ピリッとした僅かな刺激を受けて、深い眠りの中から目を覚ました俺は、霞んだ視界の向こうを見渡した。
見えるのは木造家屋の天井だ。
どこかで見たことがある様な気がしているが、まぁ似たような家は多いし、どこかで見たのだろう。
「っ……!」
上半身を起こすと、胸の辺りに強い熱……というか痛みが走った。
何だろうかと胸の辺りを見てみれば、そこには深い傷が刻まれていた。
一応血は止まっているが、それだけと言えばそれだけだ。
今、付けられた様な傷は酷く痛々しい。
「なんだ、この傷……?」
どこか他人事の様に呟きながら、気になってその傷に触れてみようとしたのだが、近くから女性の声が響き、俺はそちらに顔を向けた。
「触っては駄目ですよ。まだ完全に傷が塞がった訳ではありませんから」
「……セシルさん?」
「はい。セシルさんです」
ニッコリと微笑む女性は、部屋が暗くて分かりにくいが確かにセシルさんであった。
そして、セシルさんの近くではリンちゃんが畳の上で横になって寝ていた。
どういう状況だ?
というか、ここはどこだ?
俺は、何でここに居るんだろうか。
「亮さん。最後に覚えている事は何でしょうか?」
「最後って……確か百合ちゃんと自然薯を掘って……それを家に届けて……?」
俺は記憶をたどりながら、順番に起こった出来事を思い出す。
こんな深い傷を負った原因を。
「そうか。リンちゃんから通信が入って、フソウの城に行ったんだ。それで、みんなを助けようとして、侍たちと戦って……雷蔵さんが助けに来て……! 時道さんに! 斬られた!」
「はい。その通りです」
「じゃあ、俺は斬られて意識を失ってたんですね。っ! そうだ! 追手は!」
「落ち着いてください。追手は振り切ったと雷蔵くんが言っていました。ひとまずは安心しても良いと思います」
「……そう、ですか」
雷蔵さんが言うのなら、確かに心配は要らないだろう。
しかし、それでもいつ彼らがココを見つけるか分からないのだから、打てる手は打った方が良いのは間違いない。
「俺も……手伝える事があれば、手伝います。追手はすぐそこまで来ているかもしれませんし」
「気持ちは分かりますが、今はまだ休んでいて下さい。先ほども言いましたが傷は完全には塞がっていないんです」
「しかし……!」
「それに、フソウからそれほど離れていないハグロの町で三日も追手の影が無いのですから。向こうもそこまで必死に探そうとはしていないでしょう」
「……三日?」
「はい。三日です」
「え? いや……まさか。だって部屋は暗いですし。外も暗いですが」
「はい。ですから。私たちはフソウの街で襲撃された後、一度近くの森へ逃げ込み、それから静かにハグロへと移動したのです。ハグロに来てからは二日目という所でしょうか。この町に来てから住民に話を聞きましたが、フソウの騒ぎは誰も知らず、侍の方々も来ていない様でした」
「なる……ほど」
セシルさんが嘘を言っている様には見えなかった。
というよりも嘘を吐く理由がないのだから、嘘ではないのだろう。
つまり、俺は時道さんに斬られてから三日間も意識を失ったままであったというのだ。
信じられない様な事であるが、おそらく真実であった。
「という訳ですから。亮さんも今は休んでください。イザと言う時に動けなくては困るでしょう?」
「……そうですね。分かりました」
俺は起こしていた上半身を再び横にして、仰向けになりながら目を閉じた。
そうしていると、不思議な事に先ほどまで寝ていたというのに強い眠気が襲ってきて、俺は小さく息を吐いて眠りの世界へ向かって落ちてゆくのだった。
それから、心地よい眠りの世界でゆっくりと休んで。
俺は朝になってから目を覚ました。
「……」
