深い、深い、眠りの夜を超えて、俺は朝日と共に目を覚ました。
しかし、体を起こそうとすると胸の辺りから腹部にかけて激しい熱が生まれ、それが体を鈍らせる。
この熱は何だろうかと自分の体を見れば、包帯が赤黒く染まっていた。
「あぁ……そうか。時道さんとの戦いで斬られたんだっけか」
なんて他人事のように呟きながら俺は何とか体を起こそうとした。
ひとまずは上半身を起こして、それから立ち上がろうとする。
しかし、どうも体はいう事を聞かず、フラフラとしてしまうのだった。
「亮さん。まだ寝てますかー? って、何やってるんですか!?」
「え? あぁ、おはよう。百合ちゃん」
「おはよう。じゃないですよ! なに起き上がろうとしているんですか!」
「いや、ほら。ここ、楓ちゃんの部屋でしょ? いつまでも寝てると邪魔かなって」
「そんな事! 姫巫女様は気にしません! それに、この部屋で寝る様にと言ったのは姫巫女様なんです! 怪我が治るまで、ここにいなさいって!」
「そっか」
「ですから。亮さんはここで、怪我が治るまでゆっくりとお過ごしください」
「でも、ほら。ハグロの町でさ。祭りもやるじゃない? それも気になるよね」
「……むー」
「分かった。分かったよ。我儘は言わない」
俺はジト―っとした目を百合ちゃんに向けられ白旗を上げた。
そして、大人しく布団の中に入りふぅとため息を吐くのだった。
そんな俺をジッと百合ちゃんは見つめていて、奇妙な緊張感を覚えてしまう。
「えっと……? どうしたのかな」
「亮さんを見張っています」
「……なぜ?」
「目を離すと、また無茶をするような気がしましたので」
「そんな事ないって。ほら、ヤマトの反乱事件も終わったんだしさ。俺が無茶する理由は無いでしょ?」
「先ほど、何も無いのに無茶をしていたと思いますが」
「ちょっと運動でもしようかなと思っただけだから。無茶じゃないんだよ」
「どうやら、亮さんと私たちの間には無茶という言葉に大きな意味の違いがあるみたいですね」
「そういう事も無いと思うけど」
けど、だ。
ジッと睨む様に俺を見ていた百合ちゃんの目が、僅かに潤み始めた事で、俺は再び白旗をあげた。
泣かれてしまうのであれば、まぁ、俺が全面的に悪いと言えるだろう。
「ごめんよ。百合ちゃん。泣かないで」
「……別に、泣いてません」
「まぁ、そうだね。百合ちゃんがそう言うのなら、まぁ泣いてないか」
俺は目を伏せながら百合ちゃんの言葉を肯定した。
そして、ひとまず布団で寝続けるアピールをする為にも、このままの体勢で百合ちゃんに話しかける。
「百合ちゃん」
「……なんですか?」
「少し、話をしても大丈夫かな?」
「まぁ、無理をしなければ大丈夫だと思いますよ」
「そっか。じゃあ、あんまり無理しない様に話そうか」
「はい」
百合ちゃんからの許可も下りたという事で、俺は気になっていた事を聞く事にした。
俺が時道さんと戦っている間に下の階で起こっていた事を。
「百合ちゃんは怪我、しなかった?」
「はい。私は大丈夫です。怪我はありませんよ」
「そっか。百合ちゃんはやっぱり強いんだねぇ」
「いえ! 私が強かったという事ではなく、和葉さんが手加減をしてくれた事が大きかったので」
「そうなの?」
「はい。亮さんが上にあがってから、私と和葉さん。雷蔵さんと宗介さんが戦う事になったんですけど。お二人ともそこまで私達と戦うつもりは無かった様で、そこまで激しく攻めて来る事は無かったんです」
「なるほど……」
「雷蔵さんから伺った話では、お二人は時道さんの作戦で成すべきことは成せたから、後は義理で付き合っていただけだとか」
「あー。例の老人を排除するっていう奴か」
「おそらくは、そうですね」
ふむと百合ちゃんの話を聞きながら考える。
結局の所、時道さん達の最大の目的は達成されてしまったワケなんだよな。
