遂に!
遂に、自然薯の大きさが俺の大きさを超えた。
百合ちゃんが用意してくれた松明の灯で照らされた自然薯を見て、俺はふぅとため息を吐きながら自然薯を見つめる。
「遂に……ここまで来たね」
「そうですね。流石にそろそろ終わりが見えそうですね」
「うん。地面に見える位置の自然薯を見る限り、後少しって感じかな」
「では、明日はいよいよ取り出しましょうか」
「そうだね。もうすっかり日も落ちちゃったし。今日はここまでにしようか」
俺は穴から外へと飛び出して、百合ちゃんの前に降り立った。
そして、パチパチとたき火が燃えている方を見て、ホッと息を吐く。
百合ちゃんは松明を持ったまま穴から離れると、テクテクと歩きながらたき火の元へと向かい、たき火の中へ松明を入れた。
それから、俺の方をジッと見つめて無言にニコニコと笑う。
「……何かな? 百合ちゃん」
「私、一つ凄い解決方法を思いついたんです」
「凄い、解決方法?」
何の話だろうかと首を傾げる。
そもそも何か問題を抱えていただろうか。
いや、特に記憶にはない。
「えと。何の話かな」
「さっきまで争っていたじゃないですか。私が先にお風呂に入るか。亮さんが先にお風呂に入るか」
「まぁ、そうだね。でも百合ちゃんが先に入るって事で納得してたと思うけど」
「納得はしてません!」
「あー、うん。そうだね。でも、他に方法はないし……俺は百合ちゃんより先には絶対に入らないよ」
「だと思います! なので、私は解決方法を思いつきました」
「……一応、聞こうか」
「はい! どちらも先に入りたくないのであれば! 同時に入れば良いのです!」
「あー」
百合ちゃんが今度こそどうだ。とばかりに笑う。
まぁ、確かに俺が一度でも百合ちゃんが先に入ったら入ると提示した以上、それをなかった事にするのは俺自身許せない話である。
しかし、だ。
「百合ちゃんは恥ずかしくないの? 一緒に入るって事はさ。裸だし。お風呂も小さいから結構密着する事になっちゃうけど」
「そ、それは大丈夫です!」
「分かったよ。じゃあ、途中で嫌だと思ったらいつでも言ってね」
こうなった以上は仕方ないかと俺は頷き、百合ちゃんと一緒に風呂へ入る事となった。
ここからは精神力の勝負である。
百合ちゃんは妹だ。妹に手を出したり、邪な感情を抱いてはいけない。
俺は兄なのだから!!
という訳で、俺は服を脱ぎながら準備をしつつ、先に百合ちゃんに風呂へ入って貰った。
一応、俺の約束もあるし。百合ちゃんも少しの差であれば気にしないという事であった。
「体を洗うのは……お湯の中で良いのでしょうか」
「うん。外で洗うと寒いしね。上手く洗って貰えればと思うよ」
「はい」
百合ちゃんはお湯の中でタオルを使って体を洗っている様だった。
そして、俺は百合ちゃんが体を洗い終わるまで後ろを向いていようと思い、風呂の外で待っていたのだが。
不意に背中をツンツンと突かれた。
「……うん? どうしたの?」
「亮さん。一緒に入る約束ですよ」
「それは頷いたけど、百合ちゃんが洗い終わってからで良いよ」
「でも、外は寒いですから。一緒に入りましょう? 嫌だって言ったら、私も外に出ちゃいますからね」
「……分かったよ」
俺は息を吐きながら、仕方ないと百合ちゃんに背を向けたまま風呂に入った。
しかし、百合ちゃんに腕が当たると申し訳ないし。体は消極的に洗う。
「亮さん」
「うん。どうしたの?」
「ちゃんと体を洗わないと駄目ですよ」
「分かってるよ、百合ちゃんが出てから洗おうかな」
「むー。また私に遠慮してますね?」
「まぁ、ね」
「じゃ、私が洗ってあげますね!」
「え!?」
俺は駄目だよと言おうとしたが、百合ちゃんの小さな手は既に俺へ伸びており、タオルで背中を撫でているのが分かった。
一生懸命、背中を洗おうとしているのを感じ、俺は何も言えないまま大人しく洗ってもらうのだった。
