久しぶりに百合ちゃんの実家に向かった俺は、ひとまず無事であった事を百合ちゃんのご両親とお兄さんに伝えつつ、こちらは大丈夫だったか。と問うた。
「えぇ。亮殿たちが出て行ってから、少しの間警戒はしていたが、数人侍が来て、姫巫女様と聖女様は居るか? と問われただけで何も起こってはおりませんよ」
「そうだったんですね」
「うむ。特に争いを起こすような気配はなく、ただ、姫巫女様と聖女様の安否を確認しているだけという様な風に見えましたな」
やはり。
彼らは姫巫女様こと、楓ちゃんの事を守っていただけの存在か。
そう考えると、強行突破しなくても案外素直に通してくれたのかもしれないな。なんて思う。
まぁ、実際にどうなるかは分からないけれども。
「まぁまぁ。亮殿もお疲れでしょう。聖女様も。家に上がってくつろいで下され」
「はい」
「では、失礼しますね」
木造の廊下を歩きながら、百合ちゃんのお兄さんである蓮さんは笑顔で語る。
「今、ちょうど父も母も祭りの準備で忙しくしておりましてな。挨拶だけで申し訳ないがご容赦いただきたい」
「あ、いえいえ。全然。むしろこちらも急に来てしまって申し訳ないです」
「何を言う。亮殿は家族の様なもの。遠慮などいらんよ」
「……家族みたいだって。言われてますよ。もう百合さんとの関係は公認みたいな物ですね」
「聖女様。お静かに」
「……む。冷たい言い方ですねー」
「聖女様が妙な事を仰るから、ですね」
俺はヒソヒソと在りもしない、下らない話をしてきたセシルさんの話を適当に流しつつ、廊下を歩く。
が、セシルさんは俺の背中をツンツンと指で突いて何かのアピールをしているのだった。
……時折子供みたいな事をするな。この人は。
「誰が、子供ですか。誰が……! 私は亮さんの妹にはなりませんよ」
「……狙ってません」
子供みたいな動きをするだけで、年は俺よりも遥かに上……っと、いてて。
ツンツンと突いていた指が、背中をツネる様になってしまった。
大変お怒りである。
やはり女性に年齢がどうのという話をするのは良くないな。
と、俺は背中に刺さる痛みを感じながら学ぶのだった。
そして、百合ちゃんの家の廊下を進み、一番奥にある部屋に蓮さんは案内してくれる。
「表の方はこれから祭りの準備で忙しくなるだろうから、奥の部屋でゆっくりとしていてくれ。ちょうど先ほど百合も戻ってきて……」
蓮さんがそう言いながら奥の部屋の襖を開くと……中には百合ちゃんが畳の上に転がって、ゴロゴロと左右に転がっている所だった。
そして、しばらくゴロゴロとしていたが、俺たちに気づいたのか素晴らしい跳躍力で飛び跳ねると部屋の奥の隅に跳んで身構える。
「ち、違うんです!」
「まぁ、ゆるりと過ごされよ。この様に休める場なのでな」
「違うんです! 兄さん!」
「分かりました。あー。ただ、我々はちょっと百合ちゃんのお母さんと話をしに来たので、どこかでお時間頂けると嬉しいです」
「なるほど。では母に確認しましょう」
「話を聞いてください! これは! その! 色々と誤解があって!」
「はい。自然薯の件でとお伝えください」
「では、確認してくるゆえ。少々お待ち下され」
蓮さんは笑顔のまま最後まで百合ちゃんの事は見なかったフリをして部屋を出て行った。
俺とセシルさんも、何も見なかったフリを続けつつ、部屋に入ってふぅと息を吐く。
やはりどれだけ慣れていても人の家というのは緊張するものだ。
「お話を! 聞いてください!」
「大丈夫だよ。俺たちは何も見てないから」
「そうですねぇ。畳の上で転がって、くつろいでいた百合さんは見ていませんね」
「セシルさん」
「あら。怖い声」
「ち、違うんです! 何か手伝いをしようと思って、家に帰ってきたのは良いんですけど! お祭りの事はよく分からないし! 手伝いは後で頼むからって、この部屋で待ってたんですけど! 何となく畳の上に転んでみたくなって! ちょうどその時に亮さん達が来ただけで! 違うんです!」