ヤマトを管理していた重鎮の排除は、成功してしまった。
時道さん自身の瞬さんと戦いたいという願いは、あくまでおまけの様な物で、本来の目的はそっちだったってワケだ。
俺たちは、事件が終わってから後始末をしに来たというのが正しいのか。
というよりも、時道さん達も俺達……というよりは楓ちゃんやセシルさんに対してそこまで抵抗する気は無かったのだろう。
あくまで、この城に狙う対象が居るからこの城を襲っただけで、楓ちゃんたちを襲う理由は無かった。
あの日、楓ちゃん達の所へ押し入っていたのは、これから荒れる事になる城で傷つかない様に安全を確保するという目的だったのかもしれない。
俺たちが逃げてから追ってこなかったのも、楓ちゃんが安全であれば追う必要が無いから。
見張りが居たのは、楓ちゃんが傷ついていないか確認……というか護衛のつもりでもあったのだろう。
数だけはかなり居たようだし。
あまり強くない人たちを送っていたのは、雷蔵さんが居ればある程度はどうにかなるし。
雷蔵さんでもどうしようもない事態になったら、周りを囲んでいる侍達が壁になっている間に、本命を呼ぶ。
みたいな感じかな。
そう考えると徹頭徹尾、彼らの思惑通りに俺たちは動いていた事になるのか。
そこはあまり気に入らない所である。
「なんとも、って感じだなぁ」
「でも、姫巫女様たちも無事でしたし」
「それはそうなんだけど。多分最初から危険じゃなかっただろうからね。俺たちが居た意味はそんなに無さそうだね」
「うーん。そう言われると何とも難しいですが」
「何かこう、楓ちゃん達を振り回してしまった分。何か、俺たちにしか出来ない事をしたい気持ちだ」
「私達にしか出来ない事……ですか。難しいですね」
俺はうーんと考えて、ハッと思いついた。
そして、布団を跳ね飛ばし、飛び起きながら叫んだ。
「ハグロのお祭りはどうだろうか? いっ!」
「亮さん! 大人しく寝ている約束ですよ!」
「わるいわるい」
俺は痛む胸を押さえながら、再び横になり、跳ね飛ばした布団を再びかける。
そして、やや強めに体を押さえつける百合ちゃんに苦笑しながら、再び口を開くのだった。
「ちょっと興奮しちゃって」
「もう、気を付けて下さい!」
「分かってるって。今度は気を付けるよ。ってそうそう! それでさ! 祭りはどうだろう? ほら、お祭りには俺たちが集めてきた食料がいっぱいあるじゃない? 自然薯だってあるしさ。珍しい料理も作れるんじゃないかな」
「それは……確かにそうかもしれませんが。どうでしょうか?」
「分からないなら聞いてみよう。ちょっと聞いてくるよ」
「だから! 寝ててください! 姫巫女様に聞くなら私が聞いてきますから!」
「あ、っと、ごめんごめん」
「本当にもう! 今、お連れしますから! 寝ててくださいね!」
百合ちゃんはかなり怒りながら部屋を出て行った。
そして、出て行ってから少しして、襖をそっと開き、部屋の中を確認する。
俺は当然寝ていたため、百合ちゃんに怒られる事は無かったが……ここまで疑われていると悲しい物だ。
まぁ、自業自得な訳だけれども。
それから、しばし待ってから百合ちゃんは楓ちゃんとセシルさんを連れて戻ってくるのだった。
「話は聞いたぞ。亮」
「はい……!」
「別に気にせんでいいと思っておるんじゃが、祭りにには興味があるしな! わらわも参加しよう!」
「ありがとうございます」
「よいよい。むしろ良い機会であった。亮たちには迷惑をかけたからな。わらわが何かご馳走してやろう」
「それは嬉しいですね。では、楓ちゃんのお小遣いの範囲で……」
「何を言っておる」
「え? 祭りの屋台で何かを買うという事では?」
「違う違う。わらわが何か作ってやろうというのだ。料理には興味があったしな」
「え」
「えぇぇええええ!?」
俺は楓ちゃんの衝撃発言に、思わず叫び声をあげてしまうのだった。