自然薯があった場所からやや離れた場所に天然の水場を見つけた俺は、持って来たバケツに水を入れ、両手にバケツを持って山道を駆け上がった。
降りて来た時は探す為に時間が掛かったが、登る時は元居た場所に戻るだけなので、歩き回る必要はない。
ただ、山道を登るだけだ。
しかし、バケツに水をたっぷり入れて山道を登るというのは中々良い訓練になりそうだ。
これからも山に行った時は同じ事をやって訓練しても良いかもしれない。
「ただいま」
「りょ、亮さん! 次は私が行きますから!」
「良いよ。自然薯の方をやっててくれるか。休んでてくれればさ」
「いや! そんな訳にはいかないですよ! 水を運ぶの大変じゃないですか!」
「大変は大変だけど、修行になるからね。俺がやりたいかな」
「……修行、って言われちゃうと、何も言えなくなっちゃうんですけど!」
「俺がやりたくてやってるだけだからさ。百合ちゃんもあんまり気にしないでよ」
「うー」
「それに、百合ちゃんには、料理を作って貰ったでしょ? 俺はその時、何もしてないし」
「いや、昨日も亮さん、色々とお仕事してましたよね!? 私、ちゃんと覚えてるんですからね!」
「まぁまぁ。昨日の事は昨日の事だよ」
「うー! 亮さん! ズルいですよ!」
「大人はズルいモノなんだよ」
納得出来ない! と全身で示している百合ちゃんに、俺はハハハと笑いながら言葉を重ねる。
百合ちゃんに納得してもらう為の言葉は既に用意しているのだ。
「じゃあ、さ」
「……はい?」
百合ちゃんは警戒する様に両手を前に向けて構え、俺の言葉を待つ。
そのポーズにどんな意味があるのか聞いてみたいが、話を逸らすと面倒な事になりそうだし。
ここはまず話を終わらせて、どんどん話と状況を進めてゆくべきだ。
「百合ちゃんに、とっておきの料理を作って貰えたら、俺は何よりも嬉しいかな」
「料理、ですか?」
「うん。俺は料理のセンスが無いからね。百合ちゃんのご飯は何を食べても美味しいし。魔物の肉は取ってくるからさ。最高の料理が食べたいかな」
「……でも出先ですし。あまり手の込んだ料理は出来ないですよ?」
「良いよ。出先で食べるから美味しいって事もあるしね。今出来る最高が食べてみたいかな」
「……分かりました」
「まぁ。百合ちゃんの料理ならなんでも美味しいし。無理はしなくても大丈夫だけどね」
「いえ! 折角なので! 本当に最高の料理を作りますよ!」
百合ちゃんはフンス! と気合を入れながら両手を握りしめる。
それを見て、俺はひとまず安心してから先に魔物の肉を取ってくるかと、周囲の気配を探った。
どうやら、少し離れた場所に大きな鳥の魔物が居るらしい。
俺はそれを察知して、神刀を抜きながら飛び出すと山の崖を下りながら木の枝に乗り、それをバネにして上に飛び、次の木の枝に飛び移り、またそれをバネとして上に飛ぶ。
そして、俺たちが居た山と連なっている隣山の山肌を駆け登り、木の幹を駆け上がり枝を使って通常よりも高く飛び、空を飛んでいる大きな鳥の魔物の片翼を斬った。
「……!」
片翼を切り裂かれた大きな鳥は、自分の体を飛ばし続ける事が出来ず、そのまま地面に向かって落ちてしまう。
俺はそんな鳥の体に捕まりながら地面に向かって一緒に降りて、地面に落ちた鳥を仕留めた。
それから、俺は大きな鳥を解体し、必要な肉を確保してから残りをヤマトの伝統通りにまとめて供養するのだった。
斬り落とした片翼はそのままどこかへ行ってしまったが……まぁ、二人の食事としては十分確保出来たからこれ以上は良いだろう。
という訳で、俺は風呂の準備もある事だし、さっさと百合ちゃんの元へと戻るのだった。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい! まだ食事の準備はしてないんですけど!」
「いやいや。そんなに急がなくても大丈夫だよ。まだ日も高いし。夕飯にはまだ早いからさ」
