肌の上を血が流れてゆく感覚を覚えながら、俺はジッと時道さんを観察していた。
が、特に得られるものはない。
何故なら時道さんは俺を静かに見据えて、一切動いていないからだ。
当然と言えば、当然の話である。
時道さんはただ、今日と言う日まで鍛え上げた技を振るっているだけなのだから。
そこにある物が全てだからだ。
無論、まだ見せていない技もあるだろうが、別に隠しているという訳では無いだろう。
俺がただ、その技を見せるだけの領域に居ないからだ。
何ら特別ではない技でも迎撃出来る。
ただそれだけの話である。
「まったく、呆れるほどどうしようもありませんね」
「そう言われると自信になるな」
「まさか! それだけの強さを持っていて、自信が無いのですか?」
「あぁ。俺の前には常に俺を超えてゆく天才が居るからな。自信など得られる筈もない」
「たまには後ろを振り向く事もオススメしますよ」
「ふっ……では聞くが、お前は振り向くのか? 後ろを」
「いえ」
「では説得力がないな。やはり我らは侍として……戦いに生きる者として。ただ前を見て、上を目指し生きてゆくだけの生き物だろう!」
「それは……そうですね。確かに、その通りだ」
「だからこそ、俺がお前に投げる言葉など一つだけだ」
「……」
「この先へ行きたいのであれば……! 超えてゆけ!」
「そうですね! えぇ、その通りですよ!!」
俺はグダグダと考えるのを止めた。
そうだ。
今の俺はどうやっても時道さんを超えられないのだ。
まだ足りない。
力も、速度も、技も、何もかも!
だから、挑む事しか今の俺に出来ることは無いだろう。
死地を超えた先にある何かを掴むためにも!
「いきます!」
「……来い!」
俺はこざかしい事などは一切せずに、ただ前へと走った。
自分で制御できる程度の速さで時道さんへと迫る。
そして俺と時道さんの距離がちょうど互いの神刀を合わせたくらいの距離になった時、時道さんから覇気が溢れ、例の技が放たれた。
「神凪!!」
もはや見飽きるくらいに見せて貰った技だ。
これが今の俺では防御出来ない技であることは知っている。
だから前にやった時と同じ様に左へとかわした。
しかし……。
「それでは同じことの繰り返しだな!」
「っ!」
時道さんは俺の動きを予測して、既に技を放った後の神刀を手放しており、腰に差したもう一方の神刀に手をかけていた。
神速に限りなく近い速さで抜かれれば、何とか防げたとしても、神刀の力で俺の体は切り裂かれる。
ならば!
「っ!」
「なに……!?」
俺はさらに加速して時道さんの背後へと移動した。
時道さんの居合は確かに防ぐことが出来ないが、ならば、その有効範囲外に行けば良いという話である。
侍同士の決闘で背後に回るなんていうのは卑劣な行為かもしれないが。
腕が足りない方が正々堂々と、なんて言っていてはこの場で勝つことは出来ない。
今から修行をして力を足す等と言う事は出来ないのだ。
だからこそ、俺はとにかく勝ちを目指して走る。
そして、そんな俺に時道さんは焦りを見せながら、居合の構えを解いてそのまま神刀を抜いた。
俺からの攻撃を防ぐために。
しかし、だ。
俺は時道さんの背後で攻撃する気など無かったのだ。
足を背後に向けつつも、途中で止まり、振り返ろうとしている時道さんの正面で神刀を真っすぐに構える。
俺の動きに気づいた時道さんが既に抜いている神刀を構えるのを待って、真っすぐに飛び込んだ。
そして、鍔迫り合いへと移行する。
「な、っ、どういう事だ!?」
「どういう、とは?」
「あのまま背後に回っていれば、俺は不利な体勢でお前の攻撃を受ける事になった!」
「えぇ、そうでしょうね」
「だが……!」
「別にそこまで深い理由は無いですよ」
「……!?」
「ただ、そう! 侍が、背後から敵を斬るワケにいかんでしょう!」
叫びながら改めて思う。
