プルプルと震えながら勇気を振り絞った百合ちゃんであったが、その姿はあまりにも不安を誘う物であった。
「リリィ……いや、百合か。あまり無理はするな。雷蔵も、無茶を言うでない」
「これは申し訳ない」
「いえ! その無理! は、してないです!」
「どう見ても無理しとるじゃろ」
楓ちゃんが呆れた様な声を出しながら告げた言葉に、百合ちゃんはビクッと震えた。
それは恐怖というよりも、図星を言い当てられてしまったかの様で。
百合ちゃんは何とか状況を好転させようと言葉を尽くす。
「いえ。その、ですね! 怖い! ですし! 無理もしているんですけど!」
「……」
「それでも、私は……戦いたいんです」
「何故じゃ。別にお主は亮達の様な戦闘好きでは無いじゃろう」
ん?
何か今、しれっと酷い扱いを受けた様な気がするんだけど。
うん?
「それは、確かにそうですね。私は亮さんみたいな戦い好きでは無いです。でも、それでも、逃げてばかりの人生で、逃げちゃいけない事があるのも分かっているので! 今がその一つなんだと思っているんです!」
「ふむ」
「姫様」
「なんじゃ? 雷蔵」
「相手をするのは宗介と和葉です。無茶はしないでしょう」
「ふむ……そうか。そうじゃな」
「姫巫女様!」
「百合。無茶はしてくれるなよ? お主も、わらわのよき友なのだからな」
「はい!」
楓ちゃんの言葉に百合ちゃんは大きく頷いて、俺たちはいよいよ四階へと上がる事になった。
しかし、そんな俺の腕をモモちゃんが引っ張る。
「リョウさん。リョウさん」
「うん? どうしたの?」
「私は?」
「え? 変わらず楓ちゃんの護衛だけど」
「えぇー!? 私達ここまで何もしてないじゃない!」
「いやいや。凄いしてるよ。凄い助かってる」
「嘘ばっかり!」
「嘘じゃないって。俺も雷蔵さんもさ。戦う時は楓ちゃんの事まで気にしてる余裕が無いから、そこをモモちゃんたちに見ててもらえると凄い助かるんだ。戦いに集中できるから」
「うーん」
「それともモモちゃんは誰かを護る戦いは、嫌い?」
「そうじゃないけど! いや、戦って無いじゃない!」
「戦ってるよ。向こうだって、追い詰められたら卑怯な事は色々出来るだろうし。それをモモちゃん達がいる事で食い止めているのなら、それこそが戦いじゃない?」
「うー」
「まぁ、それでも気に入らないっていう話ならさ。百合ちゃんを援護してくれると嬉しいかな。俺は百合ちゃんの事を見ている余裕はないから」
「……そんなに危ないの?」
「うん。正直ね。生きて帰ることが出来るか微妙ってくらいだ」
「……」
モモちゃんは酷く不安そうな顔で俺を見据えた。
しかし、ここでやめる事も出来ないし。
楓ちゃんの気持ちを考えるのであれば、出来る限りの平穏な解決をするべきだと思う。
「モモちゃん」
「何よ」
「イザとなったら私が何とかするから。どれだけギリギリでも、必ず助けるから」
「そうですね。そういう事であれば私も、その様にしましょう」
「セシルさんまで……!」
「だから、私たちは無事を祈りつつ、送り出してあげましょう。それが彼ら戦士に最も必要な事です」
「うぅ……」
「大丈夫だよ。モモちゃん。ギリギリかもしれないけど。必ず生きて帰るからさ」
「っ! 必ず、だよ! 必ず!」
「あぁ。大丈夫だよ。俺には秘密兵器もあるからね」
俺は懐に手を当てながら笑う。
そして、不安に瞳を揺らしながらもモモちゃんは納得してくれ、手を放してくれた。
そんなモモちゃんに感謝しながらも、俺は納刀した神刀を持ちながら階段の上を見据える。
おそらく時道さんは最上階だろう。
「亮」
「はい」
「上の階に行ったらそのまま走り抜けろ。おそらく宗介と和葉が足止めに来るだろうが、無視して進め」
「分かりました」
「……」
「……? どうしました?」
「いや、恐怖心とかはねぇのか? と思ってな」
「ありますよ。ですが、それ以上に雷蔵さんと百合ちゃんを信頼しているので」
