冒険者として正式に受けた依頼である角ウサギの捕獲であるが、俺の想定以上にやる事は多くない様だった。
「まてー!」
「こっちは行かせないよ!」
桜に追いかけられている頭にちょっとした角が付いているウサギは、待ち構えていたフィオナちゃんの盾に弾かれひっくり返った。
かなりの勢いでぶつかったのだろう。
起き上がった後も動く事が出来ず、フラフラとしている所を飛びついた桜に捕まっていた。
その後、桜は角ウサギの弱点である角をにぎにぎされ、動けなくなったウサギを俺の所に持ってくるのだった。
桜は天才なのでは無いだろうか。
「見て! お兄ちゃん! 捕まえた!」
「あぁ。凄いな」
「えへへ」
やはり桜は天才なのだろう。
こんなにも簡単に角ウサギを捕まえてしまうなんて……!
と思いながら、桜から受け取った角ウサギを縛り上げつつ、草むらの中に感じる小さくか細い気配に殺気を飛ばした。
「わ! また出たよ! フィオナちゃん!」
「順調ですね! じゃあまた一緒に捕まえましょう!」
「うん!」
一生懸命に走りながら角ウサギを追いかける桜を見て、俺は心の底から喜びを感じていた。
桜があんなにも楽しそうに角ウサギと遊んでいる。
これほど嬉しい事が他にあるだろうか?
いや、無いだろう。
世界は今、こんなにも明るいのだ、
「リョウさん……!」
「ん? どうしたんだい? リリィちゃん」
「どうしたんだい。じゃありませんよ。リョウさんがあんまりにもアッサリ角ウサギを捕まえてしまったから、後のノルマはサクラちゃんが捕まえるという話だったじゃないですか」
「あぁ。そうだね。だからこうして何もせず持って帰る準備だけしているだろう?」
「本来、角ウサギは集団で襲ってくる魔物なんです」
「ふむ」
「一匹一匹は弱いですけど、複数の角ウサギが集まった時にはそれなりに脅威なんです。後ろから追突されたりとか。集団に噛みつかれて怪我をした人だっています」
「まぁ集団の恐ろしさは一人で対処できない所だからね。わかるよ」
「なら……!」
「だとしても。桜が一人で門の外へ行くことは無いし。もし、そういう事になった時に、俺が来るまで逃げる術は教えておくさ。それで問題ない」
「……もしリョウさんよりも強い存在が現れた場合は」
「逃げる」
「……!」
俺の答えに、リリィちゃんはやや驚きながら俺を見つめた。
そんなに驚くような答えだったか分からないけれど、異世界では逃げる事は死よりも重い恥なのかもしれないなんて、思考を巡らせるのだった。
「もし逃げきれなくても桜だけは逃がすさ。信頼できる人の所にね」
「……どうしてそんなに」
「大切な妹。だからね。桜がずっと奪われてきた分、今度は幸せになって欲しいという兄心という奴かな」
「兄心……」
リリィちゃんはどこか、ここではない場所を見る様な目でフィオナちゃんを見つめた。
いや、違うか。
角ウサギに逃げられても笑いながら次は頑張ろうと話している桜とフィオナちゃんを見ているのか。
「リリィちゃんにも、お兄さんが居た?」
「っ! な、何故分かったのですか!?」
「分かった訳じゃないけど。何となくね」
「そう、ですか」
そして、おそらくはお兄さんとそれほど仲良くないのだろうという事も分かる。
フィオナちゃんとの関係を大切にしているのはその関係かもしれないな。
なんて、考えて……俺の中に少しだけ何かをしてやりたいという気持ちが芽生える。
「リリィちゃん」
「……はい」
「もし、何か困った事があったら相談してよ」
「え?」
「これでも、兄さんって奴をやって長いからね。悩んでいる子は放っておけないんだ」
「……ありがとうございます」
リリィちゃんの気配が少しだけ柔らかくなった事を感じ、俺は小さく息を吐いた。
そして、変わらず元気に走り回っている桜とフィオナちゃんを見つめる。
もう少しだけリリィちゃんの負担が和らぐ様にと祈って。