まぁ、流石に前は自分で洗ったけれども、背中だけは洗って貰った。
それからゆっくりとお湯で温まり、夕食を食べて、テントの中で横になった。
「……」
「亮さん。まだ起きてますか?」
「うん。起きてるよ」
百合ちゃんは俺に話しかけはしたが、それ以上何かを語る事もなく、ジッと夜空を見ながら黙っていた。
それを横目で見ながら、俺は静かに待つ。
そして、百合ちゃんはゆっくりと語り始めた。
「私、亮さんに会えて、良かったです」
「……」
「私、昔は生きる事に必死で、嫌な事とか、思い出したくない思い出もいっぱいあったんですけど。亮さんと会って、そんな昔の記憶も、全部いい思い出になった様な気がします」
「百合ちゃんは、今、幸せ?」
「はい。きっとこれ以上ないくらいに幸せだと思います」
「そっか。でも、きっとこれからは、もっと幸せになるよ。昨日よりも今日。今日よりも明日ってさ。幸せは増え続けるよ。きっと」
俺は隣に寝ている百合ちゃんに顔を向けながら笑う。
百合ちゃんは俺の方に顔を向けながら驚いた様な顔をしていたが、ゆっくりと柔らかい笑顔になると小さく頷いた。
「ありがとうございます。亮さん。私、亮さんの事が好きです」
「うん」
「でも、亮さんはやっぱり私の事を妹としてしか思えないですよね」
「……そうだね」
百合ちゃんは少しだけ寂しそうな顔をすると、フッと笑った。
そして、あーあ。と俺にもハッキリと聞こえる声で呟きながら空を仰いだ。
「……フラれちゃいました。人生で初めての告白だったんですけどね」
「申し訳ないなぁ」
「そう思うなら、結婚。してみませんか?」
「そんな気軽にするモノじゃないよ」
「気軽……ってワケじゃないんですよ。私、凄い真剣です」
「それでもさ。やっぱり俺にとって百合ちゃんは妹なんだ」
「ハァー。カチカチですねー。やっぱり。本当に残念です」
百合ちゃんは空を見ながら凄く寂しそうな顔をしていた。
今にも泣きだしてしまいそうな顔だ。
「百合ちゃん……俺はさ。百合ちゃん……だけじゃないけど。妹には幸せになって貰いたいんだよ。だから俺みたいな奴じゃなくて、もっと良い人を見つけて欲しいって思うんだ」
「でも、亮さんより凄い人なんて……私、きっと見つかりませんよ? そしたら、ずっと一人で生きていくんですか?」
「その時は……まぁ、傍に居るよ」
「……本当に?」
「あぁ」
「死ぬまで?」
「勿論。死ぬまで」
「そうですか……なら、まぁ良いですかね」
百合ちゃんは微笑みながらスッと目を閉じた。
そして、目を閉じたままゆったりと口を開いて語る。
「亮さんとの子供。楽しみですね」
「……それは、どうだろうね?」
「あら? 妹の幸せを叶えてくれないんですか? お兄ちゃん」
「それを言われると、困っちゃうね」
俺も空を見上げながらフッと笑った。
妹の幸せは確かに俺の幸せであるが、その幸せの為にどこまで出来るか、というのは自分の中でもまだ答えが出ていない。
だから、もしかしたら百合ちゃんの願う様な未来があるかもしれないし。
無いかもしれない。
どちらにせよ。
百合ちゃんはまだまだ子供だし。
当分は兄として見守る様な形になるだろう。
と、思っていたら、横から手が伸びてきて、俺の手を握った。
そして指を絡めながら強く握る。
「今日は甘えん坊だね」
「残念ですが、これは恋人繋ぎと呼ばれる手のつなぎ方らしいです。妹として甘えている訳じゃないですよ」
「なるほど」
「……振り払わないんですね」
「妹のお願いを振り払うなんて事はしないよ。俺はお兄ちゃんだからね」
「ふふ。ホントに、悪いお兄ちゃん」
百合ちゃんはクスクスと笑いながら繋いだ手の人差し指を動かして、俺の手をなぞる。
そして、俺に聞こえる様な声で最後に囁いた。
「じゃ、おやすみなさい。お兄ちゃん」
「あぁ、おやすみ。良い夢を」
俺はその言葉を最後にして、夢の世界へと旅立つのだった。