フソウの城の屋根の上で、俺たちは互いを見合い、距離を取ったまま言葉を交わしていた。
しかし、話も終わり、時道さんは全身に覇気をまとい始めた為、遂に戦いが始まるかと俺は気合を入れる。
だが、時道さんはアッと思い出したかの様に覇気を霧散させると俺を見せて口を開いた。
そんな時道さんに敵意は感じず、ただ純粋に会話を求めている様に見えた。
「あぁと、すまない。思い出した。実はな。亮と話す機会があれば聞いてみたい事があったのだ」
「なんでも」
「それはありがたいな」
時道さんはフッと笑いながら、軽やかな様子で一つの質問を投げかけてきた。
俺も戦場だというのに気負うことなく答える。
「亮は今回の俺の行動について、どう思う?」
「個人的には良くないと思っていますね」
「ほぅ。具体的に何が駄目だという話はあるのか?」
「うーん。具体的に。ですか……やはり楓ちゃんとセシルさんを巻き込んだことじゃないですか?」
「まぁ、亮からすれば、そうか。しかし必要なことだったのだ」
「瞬さんを呼び寄せる為に?」
「……全てお見通しだな。そう。その通りだ。俺は瞬と戦う為に今回の事件を起こした」
「ですが、そのために楓ちゃんを巻き込むのは許せないですね」
「そうだな。冷静にそう言われてしまえば、その通りだ。としか言えないだろう。すまなかったな。姫巫女様達にも謝っておいてもらいたい」
時道さんはイマイチ感情の読めない姿のまま素直に謝罪した。
そして、静かな笑みを浮かべたまま、俺を真っすぐに見据える。
「そう。そうだな。考えてみれば、姫巫女様を傷つけた所で、瞬は俺と決闘などしないだろう。俺を暗殺する事はあってもな」
「……」
「だから、そう考えればこうするのが最良の選択肢であったと思う」
「こうする、というのは?」
「お前と一対一で決闘し、殺すことだ」
「なるほど」
「驚かないんだな」
「まぁ、可能性の一つとしてはありましたから。俺が瞬さんと知り合いだと告げた時の様子から考えても。俺も瞬さんとはそれなりに仲が良いと自負していますし」
「まったく。本当に優秀な男だ。実に惜しい。このままヤマトの十二刀衆の一人になって欲しいくらいだ。しかし、俺は今、自分の欲に正直でね……やはりお前を殺すしかないと考えている」
「でしょうね」
俺は諦めの様な溜息を零して、神刀に手を掛けた。
そして、正面で時道さんが神刀を抜くのを見る。
「長く、話過ぎたな。……では、そろそろやろうか」
「えぇ」
時道さんは笑みを浮かべたまま腰の神刀を抜き、両手で静かに構えた。
その構えは非常に静かで、すぐに例の技を放つつもりは無いのだという事がよく分かる。
防御不能の大技を放つのに、何の準備もなく放てるという事は無いだろうと思うからだ。
既に二度あの技を見ているが、やはりどちらも溜めは必要であった。
しかし、油断は出来ないかと俺は懐に入れていた魔導具のスイッチを押す。
電源自体は随分と前から入れていたが、これで向こうから任意のタイミングで動ける様になる。
後は向こうにうまい事やって貰おう。
随分と他人任せな作戦であるが、俺一人でどうこうして良い問題でも無いし。
あの人の願いでもある。
だが……まぁ、それはヤマトの事件に関する話である。
生きるか死ぬか。分からない決闘に挑んでいる俺としては、ただヤマトの事件を解決する為だけに使われるというのも嫌なので。
『その時』まで、決闘を十分に満喫させて貰いたいと思う。
こんな機会は滅多に無いのだ。時道さんの様な強者と決闘出来る様な時は。
俺は両手で神刀を強く握りしめながら笑う。
「……良い覇気だ。空気が震えている」
「時道さんほどじゃないですよ」
「どうかな……俺と亮の差など、年齢による経験の違い程度でしかない。むしろ年齢の差を考えればお前の方が才能は多いだろう」
「そう言われると嬉しいですがね」
「だから……万が一はあるだろう。万に一つの可能性でしかないが、お前の才能がさらに強くその力を示せば……生き残る。いや俺に勝てるかもしれん」
「そうですね……! 俺もその万に一つという可能性に掛けて来ました」
「そうか……やはり、そうだな。お前が似ていたのは……瞬ではなく俺か。例え相手がどれほど巨大な壁であっても、挑まずには居られない。その命が燃え尽きるとしても」
「えぇ」
「では、似た者同士。どちらが最後まで立っていられるか。楽しみだな」
「そう、ですね!」
俺は最後の言葉と共に足場を蹴り、屋根の瓦を滑るように走ってゆく。
時道さんは特に動かないまま俺の動きをジッと観察していた。
このまま飛び込んでも良いが、動きが目で追われている以上、飛び込んでも返り討ちにあうだけだろう。
ならば!
