新人歓迎会とでもいう様な飲み会から数日が経ち、いよいよ桜が食堂で働く事になった。
俺はひとまず食堂に行き、桜の活躍を見ていた。
桜に近づく奴、桜に色目を使う奴、桜に近づこうとする奴の首元に刀を置き……
フィオナちゃんに怒られていた。
「リョウさん!」
「はい」
「お仕事の邪魔です」
「はい」
「サクラちゃんはリョウさんが思っている様な何も出来ない子供ではありません」
「おっしゃる通りです」
「だいたいリョウさんは、サクラちゃんが食堂で働き始めたら他の冒険者さんと仕事をするんじゃなかったんですか?」
「ま、まぁ。それはおいおいね」
「……」
「もう少し桜を見守ってからでも……」
「リョウさん!」
フィオナちゃんは俺に怒鳴りつけると、その勢いのまま食堂を飛び出して冒険者組合の受付の方へと向かって行った。
そして、オリビアさんを連れてくると、俺を指さし何やら色々言っている。
「という訳なので!」
「ふふ。そういう事情でしたら分かりました。ちょうど良い依頼がありますので、そちらをお願いしましょう」
「よろしくお願いします!」
それから俺はオリビアさんに連れられて、食堂とは別の廊下を進み、一つの会議室へと放り込まれるのだった。
こうなっては仕方ないと俺は会議室に用意された椅子に大人しく座っていたのだが、そこに数人の男女が入って来る。
「ん? なんだ。大型新人じゃないか。どうしたんだ? ここで」
「オリビアさんにここで待っている様に言われまして」
「そうなのか」
「君も呼ばれるなんて、どんな依頼なんだろうね」
彼らの言葉に首を傾げていると、全てを知っているであろうオリビアさんが部屋に入ってきて、ニコリと笑いながら一つの紙をテーブルの上に置いた。
「レッドホークの皆さん。そして、リョウさん。お集まりいただきありがとうございます」
「いえ」
「はい!」
「皆さんに今回依頼させていただくのは、『森の定期調査』となります」
「あぁー。もうそんな時期ですもんね」
「今回も頑張ります!」
何やら気合を入れているレッドホークの皆さんを見ながら、俺はそれとなく依頼書を見ていたのだが、どうやらオリビアさんがちゃんと話をしてくれるらしい。
「今回は定期調査の依頼が初めてのリョウさんもいらっしゃいますので、しっかりと説明させていただきますね」
「お願いします」
俺の言葉にオリビアさんはニコリと微笑み、ゆっくりと説明を始めた。
「私たちが住まうセオストは森に隣接した場所に存在する都市です」
「ですから定期的に森の状態を確認する必要があります」
「この森の状態というのは、現在どの様な魔物が多く存在しているのか。また、何か森で異常が発生していないかを確かめるものになります」
「こちらの情報を集めていただく事により、私たち冒険者組合も上手く依頼を出す事が出来ますので、非常に重要な依頼となります」
「ここまでで何かご質問はございますか?」
オリビアさんの話に頷きながら、俺は一つの疑問が浮かび、それを口にする。
「申し訳ございません。オリビアさん。この依頼なのですが、もしかしてかなりの時間が掛かるのではないですか?」
「……どうやら質問は無いようですね?」
「あのー!? オリビアさんー!?」
「あー、新人君」
「リョウです」
「あ、これは失礼。リョウ君。残念ですが、この依頼は5日ほど最低でも掛かります」
「分かりました。ではお断りさせていただき……」
「非常に残念ですが、リョウさんの参加は既に決まっているお話です」
「俺は受けてませんが!?」
「サクラさんから、お兄ちゃんをお願いしますと、言われております」
「……っ!!?」
俺はテーブルに両手を付けながら頭を落とした。
ゴンと額がテーブルとぶつかる音をさせながら、俺は悲しみに沈む。
「ま、まぁ。そんなに悲しむなよ。ホワイトリリィとならまた組む事も出来るだろうぜ」
「違います」
「え?」
「桜は俺の大切な、大切な! 妹なんです!!」
「お、おぅ」
「桜は一人では……!」
「サクラさんから、お兄ちゃんをお願いしますと言われております」
「桜は……!」
「サクラさんから! お兄ちゃんをお願いしますと言われております」
「……」
「言われております」
結局俺はそれ以上何も言えず、大人しく依頼で森へ向かう事になったのである。
「ま、まぁ。そう落ち込むなよ」
「そうよ! 妹さんも自立したくなったんじゃないかしら? ほら、そういう時期ってあるでしょう?」
「そうだなぁ。ウチの妹もある日突然恋人を連れてきてなぁ」
「ちょっと! ディール!」
「あ」
俺は絶望的な言葉を聞き、胸の苦しさに吐きそうになった。
桜が?