「ケッ」
「亮さん……!」
「雷蔵。信頼には応えなくてはな」
「分かってます。こいつには傷一つ付けずに送り出しますよ」
「助かります」
「お前の為じゃない。姫様の為だ。それを忘れるな」
「分かってますよ」
俺は雷蔵さんの言葉に頷いて応え、上の階へ向かう階段を上り始めた。
まだ神刀は抜かない。
今はただ、走るだけだ。
そして、四階に足を踏み入れた瞬間、俺は廊下の先にある上の階へ続く階段へ向けて一気に走り出した。
瞬間。
両サイドにあった襖を破って刃が俺に襲い掛かった。
しかし、その刃は雷蔵さんと百合ちゃんによって止められる。
「おいおい! 不意打ちか!? 侍の道はどうしたァ! 宗介!」
「これ以上先に行かせるワケにはいかないからな。強引に止めようとしただけさ。それに……どうせお前が止めると思ったからな!」
「正解だよ! 宗介!」
「あなた! 雷蔵君のお友達!?」
「いえ! 私は亮さんの仲間です! 亮さんには傷ひとつ付けさせません!」
「亮さんって……! あの子……前にも、どこかで!」
「やぁー!」
「っ!」
後ろで百合ちゃんと雷蔵さんが二人の侍を足止めしてくれているのを感じながら、俺は階段へと飛び込んだ。
そして、階段を駆け上がり、最上階にある……楓ちゃんの部屋に駆けこんだ。
「っ!」
「思っていたよりも早かったな」
「時道さん」
「まさか、宗介と和葉がこれほど早く敗北するとは思わなかったが」
「お二人なら、雷蔵さんと百合ちゃんが俺を通す為に足止めをしてくれました」
「なるほど。雷蔵が自分以外の者に命運を託すとはな……面白い事もあるものだ」
時道さんは余裕を持ちながら、畳の上に置いてあった神刀を二本手に取って緩やかに立ち上がると、俺の方を見て笑った。
視線を縁側の外へと向けながら。
「姫様の部屋を汚したくはない。戦うのであれば上に行こう」
「そうですね」
時道さんは無防備に背を晒したまま早く歩くでもなく、普通のペースで縁側まで向かい、縁側の端にあった上に上がる為の梯子を登ってゆく。
そして、フソウの城の屋根の上にあがり、そのまま奥へと歩いていくのだった。
おそらくはここで決闘しようという事だと思うので、俺は梯子から上がってすぐの所で立ち止まり、正面にある時道さんを見据えた。
しかし、時道さんはすぐに戦うつもりがないらしく、俺の方を見たまま静かに立っている。
「戦う前にいくつか話がしたいのだが、良いだろうか?」
「はい。構いませんよ」
「まず……どうして俺を攻撃しなかった?」
「どうしてって……あぁ、ここに来るまでの間って事ですか?」
「そうだ」
「理由がありません」
「しかし、君は俺に二度敗れているだろう? まさかこの短時間の間に、俺を超える手段を手に入れたのか?」
「そういう事はありませんよ。俺は俺のままです。何も変わらない」
「ならば、何故……」
「だって、時道さんは正々堂々の勝負がしたいんでしょう?」
「……!」
「格上だとか格下だとか関係なくて、ただ、戦士と戦士が出会ったならば、そこに余計な邪魔は必要ない。ただ己の力をぶつけ合う事こそが正しい事。そうでしょう?」
時道さんはかなり驚いた様に目を見開いていた。
そこまで驚くような話でも無いと思うんだけどな。
「だから瞬さんと何の邪魔も入らない状態で決闘がしたいし。不意打ちの様な形で斬った俺の事も見逃した。傷が完全に癒えるまで。違いますか?」
「合っているよ。亮。お前の様な男がヤマトの上に立ってくれれば……と思ってしまうな」
「申し訳ないですが、俺にはこの国以上に守らなきゃいけない人が居るんです」
「……ふっ、やはりよく似ているな。瞬と」
「それは光栄ですね」
「あぁ。そうだろう。だから、全力でお前の相手をすると約束しよう。それがお前の望みであるだろうからな!」
そして、時道さんは全身に覇気をまとって、笑った。
俺も緊張の汗を流しながら、神刀に手をかけるのだった。
最後の戦いが、始まる。