気配があるが、こちらへの敵意は感じない。
脅威とは考えなくても良さそうだけど、意識の中には置いておく方が良いかもしれないな。
「えー、では、山の幸を採取する仕事に入りたいと思うのですが」
「はい」
「亮さんはどういう物が食べられて、どういう物は食べられないか。分かりますか?」
「分かりません!」
「うーん。なるほど……いや、でもそうですよね。亮さんは特に問題なく大型の魔物も狩れますし。あえて山菜を探す必要とか無いですもんね」
「まぁ、今まで機会は無かったけど、知識としては欲しいなと感じてるよ」
「そうなんですか?」
「まぁ。冒険者として高ランクを目指すなら、知識は必要でしょ?」
「それは、そうですけど……亮さんの場合、普通のランクの方がお飾りみたいになってますし。ランクは一番下でも強さはトップクラスじゃないですか。そこまで高ランクを目指す意味はありますか?」
「格好悪いでしょ。戦いばっかりのバカみたいで」
「いや、個人戦闘力だけ高ランクという方はかなり居ますので……そこまでおかしな事では無いですよ?」
「でも、頭は最低ランク。力は最高ランクってパッと言われた時にさ。あー。コイツ頭悪いんだなぁって思われない?」
「……」
百合ちゃんは俺の問いに目を逸らしながら無言になった。
まぁ、つまりはそういう事だ。
やはり今のままではいけないと切実にそう思う。
「で、でも! ほら! 亮さんは英雄ですから! 確かに、普通の人の場合なら亮さんが考えたみたいな印象を受ける方も居るかもしれないですけど! 亮さんは英雄ですからね! またそれは違いますよ!」
「……例えば?」
「た、例えば……ですか!? えと、えと。その。力を高める為に長年修行してきた人! とか。剣の道を歩み始めてわき目もふらずに走ってきた人! とか色々とあるじゃないですか!」
「お。コイツ、力しかないらしいぜ。騙してやろう……フフフ。みたいなのが出てくる可能性があるだろう?」
「それは……まぁ、無いとも言いませんが」
「そういうのをけん制する意味でも、高ランクである必要はあるワケだ」
「……本心は?」
「桜たちの自慢の兄で居たい」
「もう今のままで十分自慢のお兄さんじゃないですか! 多くを求めすぎるのは良くないですよ!」
「いや。やっぱり……『うちのお兄ちゃんは凄腕冒険者なんですよ!』と言うのと、『ウチのお兄ちゃん。力はあるんですけど頭が……ちょっと』と言うのでは気持ちがだいぶ。変わるでしょ?」
「それは……いや、でも」
「違う?」
「は、はい。だって評価の仕方にうっすら悪意がありましたし」
「そんな事はないよ。素直な評価をしたつもりだね」
「むー」
百合ちゃんは納得できないという様な顔をしていたが、はぁと小さくため息を吐いて「分かりました」と呟いた。
そして、メモ帳を俺に見せながら一個ずつ説明してくれる。
「では、ザックリとではありますが、食べられるものと食べられない物の見分け方を説明してゆきますね」
「おー。ありがたい」
俺はメモに目を通しながら、ふむふむと周囲を見渡した。
特徴は細かく書いてあるし。山菜がありそうな場所まで書いてある。
とんでもないメモである。
これは冒険者として重要な資産の一つと言えるだろう。
大事にしなくては。
「ふむ。ふむ」
「……亮さんって」
「うん? どうしたの?」
さっそく木の根元に生えているキノコを見つけた俺は、メモ帳を見ながら、特徴を見比べていたのだが、不意に百合ちゃんが不思議そうな声を上げた。
その声に、俺は名残惜しくも謎のキノコ君から目を逸らし、顔を上げた。
「普通の。っていうとおかしいかもしれないんですけど、私が見てきた範囲だと、高ランクに進めればそれで良いって考える人が結構多かった印象があるのですが……亮さんは、山菜採りも楽しんでいるんだなぁと」
「そりゃね。出来ないことが出来る様になるっていうのは嬉しいからさ」
「でも、山菜採りは多分、冒険者として高位ランクを目指す為には必要のない知識ですよ? 特にセオストでは山菜採るより魔物狩った方が良いですし」
「そこは、ほら。なんでも知ってるお兄ちゃんの方が格好いいだろう?」
「……」
百合ちゃんは一瞬ポカンとした顔をした後、ケラケラと笑い始めた。
お腹を抱えて楽しそうに笑っている。
そんな面白い事を言った覚えはないのだけれど。
「アハハハ。結局、亮さんは全部がそこにたどり着くんですね」
「当然だよ。俺が目指すのは完璧なお兄ちゃんだからね。何をとっても格好いいという姿を求めているんだ。良いでしょ? 格好いいお兄ちゃんってさ」
「はい。私もそう思いますよ。本当に」
「という訳だ。今回は山菜採りをしつつ、知識を深めていこう。もしかしたら、みんなで山に来て、山菜を採る瞬間があるかもしれないからね」
「格好いいお兄ちゃんは、山菜も全部見分ける事が出来ますもんね」
「そういう事」
「ふふ……まぁ、私は間違えて毒キノコとかを採ってきてしまうお兄ちゃんも、可愛くて好きですが」
「でも、格好よくは無いからね」
「そうですか。私としては不満が大きいですが……まぁ、格好いいお兄ちゃんの要望ですからね。妹としては素直に応援しましょう」
「ありがたいね」
「では! お兄ちゃん! メモを頼りにして! 良い山菜を集めて下さい!」
「分かったよ。お兄ちゃんにお任せだ」
俺はキリっとした顔で送り出してくれる百合ちゃんに応えながら、メモを片手に百合ちゃん同様キリっとした顔をしながら森の中を進んでゆくのだった。