むくりと起き上がって周囲を見れば、障子の向こうからは柔らかな光が差し込んできており、前の目覚めた時と同じくリンちゃんが畳の上で寝ていた。
一応リンちゃんも枕と掛け布団を使っていたから、あれから誰かが掛けてくれたのだと思う。
セシルさんは……。
「おはようございます。どうやら体力は十分に戻ったみたいですね」
「あ……セシルさん。おはようございます」
「はい。おはようございます。そろそろ起きる頃かと思いまして、水を取って来ました。飲めますか?」
「飲みます。ありがとうございます」
ペコリと布団に入ったまま頭を下げて、水を受け取る。
それをゆっくりと飲み干してから、俺はふぅと一息ついた。
先ほどよりもハッキリと目が覚めた様な気がする。
今すぐ動く事も出来そうだ。と俺は布団から起き上がろうとしたのだが……すぐ近くに居たセシルさんに肩を捕まれ、首を横に振られてしまった。
「まだまだ動いては駄目ですよ」
「……しかし」
「しかしも、だっても、でもでも。もありません。駄目と言ったら駄目です」
「……」
「亮さん。貴方は知らないでしょうが。貴方が斬られてから百合さんと楓ちゃんの狼狽ぶりは酷い物でした。あの子達にまた同じ顔をさせるつもりですか?」
「いや、そういう訳では」
「なら、大人しくしていてください。数日もすれば傷を完全に塞ぐ事も出来るでしょうから」
セシルさんの言葉に小さく頷きながら、俺はふと疑問に思った事をセシルさんに聞いてみる事にした。
「数日って、俺の怪我はそんなに酷いのですか?」
「はい。酷いという様な表現が正しいかは分かりませんが、酷い状態です。より分かりやすく言うのであれば生きているのが不思議な状態。でした」
「……なるほど」
「そして、それは今も変わりません。表面上の傷は塞がりましたが、それでも皮膚の向こうではまだ傷は残っています。なので、完全に治癒するまでは安静にしていて欲しいのです。リンさんが三日三晩寝ずに癒し続けた努力を、無にしたいという様な事でしたら、私はこれ以上何も言いませんが」
「いえ! そのような事は!」
「でしたら、ゆっくりと療養してください。私たちが望む事は怪我人の怪我が治る事なのですから」
「……はい。承知いたしました。お二人には深く、深く感謝いたします」
「いえいえ」
セシルさんに改めて深く礼を言った俺は、ふぃーと息を吐きながら自分の傷を見て、時道さんの恐ろしさを実感するのだった。
以前、セオストで見た聖女であるミラさんの治療は、どの様な怪我であっても少し話している間に終わってしまう様な物だった。
しかし、時道さんの付けた傷は、三日三晩二人の聖女が癒しの力を使っても癒しきれない様な物だったのだ。
なんと恐ろしい技だろうか。
セシルさんとリンちゃんが居なければ、俺は死んでいただろう。
「……はぁ」
「どうかしましたか?」
「いえ。俺は弱いなと思いまして」
「そんな事は無いと思いますが……時道くんの事を仰っているのなら、雷蔵くんも気づかなかった奇襲を防いだだけでも十分では無いですか?」
「それを言われると、痛いですな。セシル様」
「あら。雷蔵くん。おはようございます」
「えぇ。おはようございます。周りは相変わらず静かですね。連中はフソウに引きこもって動くつもりは無いようだ。何かを待っているのか。もしくは我慢比べですかね」
「そうですか。ではこちらの我慢強さを教える必要がありそうですね」
「そうですね。ちょっとやそっとでは動じないという所を見せてやりましょう」
雷蔵さんは畳の上にドカッと座ると、セシルさんにニヤリと笑った。
何となく今の話で状況も見えるが、もっと詳細な状況を知りたかった俺は雷蔵さんにヤマトの現状を聞いてみる事にした。
「あの。雷蔵さん」
「なんだ? 亮」
「俺が寝ていた間の事を聞いても良いですか?」