部屋の中から現れた幼女が放った一撃によって、世界は完全に氷の世界となった。
もはや人類が生活出来る環境ではない。
「亮さん……!」
「違う、違うんだ。リリィちゃん」
しかし、そんな環境にあっても強くたくましく生きている人も居る。
リリィちゃんもまた、その一人であった。
「亮様? どうされたのですか?」
「いや、どうもされていないのですが……むしろ、どうされたのですか? はこちらのセリフというか」
「……?」
「亮さん。手当たり次第に妹を作るから……」
「その発言は非常に誤解を招くから許して欲しいんだけど! いや、本当に、どうしてこうなっているのか俺もサッパリ分からないんだって!」
「はいはい。言い訳は家で聞きますからね。まずは桜ちゃんのご意見を伺いましょう」
「一番こじれる選択肢を持ってこないでよ! そもそも俺はこの子の名前も知らないんだよ!?」
「名前も知らない少女を妹に!?」
「曲解が酷い!」
俺はあまりの横暴に思わず叫んでしまった。
しかし、この場所に俺の味方はおらず、受付のお姉さんも、自分を取り戻してから蔑む様な目で俺を見ている。
誤解なんだって……! 本当に!
俺がいったい何をしたっていうんだ……!
「あぁ。そういえば。自己紹介がまだでしたわね。はじめまして。私はフローラ。家名はワケあって言えませんが。お呼びいただける際には気軽に、フローラとお呼び下さい」
「あぁ。これは丁寧にありがとうございます。俺は小峰亮と申します」
「わざわざご挨拶頂けるなんて感激ですわ」
「あ、いや。こちらこそ。よろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げてから、ん? と微かな違和感に俺は首を傾げた。
「はじめまして?」
「はい。はじめまして。ですわ。リョウ様のお噂はかねてより伺っておりましたが、直接お会いするのは初めてですわね」
はい!
はい!!
どうでしょう!
俺はリリィちゃん達に視線を移しながら、ふふんと笑う。
なんとまぁ無罪である!
最初から分かっていた事ではあるが! 圧倒的な無罪である。
はぁ~。良かったぁ。無意識の内に妹を作っていたとかじゃなくて。
「なんと、亮さんの妹では無かったとは」
「当たり前でしょ。そんなポンポン妹を作らないよ」
「……」
「あれ? リリィちゃーん? 何で無視するのかなー?」
俺の言葉を軽く流したリリィちゃんは、やや背の小さいフローラちゃんなる少女の前にしゃがむとニコリと微笑んだ。
そして、リリィちゃんが近づいた事でサッと身を隠し、俺のズボンをギュッと掴んでジッとリリィちゃんを見つめ返しているフローラちゃんに言葉を向ける。
「はじめまして。私はリリィと言います」
「……は、はい。はじめまして。私はフローラですわ」
「ご丁寧にありがとうございます。それで、フローラさんはどうして亮さんの妻だ。なんて言ったのですか? 何か理由があるんですよね?」
「あ……それは、その」
フローラちゃんはモジモジとしてから俺の足にしがみついて、リリィちゃんから隠れてしまう。
そんなフローラちゃんに昔の桜の面影を感じながら、俺は失礼と言って、フローラちゃんを抱き上げた。
そして、視線を合わせながら再び問う。
「何か俺に話したい事があったんじゃないかな。フローラちゃん。言ってくれれば俺も何か力になるよ」
「実は……!」
「うん」
「私にはお兄様が居るのですが、お兄様が村の方々を救うために一人でドラゴン退治に行ってしまったのです!」
「ドラゴン!?」
「退治ですか!?」
フローラちゃんの言葉に、受付のお姉さんとリリィちゃんが大声で叫ぶ。
その顔は驚愕に染まっていた。
「ドラゴンって、そんなにヤバいんですか?」
「ヤバイなんてモノではありませんよ。神話の時代から存在している化け物です。今となっては目撃される数も減って、幻の生き物と呼ばれる様になっていますが……それでも、数十年に一度はどこかで目撃されていますからね。確実に存在する世界で最も危険な生物です」
