フンフンフンと楽しそうに鼻歌を歌っている楓ちゃんを見ながら、俺はやってしまったなぁと頭を抱えていた。
まさか楓ちゃんがお祭りの……開催側に興味があるとは思わなかった。
「どうじゃ? セシル様。似合うかの?」
「えぇ。よく似合ってますよ」
「そうかそうか。ふふふ。母様もよくこうやっておったのぅ」
非情に上機嫌な楓ちゃんは、花柄のエプロンを付けながら嬉しそうにクルリと回る。
とても可愛らしい姿であるが、俺の心にある感情は心配が100であった。
料理は危険だ。
まだ楓ちゃんも小さいんだし、あんまり危険な事はしない方が良いんじゃないか。
そんな心配が次から次へと雪の様に降り積もる。
「少しは落ち着きなさいよ」
「そうは言ってもね」
「別に料理をしてて突然死ぬ。って事も無いんだしさ」
「でも、怪我するかもしれないじゃないか」
「そのために、リンもセシルさんも一緒に居るんでしょ?」
それはそうだけど。そうだけども、だ。
だから安心できる。何もかも問題なし。とはならないだろう。
それに、だ。
「でも、心配なんだよ。それに心配してるのは俺だけじゃないでしょ?」
「まぁ、そうね」
俺たちが居るフソウの城の食堂からモモちゃんは後ろに広がる廊下へと視線を移して、呆れた様な声を上げた。
老化には人が通る隙間が無い程に埋め尽くされた人、人、人。
もはや息苦しいのではないかと思う程に詰め込まれた人の群れであった。
「では! まずは何をやれば良いかの! 百合! 教えてくれ!」
「は、はい。では最初に包丁でお野菜を切りましょうか」
「ほう!」
「なに!? 野菜を切るだと!?」
「包丁を使うと言っていたぞ!」
「危ないのではないか?」
「もし姫様が傷ついたらどうするつもりなのだ」
百合ちゃんと楓ちゃんのやり取りに、廊下に詰められた侍たちがザワザワと騒ぐ。
それを横目で見て、百合ちゃんは非常に複雑な顔をした。
「……あー」
「気にせんでくれ。百合。外のは雑音じゃ」
「しかし……まぁ、確かにいきなり刃物は危険だったかもしれませんね。難易度が高いですし」
「そうか? しかしな」
「で、では! そうです! まずは『ゆでたまご』を作りましょう! 料理も基本から! 料理の基本は『ゆでたまご』だと伝統的に決まっています」
「そうなのか?」
「えぇ。楓ちゃんは初心者ですからね。最初は『ゆでたまご』からやりましょう。包丁も使いませんし。安全です」
「そうか。まぁ良いじゃろう。では『ゆでたまご』に挑戦じゃ!」
これは酷い。
外部からの圧力によって料理が変更されてしまった。
しかし、まぁ刃物は危険だからな。しょうがない所もあるとは思う。
「えー。ではですね。まずは卵を用意します」
「うむ」
「そして、火を使ってお湯を……」
「何ィ!? 火を使うだと!?」
「危ないのではないか」
「もし姫様が火傷などをされては一大事だぞ!」
「あー……えっと」
「お主ら! 騒がしいぞ! 百合が困ってしまっているではないか!」
「しかし……!」
「しかしもだってもない! わらわは料理の練習がしたいんじゃ!」
「ですが、危険ですよ!?」
「何を言うか! わざわざ聖女様を二人も用意しておいて、何が危険なものか! 前代未聞じゃぞ! 料理に挑戦するからと聖女様をお呼びした者など!」
「これも全て姫様の為ですから」
「そう思うのならば邪魔をするでない!」
楓ちゃんはギャアギャアと騒いでいる侍たちに一喝し、場に静寂を取り戻した。
そして、キリっとした顔のまま百合ちゃんに向き直る。
「では百合。何も気にせず、やってくれ」
「は、はい。でも最初はやっぱり『ゆでたまご』からやりましょうか。どちらにせよお湯を使う料理の練習も大事だと思いますし」
「そうか。百合がそう言うのなら、そうしよう」
「はい。ではまずはお湯を沸かします」
「うむ」