「大丈夫だよ。別に百合ちゃんが子供っぽいとか、ゴロゴロ気持ちよさそうに寝てて、落ち着いてるんだなぁ。とか、やっぱり実家の方が居心地が良いのかな。とか考えてただけだから」
俺は何だかんだとくつろいでいた百合ちゃんを見ながら、ふむと考える。
「無理してセオストに戻らなくても、このままヤマトで生活するというのもアリだとは思うよ」
「違うんですぅ~! そういう事では無くて~!」
「おや?」
「もう、亮さん。駄目ですよ。百合さんをイジメるような事をしては」
「いじめたつもりは無かったんですけどね」
「でも、泣いてるじゃないですか」
「泣かせるつもりも、無かったんですけどね」
ただ、過ごしやすい場所で過ごす。
好きな人と過ごす。好きな場所で過ごす。
その方が良いんじゃないかと思っただけだ。
「だから、それがセオストであり、亮さん達の近くなんですよ。百合さんにとっては」
「でも、家族も大切なのでは?」
「幼い頃にヤマトを出て、セオストに行った百合さんにとっては、セオストもまた故郷の一つでしょう」
「そういう物ですか」
「そういう物です」
なるほど。
俺はセシルさんの言葉に頷きながら、先ほどの言葉を訂正し謝罪した。
そして、自然薯の件について百合ちゃんにも相談する。
「そういえばさ。自然薯の件なんだけど」
「はい。確か、お祭りで使うんですよね。先ほど確認しましたが、綺麗な状態で保管されていましたよ」
「あ、そうなんだ。それは良かった。それでさ。その自然薯を楓ちゃんにみんなの前で削って貰って、それを食べる。みたいな事をやろうかと考えてて。使っても大丈夫かな?」
「それは……構いませんが。大変ではありませんか?」
「そこはセシルさんに確認したけど……」
「問題はありませんよ。楓ちゃんも民の為に何かをするというのは好きですから。それに、大変とはいえ。亮さんも手伝ってくれるのでしょう?」
「それは勿論」
「であれば、何も問題はありません。むしろ、貴重な会に参加できると喜ぶくらいだと思います」
「なるほど……であれば問題は無いですかね」
「えぇ。何も」
ニコニコと微笑むセシルさんに頷きながら俺は百合ちゃんにも視線を向けた。
そして、確認をする様に首を傾げる。
「どうかな?」
「私は、はい。問題ないです。お手伝い出来る事があれば、何でも手伝います」
「であれば、決まりだね。後は百合ちゃんのお母さんに大丈夫か確認して……」
「あ! お母さんへの確認でしたら! もう出来ているので! 畑の方に行きましょう!」
「え? そうなの?」
「はい! 自然薯は私達で何か使おうかなと考えていたので、既にお話していたんです」
「あ、そうだったんだ。でも……良いの? 百合ちゃんにもやりたい事があるのなら、俺は別の事を考えるけど」
「いえ! 大丈夫です! おそらく全てを使う事は無いと思いますので、私は残った部分だけ使わせていただければ! あ! でも! 無理に余らせなくても大丈夫ですよ! 余った部分があれば! あれば、で大丈夫です!」
「そっか」
俺は両手で握りこぶしを作りながら、出来ます! 頑張ります! と言っている百合ちゃんを見つめつつ温かい気持ちになる。
百合ちゃんも実に元気になった物である。
兄としては嬉しい限りだ。
「兄?」
「何か問題でもあるんですか? セシルさん」
「いえー? 何もありませんけどねー」
「何かあるって感じですね」
「恋の予感を感じています!」
「気のせいですね」
「む。知りませんからね。そんな事を言っていて! 後で後悔しますよ!」
「まぁ、先に後悔する事は難しいでしょうね。いでっ」
俺はセシル様に言い返してしまったため、背中を再び抓られてしまうのだった。