「な、なるほど……」
「亮さん。多分、あんまり伝わっていないと思うので、改めて驚異の説明をするんですが」
「うん。助かるよ」
「どれだけドラゴンが危険か。昔から伝わっている言葉がありまして。『ひとたびドラゴンが現れれば昼の世界は終わり、夜の世界が始まる。その巨大すぎる体が飛び上がる際には一つの街が崩壊し、ひとたびドラゴンを怒らせようものなら、国が瞬く間に消えるだろう』との事です」
「今の話から考えると、ドラゴンって奴はかなり大きいんだね」
「はい。それも規格外に」
「冒険者組合で管理している資料から考えるとセオストよりも大きい可能性があります」
「セオストよりも!!?」
衝撃的だった。
正直、ここまでに聞いたいくつかの話の中で、一番分かりやすく一番衝撃的だ。
そりゃセオストよりも大きな存在が動いたら、街は潰されるし、国も滅ぼされるか。
向こうに攻撃の意思が無かったとしても、ただ存在するだけで暴力的な破壊をもたらす……まさに災害って奴だ。
「しかし、何故フローラ様のお兄様はドラゴン退治になど……」
「領民が困っているのですから。領主の一族としては、それを解決しなくてはならないでしょう?」
「な、なるほど……! それは素晴らしいお心」
「貴族として当然の事です。しかし、だとしてもお兄様一人では……おそらく何も出来ずに死んでしまうでしょう」
「それで、俺に助けを求めに来たってワケか。妻がどうのっていうのは、よく分からないけど」
「それは……その、冒険者の方は依頼を受けない自由もあると聞いた物ですから……英雄級の腕を持つ方にどうしても依頼を受けていただきたくて……!」
「まぁ、結婚相手の身内が危機となれば、確かに戦ってくれる可能性は高いですからね」
「それに、リョウ様は、その……幼い女性が好みだという噂を聞きまして。ヴィルヘルム様やアレクシス様よりも、私に価値を見出して下さるかと……」
「そういう事ですか」
「なるほどですね。納得です」
フローラちゃんの話に、リリィちゃんと受付のお姉さんが何度も頷いているが……!
途中までは納得できる話だったが、最後の部分は特に納得できる場所は無かっただろう。
俺の好みは年上の女性だと公言しているんだが?
何故、年下が好きだと間違った情報が流されているのか。
そして、それを聞いて、何故二人が納得しているのか。
理不尽だ……。
「まぁ、妻がどうのっていうのは無しにして。困っているのなら協力するよ。ちょうど受けてた依頼が終わった所だし。セオストでは他に依頼も無さそうだしね」
「本当ですか!?」
「ただし! 報酬はしっかりと貰うよ。勿論、君じゃなくて……ね」
「はい! 当家は資産もそれなりにありますから! 十分なお礼を支払わせていただきますね!」
「分かった。じゃあ決まりだ。後は正式な依頼を冒険者組合にしてもらえるかな。それを俺が受けるよ」
「はい! わざわざありがとうございます!」
「なんて事はないよ」
俺はフローラちゃんに笑みを返して、ひとまず前の依頼を終わらせる為に受付へと向かおうとした。
しかし、そんな俺の腕を引っ張って、部屋の中で静かに話を聞いていた冒険者組合長がヒソヒソと言葉を投げて来る。
「リョウ君」
「なんですか? 組合長」
「ドラゴンを倒したら是非素材は我が冒険者組合に……!」
「はい?」
「貴重な存在なんだ。ドラゴンは! その素材にはどれだけの価値があるか……!」
「いや、聞いた話じゃドラゴンは相当な強敵だって話じゃないですか。解体とかしている余裕があるかは分かりませんよ」
「なら、退治した時点で連絡をくれ! 急いで手の空いている冒険者を向かわせるからな!」
「……なら最初から同行してくれれば良いのでは?」
「それではもし、リョウ君が敗北した時に他の冒険者が危険になるだろう?」
「……」
とりあえず、ドラゴンを倒しても別の冒険者組合に素材は提供しよう。
俺はそう心に決めるのだった。