なんて会話をしながら頑張っている楓ちゃんと教えている百合ちゃんを見て、俺はふむと頷くのだった。
椅子に深く寄り掛かりながら何か起きた時には飛び出せるように静かに見守る。
そして、それから大した事故もなく、初めての料理は完成し、俺の目の前に楓ちゃんの初めての料理が置かれた。
「さ。食べてみてくれ!」
「では、ありがたくいただきます」
「あら。私たちも良いのですか?」
「勿論じゃ! 今回はわらわの願いで来てもらったのに、妙な事に巻き込んでしまったからの。これはお詫びじゃ!」
「では遠慮なくいただきますね」
いくつか出来上がった『ゆでたまご』を、俺とリンちゃんとモモちゃん、それに百合ちゃんにセシルさんが受け取り、食べる。
まぁ、何というか、普通の『ゆでたまご』だ。
しかし、これはただの『ゆでたまご』ではない。
楓ちゃんが初めて作った『ゆでたまご』の料理なのだ。
その味は通常の『ゆでたまご』を遥かに超越する物になるだろう。
「うん。美味しいよ。楓ちゃん」
「本当か!? 凄いか!?」
「うん。凄いよ」
「そうかそうか!」
「えぇ。初めてでこんなに出来るなんてすごいわ!」
「流石は楓ちゃんですね」
「えへへ。照れるのぅ」
楓ちゃんは嬉しそうに微笑みながら、何度も頷く。
そして、俺たちの褒めて伸ばそう作戦が上手くいったのか、さらに気合を入れて次の料理へと挑むのだった。
「では次の料理へ挑戦しよう! 百合!」
「え!? も、もうですか!?」
「当然じゃ! 祭りはすぐに行われるんじゃろう? なら、すぐに腕を上げる必要がある!」
「それは……確かにそうかもしれませんが。亮さんの怪我が治るまで待ちましょうという話になりましたし。まだまだ時間が掛かると思いますが」
「それはそうかもしれんが、亮の事じゃからな。さっさと怪我を治す可能性もあるとわらわは思っておる」
「そんな事は……あるかもしれませんが」
「うむ。現に、もう既に出歩いておるしな」
じろっと百合ちゃん、楓ちゃんに目線を向けられ、俺はキョロキョロと左右を見渡した。
が、残念ながら俺の味方になってくれるような事はなく、皆さん、百合ちゃん達と同じ様な目を向けて来るのだった。
「ほら、言われてるわよ。リョウさん」
「とは言われてもね。別に今だって怪我は治ってないよ。痛みはあるし、歩けば熱も出る」
「そうは言っても、こうして起きておるじゃろう? なら、無理をして祭りを早める可能性もあるじゃろう」
「流石にそんな事は……」
無いですよと言おうとしたのだが、廊下の向こうから雷蔵さんが飛んできて、俺の肩をポンポンと叩いた。
「ご安心下さい。姫様の料理の上達に合わせてコイツの怪我を悪化させるので」
「それは安心出来んじゃろう」
「そうですか? 亮も模擬戦だって言えば喜んで参加すると思いますが」
「俺も流石に怪我をしてて模擬戦をやることはありませんよ」
「しかし、姫様を悲しませないためなら……?」
「まぁ、多少は良いですか」
「駄目じゃー! 亮は絶対安静! フソウではしばらく決闘禁止じゃー!」
楓ちゃんは、俺と雷蔵さんの会話に我慢が限界を突破し、叫ぶのだった。
怒りが台所に満ちている。
その怒りに触れる事を恐れた侍たちはそそくさと廊下から外へと逃亡していった。
そして、俺は楓ちゃんの怒りを真っすぐに受けながら、両手を上げて白旗を振った。
怒らせる様なつもりは無いし。
無理して怪我を悪化させるような気もない。
ヤマトは静かになった訳だし。今はゆっくりとさせて貰いたいと皆に伝えた。
「なので、あまり心配しないで貰えればって思いますよ」
「だそうじゃが? どうじゃ? 百合。セシル様。モモ、リン?」
「信用は出来ません」
「常に見ている人は居た方が良いですね」
「同感」
「私も協力します!」
が、信用は得られず俺は絶対安静で過ごす事となったのである。