突然恋人を連れて来て?
「うわぁぁあああ!! 戻らなくては!! 食堂に! 行かねば!!」
「落ち着け! まだ妹さんはそんな年じゃないだろう!」
「それは、確かにそうですが……」
「そうだろう? まだ大丈夫だ。まだお兄ちゃんが一番好きな頃さ」
「そうそう」
「そうですよね」
俺は一定の落ち着きを取り戻し、大きく深呼吸をして真剣に依頼と向き合う事にした。
「どうやら落ち着いたようだな。ではこれからの事を話させて貰うぞ」
「はい」
「まず、基本的な調査に関しては俺達がメインで行おうと思っている」
「なるほど」
「そこで、君に任せたいのは俺達の護衛だ。俺達はCランクのパーティーで、それなりに戦闘には自信があるが、あまり場を荒らしたくは無いんだ」
「調査ですからね」
「そういう事だ。だから君に任せたいのは、あの宴会でみせた様な技なんだよ」
「分かりました。そういう事でしたら、お任せください」
「頼もしいな」
「まだそれくらいの事しか出来ませんからね。出来る事はしっかりとやりますよ」
俺は刀を持ちながら、そうレッドホークのリーダーさんに告げ、笑うのだった。
それからは地味な仕事の連続で……。
俺達は以前ホワイトリリィと森へ行った時とは違い、慎重に一歩一歩先を確認しながら進み、魔物とは戦闘を避けて、奥へ奥へと進んでゆくのだった。
俺の仕事はたまに現れる魔物を音を出さない様にしながら処理し、危険な魔物の注意を引く為に餌として放り投げることくらいだ。
「しかし、良いんですか?」
「何がだ?」
「いえ。以前魔物の死骸を魔物が食べる事で脅威度が増すという話を聞いたのですが」
「あぁ。その件か。なら問題ない。どうせあぁいう大型の魔物は森の魔物を食べるし」
「……」
「大型の魔物も、ある時命を落として小型の魔物に喰われていくからな。そこまで大きな問題にはならないさ」
「なるほど」
「ただ、まぁ。俺ら冒険者が魔物を乱獲して、その死骸を放置したら森もおかしくなるかもしれないからな。そこは注意が必要ってわけだ」
「分かりました」
俺は頷きながら背後から気配を殺して近づいてきた蛇を斬り、それを仕留めて、リーダーに死骸を投げる。
「次の奴です。使ってください」
「あ、あぁ……」
「どうしました?」
「いや、本当に強いなと思ってな」
「ありがとうございます」
俺はとりあえず笑いながら、周囲に意識を向け、静かにチームの最後尾についてゆくのだった。
頭の中では、あの時戦ったエドワルド・エルネストさんの事を思い出しながら、少しでもあの人に近づくべく、意識を集中させる。
どれだけ鋭く、どれだけ強くあれば、あの頂きに届くだろうか。
どれだけ。
後、どれだけ……。
「鬼気迫るというのはこの事か」
リーダーの声を流しながら、俺はただ森に集中するのだった。