フソウに襲撃をかけるという話で、ハグロの町を飛び出した俺達であったが。
俺は現在、フソウの街を見下ろせる丘の上で寝転び夜空を見上げている。
真っ暗な夜空には大きな月が一つ浮かんでおり、その周囲には無数の星々が輝いていた。
なんとも美しい景色である。
「……はぁ」
「眠らないんですか?」
「どちらかと言うと、眠れない。が正しいですね」
「それは良くないですね。ちゃんと寝ないと駄目ですよ」
「そういうセシルさんも寝ないんですか?」
「私は二日や三日寝ない程度は慣れているんです。ヤマトに来る前はよく不眠不休で動いていた物ですから」
「それを言うと、俺も冒険者をやっているので、寝なくても大丈夫ですよ。慣れているんで」
「あら」
「それに、ここ最近はかなり寝ていましたからね。今はまったく眠く無いんです」
「むー。それは困りましたねぇ」
「大丈夫ですよ。明日も問題なく戦えますから」
俺は夜空を見上げたまま、セシルさんにそう答えたのだが、セシルさんがググっと俺の視界に顔を出してきた。
そして、上からジッと俺を見る。
「……どうしたんですか?」
「亮さんを見ています」
「いや……ちょっと恥ずかしいんですが」
「気にしないで下さい。目を閉じると、見えなくなりますよ」
「……はぁ」
何とも強引な手段である。
まぁ、目を閉じるくらいは別に構わないのだけれど。
「分かりました」
そして、俺は目を閉じて、寝ているフリをする事にした。
一定の寝息を立てながら、いかにも寝てますよ。という空気で俺は寝たふりをする。
それから。
どれくらい時間が経っただろうか。
それなりに時間が経った気がする。
と、俺は目を少し開けて周囲の状況を確認しようとした。
「わっ!」
「……ジィー」
が、目の前には変わらずセシルさんの整った顔があり、俺をジッと見つめていた。
一種の恐怖体験である。
恐ろしいなんてモンじゃない。
「まだ見てたんですか?」
「いつ寝たふりを止めるのかなぁーと思って見てました」
「はぁ……気づかれてましたか」
俺はセシルさんを避けつつ、上半身を起こしてため息を吐いた。
周囲をチラリとみれば、楓ちゃんとモモちゃん、リンちゃんは固まって寝ていて。
百合ちゃんは……おそらく起きている。
雷蔵さんは結構本気で寝てそうではあるが、まぁ、何かあったら起きるんだろうな。という信頼はあった。
「起きてるの、俺だけじゃないみたいですよ」
「そうですね」
「百合ちゃんは良いんですか?」
と名前付きで呼ぶと、百合ちゃんがビクッと震えた。
やはり起きていたか。
しかし、寝たふりは継続する様だ。
「可哀想じゃないですか」
「その言い方だと俺は可哀想じゃないみたいに聞こえますね」
「まぁ、そうですねぇ。あんまり可哀想じゃないかもしれないですね」
「ははは、困った聖女様だ」
俺は軽く笑いながら セシルさんの言葉を流す。
そして、夜空へと視線を戻しながら声を小さくしてセシルさんと話をするコトにする。
「セシルさんは……あー」
「どうしました? 気になる事があれば何でも聞いてくださって良いんですよ」
「そうですか? では、遠慮なく」
「はい。どうぞ」
「セシルさんは今、何歳くらいなんですか?」
「……」
セシルさんはニコニコとした笑顔から一変、やや圧のある笑顔に変わった。
やはり聞いてはいけない質問であったか。
女性に年齢を聞くのはな。良くなかったな。
「いや、撤回します。忘れて下さい」
「はい。分かりました」
「えっと、では、ちょっと違う聞き方になるんですが……セシルさんは、それなりに長くヤマトで暮らしているんですか?」
「まぁ……そうですね。それなりには長く暮らしてますよ」
「なるほど。ではヤマトで生まれて、そのまま?」
「いえ。私はヤマトの生まれではありません」