「ま、まぁ。それはそうなんですけど! 凄い料理って聞いたので! いっぱい準備しなきゃと思って!」
フンス! と気合を入れている百合ちゃんを見ながら、今回ここに居るのは自然薯を掘る為だから、料理はおまけなんだけど。
と思いつつも、俺のせいでこんな事になっている為、何も言わずに頷いた。
まぁ、本質を考えると自然薯掘りに集中して欲しい気持ちではあるんだけど。
そもそも俺が風呂だなんだと始めたのが原因だしなぁ。
しかし、百合ちゃんが汚れたままで大丈夫なのかと自分に問えば、そんな事は無いので。
こうなる事は運命だったとも言える。
「……まあ、そうだね。じゃあ、お願いしようかな」
「はい!」
気合十分という百合ちゃんに俺は肉を託し、再び水を運ぶ為にバケツを手に山を駆け下りた。
前とは違い、水場の場所は分かっている為、サクッと現地へと向かい。サクッと戻る。
「え? あれ? もう戻って来たんですか?」
「うん。結構近いんだよ。水場」
「あ、そうだったんですね」
「そう。前回は水場を探してたから時間が掛かってたんだよね」
「なるほどー。じゃあ、私も手伝えばすぐに終わるんじゃないですか?」
「駄目だよ。水場は遠いからね」
「え?」
「うん。じゃあ、ここはよろしくね」
「りょ、亮さーん!?」
俺は百合ちゃんの声を振り切りながら山の斜面を滑り降りて、水を取ってから再び山を駆け登り、簡易的な風呂に水を入れる。
そして、すぐ次の水を取りに行こうとしたのだが、ジッと俺を見つめる視線に気付き、足を止めた。
「……えっと、どうしたの?」
「いえ? 私も水を取りに行こうかと思っているんですが?」
「ほら、百合ちゃんには料理をお願いしたでしょ?」
「む」
「だから、水は俺一人で取ってくるからさ。役割分担をしよう。ね?」
「……むー」
「ね? お願いだからさ」
「むー。なんか、亮さんはいつもズルいですね」
「それが大人だからね。子供は大人の言う事を聞いてくれると嬉しいな」
「私も大人です!」
「じゃあ役割分担には納得して貰えるよね。大人だし。効率とか考えたらこっちの方が良いもんね」
「むー!!」
怒りを露わにする百合ちゃんに手を振って俺は山を再び駆け下りた。
それから何度か水を運んで、風呂に十分な水を貯める事が出来た。
ついでに、何かあった時用の水も用意して、夜に向かって万全の準備を終える。
「ふぅ」
「終わりましたか?」
「うん。何だかんだ三回くらいはお風呂に入れるだけの水を拾ってきたよ。タンクに入ってるから上手く使おう」
「なるほど」
「まぁ、足りなくなったらまた拾いに行けば良いけど」
俺はバケツの後片付けなんかをしながら、百合ちゃんと話をしていたのだが、不意に強い違和感を覚えて、百合ちゃんの方へ振り向いた。
百合ちゃんはニコニコと笑っていて、先ほどまでの怒っていた姿は何処にもない。
それが、何故か、怖かった。
「えっと、百合ちゃん?」
「何でしょうか?」
「……別に何ていう事は無いけど」
「じゃあ、お仕事も終わりましたし。亮さん。先にお風呂に入っちゃってください」
「いや。陽が沈むまでは自然薯を掘ろうかなって」
「でも、今日はもうお疲れでしょう? お風呂に入っちゃってください」
「大丈夫だよ。俺は。まだまだ元気だし」
「亮さんが入ってくれないと! 私が入れません! ゆっくり出来ませんよ!」
どうだ!
とでもいう様な顔で百合ちゃんが告げた。
なるほど。
これが言いたかったのか。
妹の願いを無視できない俺に、妹を幸せにしたければ、先に休めと。
……甘いな。
「そうか。ならしょうがないな。折角拾ってきたけど。使わないんじゃ、水は捨てるしかないね」
「えぇ!? なんで、そうなるんですか!?」
「そりゃ。俺は百合ちゃんより先には入れないし。百合ちゃんは俺より先に入らない。そうなったら、この水は無駄だから捨てるしかないね。って話」
「むー! また! 亮さんは本当にズルい!」
「まぁ、俺はズルい大人だからね」
俺はヘラヘラと笑いながら自然薯の穴に飛び込むのだった。