と、俺は瓦を強く踏みしめ、踏み砕いて右から左へと跳んだ、
そして、高速で飛び込んだ左側でも瓦を踏み砕き、さらに加速する。
左、右、だけでなく前後左右も併せて動きを不規則に……そして、さらに加速していった。
「なるほど。それほど多くは無い斬り合いだったが、俺があまり速くない事に気づいたか。面白いな」
時道さんは冷静に俺の行動を飲み込んで、目で追うのは止め、静かに目を閉じた。
そして、神刀を構えたまま動かなくなる。
「……いつでも来い」
俺はその言葉を聞いて、足を強く踏み込み、真っすぐに時道さんへと跳んだ。
その音か、気配か分からないが、時道さんは俺の動きに反応してグッと足に力を入れたのが分かった。
そして……静かに神刀を振り上げて……!
「っ! 神……!」
俺は時道さんの目前で無理矢理方向転換をして左に跳んだ。
そして、振り下ろされる時道さんの神刀を見ながら左足で体を無理矢理止めて俺の神刀を構える。
「凪!!」
「そこだ!!」
俺は瓦の屋根が破壊されてゆく光景を見ながらその破壊されてゆく残骸の中で神刀を時道さんに向かって振るう。
不安定な足場の中、時道さんは神刀を振り下ろした状態であるから、俺の一撃は止められない。
そう思っていた。
思っていたのだが、ふと時道さんの振り下ろしていた神刀を見れば、そこに時道さんの手は無くて……気が付けば時道さんの手はもう一つの神刀に伸びていた。
「甘いな」
「っ! まさか!」
時道さんは、まるで瞬さんの様に居合の構えをして神速に限りなく近い速度で神刀を抜こうとしていた。
俺は咄嗟に攻撃から防御に転じて神刀を俺の前に構える。
「神風!」
「うっ!」
そして、放たれた一撃は……以前受けた技とは違い、そこまで重い一撃では無かったが、春の風のように俺の体を通り抜けて……全身を浅く切り裂いた。
俺はその一撃に膝を付きそうになったが、瓦を蹴りつけて、遠くへと飛び距離を取る。
「やはり、まだまだだな。瞬には程遠い」
「なるほど……二刀で切り替える。流石ですね。まさかそんな事まで出来るとは」
「まぁ、せっかく二刀持っているのだから、使えた方が便利だろう?」
「それはそうですね」
「それに……素早い奴を捉えるならばこういう戦い方も有効だ」
やや自慢げに笑う時道さんに、俺は冷や汗を少し流しながらゴクリと唾を飲み込んだ。
やはり……分かってはいた事であるが、時道さんは強い。
このまま戦っても少しずつダメージを重ねて、いつか致命的な一撃を受けてしまう事だろう。
それは避けなくてはいけない。
しかし、どうする?
どうすればあの鉄壁を超えられるのか。
俺は答えが出せないままただ時道さんの動きを静かに観察するのだった。
どうにかして、俺だけの力で時道さんを突破する為に。
あの険しすぎる崖を乗り越えるために。
「……でも、面白くはなってきたな」