「だからさ。交換条件って訳じゃないけど」
「……?」
「俺が居ない時とか、桜の事を気にしてやって欲しい」
真剣な顔でリリィちゃんを見ながら告げた言葉に、リリィちゃんはフッと小さく、柔らかく笑うと桜とフィオナちゃんを見て、頷いた。
「リョウさんがお兄さんで、フィオナと私が居て、妹のサクラちゃん。ですかね?」
いたずらっぽく笑うリリィちゃんは、年齢以上に幼く見えて、なんだか本当の妹の様に思えてしまうのだった。
一瞬いつもの癖で頭を撫でそうになったが、そこは何とか抑えて、意識を逸らす様に桜とフィオナちゃんへ視線を向ける。
「そうだね。そうあって欲しいと、俺も思うよ」
一人でも多く桜を守ってくれる人が増えてくれれば、それが一番だ。
何よりも、それが大切だ。
それだけは確かな事である。
「お兄ちゃん! また捕まえた!」
「そうか。凄いぞ桜。頑張ったな」
「えへへ」
桜は嬉しそうに笑いながら俺に角ウサギを預け、次なる角ウサギに挑戦する様だった。
が、ここで俺は少しだけ先ほどのリリィちゃんの話を考える。
確かに角ウサギの脅威が複数に襲われる事なら、それも体験するべきなんだろうという話だ。
ここに俺が居る以上、万が一は無い。
ならば……試すなら今か。
俺は先ほどよりも強い殺気を茂みに向け、怯えた角ウサギを三匹ばかり桜の方に向かわせるのだった。
「わ! いっぱい出て来た!」
「落ち着いてサクラちゃん。角ウサギの強さは変わらないから。冷静に一匹ずつ対処していこう」
「うん!」
桜はフィオナちゃんの言葉に頷き、ぴょんぴょんと飛び跳ねる角ウサギに翻弄されながらも、何とか捕まえようと飛び跳ねるのだった。
ウサギの様に、可愛らしく。
「……びっくりしました」
「ん?」
「きっとこのまま一匹ずつ捕まえて帰るんだろうなと思っていましたから」
「まぁ、それでも良いとは思ったんだけどね」
「はい」
「リリィちゃんの言う事も正しいなって思ってさ」
「リョウさん……!」
「妹の言葉は素直に聞くもの、だろ?」
リリィちゃんに笑いかけてから、俺は三匹に翻弄される桜へと意識を向ける。
手はギリギリまで出さない。
例え、一匹に意識を集中しすぎて、後ろから突撃してきた角ウサギに桜がよろけても。
その後、前から突進してきた角ウサギに尻もちをつかされても……。
「お、落ち着いて下さい。リョウさん。フィオナもちゃんと見てますから」
「俺は落ち着いてるよ」
「ピリピリした空気を出しながら言う言葉じゃないですよ」
「全然大した事はないよ」
「口と行動が合ってませんよ……!」
それから三匹の角ウサギを桜が捕まえるまで、俺は何とか我慢するのだった。
そして、俺達は合計六匹の角ウサギを捕まえて、それをセオストまで持って帰る事になった。
「後は、角ウサギを門の所に居る騎士さんに確認して貰って、冒険者組合の前にある建物に預けるだけですね」
「なるほど」
フィオナちゃんの案内通りに門で無事戻った事を伝え、角ウサギの安全性を騎士に確認して貰った後に、解体専門の建物へと角ウサギを預けに行った。
一応桜が残酷な所を見ない様に、と外で待っていて貰ったのだが、解体設備の建物は小さな受付があるだけで、実際の解体は外から見えない様になっているらしい。
しかし、受付に繋がる小さな扉の隣には大きな扉があった事から、巨大な獲物を解体する際には直接解体場所に運ぶと思われ、そういう時には気を付けようと思うのだった。
「では、これで確認印も貰いましたし。冒険者組合に書類を渡して依頼完了です」
「うん!」
「お疲れ。桜。それにホワイトリリィの二人もありがとうね」
「いえいえ!」
「こちらこそ」
「じゃあ、初依頼終了の記念に食べに行きましょうか!」
「うん!」
フィオナちゃんの提案に笑顔で頷く桜を見て、俺も初依頼の終了を噛み締めるのだった。