スタンロイツ帝国の皇帝陛下との話も終わり、一息吐きながら軽く周囲に目線を走らせると、ちょうどこちらを見ていたフローラちゃんと目があった。
そして、皇帝陛下が席から立ち上がり、別の場所に移動したからかフローラちゃんがこちらに小走りで向かってくる。
「リョウ様。お食事の事でお店の方とお話をしておりました。何か食べたい物はございますか?」
「いや、俺は特にコレというモノは無いですよ。何でも食べられるので」
「そうでしたか!」
ニコニコとフローラちゃんは笑いながら俺の言葉に頷く。
しかし、ふと少し迷った様な顔になってからおずおずと俺に言葉を向けてきた。
「そういえば……なのですが」
「はい?」
「先ほどスタンロイツ帝国の皇帝陛下とは何をお話になっていたのでしょうか?」
先ほどよりも少しだけ声の大きさを小さくしてから、皇帝陛下を伺いつつ、俺に言葉を投げた。
俺はそんなフローラちゃんに、皇帝陛下が怖いんだなぁと思いながら言葉を返す。
「皇帝陛下とは世界平和について話していましたよ」
「世界、平和……で、ございますか」
本当に? とでも言いたそうな顔でフローラちゃんは少し離れた場所に居る皇帝陛下を見やった。
まぁ、そういう反応は本人も想定通りだと言っていたけれども。
俺以外の人もそんな感じに想っているんだなぁとシミジミ頷いた。
「あっ! いや、それがおかしいという様な意味では無くてですね!」
「分かっていますよ。それに皇帝陛下も自分がその様に考えているのは奇妙に思うのではないかと言っていました」
「な、なるほど……そうでしたか」
フローラちゃんは少しだけ安心した様に息を吐いて、やはり伺うように皇帝陛下へと視線を向ける。
相当に怖がられているな……皇帝陛下。
「フローラちゃんは……」
「は、はい! 何でしょうか」
「もしかして、スタンロイツ帝国の皇帝陛下が苦手、ですか?」
「あ、いえ! 苦手という事は無いのですが……その、少しだけ怖くて」
「怖い?」
「そう……ですね。はい」
フローラちゃんはやや俯きながら言葉を続ける。
その声は震えているという様な事は無かったが、どこか恐怖を含んでいる様に見えた。
「スタンロイツ帝国は大きな国ですから」
大きい国だと怖いという理屈はよく分からないが、フローラちゃんには見えている何かがあるという事だろうか。
なんて考えながら、理由を考えていると、フローラちゃんがクスリと笑ってから答えを教えてくれた。
「リメディア王国は小さな国なのですよ」
「……」
「ふふ。土地は広かったのに。って思っていますね?」
「あ、いや……批判する意図は無くて……」
「分かっています。短い間ですが、リョウ様がお優しい方である事は、何となく分かりますから」
「申し訳ないです」
「いえいえ」
フローラちゃんは自然な笑顔を浮かべながら手を横に振った。
そして、柔らかい笑顔のまま遠くを見て、言葉を続ける。
「リメディア王国は、大きな武力を持たず、ただ農業と畜産業のみで生きながらえてきた国なのです。小さな魔物にすら多くの人が集まらねば対処が出来ない。本当に小さな国なのです」
それは、フローラちゃんが言いたい事は、よく理解出来た。
そう。リメディア王国は国として非常に弱いのだ。
侵略されれば、ほぼ抵抗する事が出来ず、そのまま侵略者に蹂躙されてしまう国。
国の力で考えれば……酷く小さな国という事だ。
だからこそ、リメディア王国の姫様は他国からの圧力に負けたという様な事かもしれないな。
いや、しかし。
気になるのは、何故この国の財政が厳しくなったのかという事だ。
「でも……だからこそ、私たちは」
「私たちは?」
「あ、いえ! 何でも無いのですよ……!」
アハハとフローラちゃんは誤魔化す様に笑う。
そして、視線をさ迷わせてから、食事を確認してきますね! と小走りに店の奥に向かって行ってしまった。