考えながら、気持ちで叫ぶ。
そう。別に何か考えがあってこうしたワケでは無いのだ。
ただ、卑怯な手段で勝っても嬉しくないから。
あくまでフェイントはフェイントとしてしか使わず、戦いは常に相手が対応できる場所から。
そうでなくては勝ったとしても誇れない。
「俺は、我儘なんです」
「……」
「勝ちたいと願っていても、勝つ手段にこだわってしまう! 卑劣な事を手段として使えても! それが直接的な勝ちの原因に繋がるのは嫌だ! あくまで正面から勝ちにいきたいんですよ!」
「……その為に、ヤマトの反乱を終わらせる手段を失ってもか」
「そっちはそっちで別に探すので! お構いなく!」
「……なんという。なんというバカな男だ」
「よく言われます!」
「そうか……そうだな。だが、嫌いではないよ。お前の様な男は」
時道さんはグッと俺の神刀を押し込んで、体勢を崩させると強く突き放した。
そして、左側に落ちていた神刀を足で蹴り上げて、十分に溜めを作ってから俺に、放つ。
「さようならだ……! 小峰亮! 神凪!!」
その一撃は、今までのどんな一撃よりも大きく、俺は投げ出された体勢のまま近くに落ちていた残骸を神刀の一撃で空に浮かばせ少しでも衝撃をやわらげようと神刀を前にかざした。
だが、その程度で防げるはずもなく、俺は以前に受けた傷と同等以上のダメージを受けて屋根の上に落ちるのだった。
もはや指の一本も動かす事は出来ない。
このまま何も無ければ俺は死ぬだろう。
「……少し残念だな。しかし……」
しかし。
まだ終わりじゃない。
このヤマトを巻き込んだ事件は、まだまだ終わりじゃない。
俺の敗北は、全て予定通りだ。
「しかし、なんだ? 時道」
「っ!? その声は!」
「天斬り!」
「……! ばかな!」
「神凪は連発出来ない事が唯一の弱点だ。亮の持つ神刀の上から攻撃する為には生半可な一撃では届かない。だから、お前は全力で放った。そして、これがその結果だ」
俺は霞んでゆく視界の中で、懐に入れておいた通信機から転移してきた瞬さんが、技を放って無防備になっていた時道さんを斬るのを目撃した。
ボタボタと血を流しながら、時道さんは瓦の上に膝を付く。
「な、なぜ……どうして」
「どうして? 何を俺に問うている」
「……くっ!」
「俺が現れた理由か? それならば、亮の作戦だ。元より亮は隙を作って俺を呼び出す予定だったんだよ。もう少し早く呼んでも良かったとは思うがな」
「……俺は、お前との決着を」
「決着ならば、もう着いている! お前の勝ちだ! ヤマトはお前に託した! だというのに! なんだ、これは! なんだこのザマは!!」
瞬さんが見た事もない程に怒っている。
通信機ではそこまで分からなかったが、どうやらこの状況に瞬さんは相当な怒りを感じているらしい。
「俺は、あの戦いで納得など出来なかった!」
「だからなんだ。それが姫巫女様を巻き込んだ言い訳か!? 時道!」
「っ!」
「なめるなよ。時道。俺はお前に言われればいくらでも本気でやってやる。殺す気で来いというのなら、殺す気でゆく」
「あぁ……」
「だから、二度とこんな事はするな。俺はお前にヤマトを……姫巫女様を託したいんだ」
「……すまなかったな。瞬」
そして、瞬さんはもはや目で追う事も出来ない神速の一撃を時道さんに放ち……時道さんは屋根の上に倒れた。
俺はそれを見届けて、ゆっくりと目を閉じるのだった。
「……そろそろ良いですかね? って、きゃー! どうなっているんですか! 皆さん倒れているでは無いですか!」
「その様だな」
「その様だな。では無いですよ! すぐに治癒を! てーい! 癒しの魔術!」
それから俺は騒がしい子供の声と共に、落ちてきた優しい水の様な感覚に身を委ねた。
色々とあったが、ヤマトの反乱は即時解決した様であった。
めでたし。めでたし。という奴だ。