「あ、そうなんですね」
「はい。ここからはだいぶ遠いですが、べべリア聖国という国の外れにある小さな村で生まれました。とても優しい両親と、仲の良い親友と一緒に貧乏ながら楽しく暮らしていましたね」
「その人たちは……」
「もう居ませんよ。遠い昔の話ですから」
夜空の向こうを見る様な目で、遠くを見るセシルさんに、悪い事を聞いてしまったかなと想ったが……そこまで気にしていないのか微笑みを浮かべたままだった。
そして、微笑んだまま言葉を続ける。
「昔は、それこそ泣いて泣いて。体中の水分が全て無くなってしまうくらいに泣いた物ですが……今はただ、あの時あった思い出を抱きしめているだけですよ。幸せだった日々は消えませんし。こうして思い出すだけで、彼らはここに存在している。そう思える様になりましたから」
「……なるほど」
セシルさんに今までどれだけの出会いと別れがあったのか、それは分からないが、ここまでの気持ちにたどり着くまでどれだけの時間が必要だったのだろうか。
それこそ遠い、あまりにも遠い時間が必要だったのだろうな、と思う。
「だから。あまり気にしないで下さい。年齢は少し気になってしまいますが……。それ以外のコトであれば何でも答えますよ」
「あ、はい……その件は申し訳なく」
「いえいえ。怒ってませんよ。少しも、ね」
怒ってるなぁ。
かなり怒っている。
が、それを指摘してもさらに怒りが増えるだけなので、俺は大人しく、そうですねと頷いておくのだった。
そして、セシルさんの許しも出た事で、俺は本命の質問をしてみる事にした。
「セシルさんはヴェルクモント王国という国を知っていますか?」
「……えぇ。よく知っていますよ」
「その国にですね……秘密の書庫という場所がありまして」
「はい。リヴィから私に向けられた日記があるんですよね?」
「っ! ご存じでしたか」
「はい。以前。ミラさんという方に教えていただきました。あの方の想いが、今も暗い書庫の中で眠っていると」
「そうでしたか」
ならば、俺から言うコトは何もない。
セシルさんは既にあの日記の事は知っている訳だし。
「……でも」
「でも?」
「今は、まだ……勇気が出ないのですが。いつか、勇気が出たら、一緒に行って下さいませんか? その場所へ」
「はい。俺でよければ、付き合いますよ」
「……ありがとうございます。やっぱり亮さんは優しいですね」
「そう思って下さると、嬉しいですよ」
俺はありがたさを感じながらも、ホッと空に向かって息を吐いた。
一つ目の用事は無事に終わった。
そして、流れるままに二つ目の質問をセシルさんに向けてゆく。
「それと、あともう一個あるのですが……質問、というか。お願い事が」
「はい。何でも大丈夫ですよ。百合さんとの関係での悩み事ですか? もしくは桜さんの?」
ワクワクとした顔を向けてきたセシルさんに、半ば呆れながら俺は言葉を続けた。
「ヤマトの事です」
「ヤマトの、こと?」
「はい。実はですね。世界国家連合議会の人から、ヤマトにも参加して欲しいという願いを預かってきてます」
「あら……それは困りましたね」
「……困る様な話だったんですね。持ってきて申し訳ないです」
「いえいえ! 亮さんは何も悪くないですよ。ただ、ヤマトという国のつくりを考えると難しいなぁ。という話です」
「ヤマトという国のつくり?」
俺はセシルさんの言葉に首を傾げながら考えた。
色々と特殊な国ではあるが、国の成り立ちとかでおかしな所があっただろうかと。
いや、よく分からんな。
「うーん。外から来た亮さんには難しい話ですよね」
「申し訳ないです」
「いえ。ですが、ただお断りするのも申し訳ないので、イチからご説明させていただきますね」
「お願いします」
かくして、俺はセシルさんからヤマトという国の話を聞く事となった。