その姿を見送りながら、俺はリリィちゃんとフィオナちゃんを少ない動作で呼んで言葉を掛けた。
「どうしたんですか? 亮さん」
「何か分かったとか?」
「分かったという訳じゃないんだけど、ちょっと思った事があってさ」
俺は皇帝陛下と、フローラちゃんの位置と動きを確認しながら、抑えめな声で二人に語り掛けた。
ここまでに二人と色々な話をして感じた事を。
「ちょっと妙じゃない?」
「妙、っていうのは?」
「フローラちゃんはお兄さんがドラゴン退治に行っちゃったから、それを助けて欲しいんだよね」
「うん……あ、そうか。そんなに危ない状態なら、すぐにでも現地に行かなきゃいけないのに、こんな所で食事の準備とかしてるのはおかしい、ってこと?」
「うん。おかしい、とまでは言わないけどさ。何か考えがあるのかなって思って」
「確かに……!」
「もしかして、依頼が嘘っていう可能性もあるんでしょうか?」
「分からない……けど、その可能性は十分にあると思ってるよ」
「そんな……!」
「でも、まぁ。そっちの方がまだマシかなって思ってるけどね」
「……もっと酷い状態があるってこと?」
「実は今もドラゴンが暴れてるんだけど、それを放置して、何かを待ってるとか。まさか、そんな酷い事はしないと思うけど……」
「そうだね……流石にそこまで酷い事をしそうな感じには見えないし。違って欲しいとは思うけど」
「可能性としては考えておいて欲しいって事ですよね」
「うん。イザという時、俺は動けないかもしれないし。もしもの時は二人にフローラちゃんを任せたい」
「お任せだよ」
「はい」
俺はリリィちゃんとフィオナちゃんに情報を伝えてから、再びこちらに戻って来たフローラちゃんに視線を合わせる。
そして、自然な笑顔を作りながら、フローラちゃんの持って来た料理を受け取った。
「お待たせしました!」
「いいえ。運んでくれてありがとうございます。むしろ手伝うべきですよね」
「いえ! 皆様にはこれから大切なお仕事がありますので! これくらいはさせて下さい!」
フローラちゃんは嘘を吐いているとはとても思えない純粋な笑顔で、俺の前に皿を置いた。
そこには美味しそうな料理が乗っているが……まぁ、ここまでの違和感を考えるのであれば、これに何かが盛られていてもおかしくはない……。
俺はそれとなくリリィちゃんへと視線を送り、皿へ視線を軽く落としてから再び顔を上げた。
リリィちゃんは俺の意図を理解した様で、小さく頷いてからスッと姿を消す。
それを見て、俺は伝わって良かったとひとまず安堵する。
これで、この料理に何か仕込まれていたとしても、俺たちが全滅する心配だけはない。
少なくともどこかに隠れたリリィちゃんは無事である。
「では、沢山食べて下さいね!」
「はい。いただきますね」
それから俺は、出された料理をよく味わって、食べた。
しかし、どうやら料理に関しては考えすぎだったようで、特に問題なく食べ終わる事が出来たのであった。
そして、俺の考えは杞憂であったのか。
食事を終えてから作戦会議が始まった。
「では皆さま。お食事も楽しまれたという事で、そろそろ本題の話を始めましょう」
「ふむ。貴国で起こっている問題か」
皇帝陛下も興味津々という様な様子で椅子に座りながら、フローラちゃんが広げた地図へと視線を落とす。
それから、フィオナちゃんと別の場所で俺たちの持って来た食事を食べたリリィちゃんも会議に参加するべく椅子に座った。
そういえば……皇帝陛下と一緒に来た人たちの姿が見えないが……いつの間に居なくなっていたんだろうか。
まぁ、良いか。
あの人はあの人の考えで、色々と動いているんだろうし。
「では、始めましょう。リメディア王国に現れた魔物『ドラゴン』の対策会議を」
俺はひとまず注意を外からフローラちゃんに戻すのだった。