長く、永い、依頼も終え、俺は久しぶりのセオストに帰ってきていた。
そして、依頼の報告を終えてからは急いで自宅に帰り、身を清めてから食堂へと向かう。
森の中でも身を清める魔術を使っていた為、別に体が汚いという事は無いのだが、まぁ気分の問題という奴だ。
それで、全てが綺麗になり、俺は久しぶりに桜に会うべく食堂へ行ったのだが。
行ったのだが!!
「なーなー。サクラちゃん。今日の仕事終わったら遊びに行こうぜー?」
「はいはい。ナンパしないで下さーい。こわーいお兄さんに見つかったら大変ですよ」
「わっはっは。心配いらないよぉ。アイツは今、定期調査で森に行ってんだからさぁ! 当分は帰って来ないよ」
俺は腰に差した刀を抜きながら不届き者の元へと進む。
周囲の人間たちは俺の存在に気付くと、皿やコップを持ちながら離れて行った。
周囲を気にしなくても良いのは非常に助かる。
「あ。そうだ。フィオナちゃんやリリィちゃんも一緒に行こうぜ? 俺、デカめの依頼を終わらせて懐に余裕があってさぁ~。何でも奢っちゃうよぉ」
「だから、私たちは……あ」
「あ。って何? どうしたの? 俺の後ろに何か……あ」
「お久しぶりですね。サラスさん」
「……えと、も、もう戻ってきていたんですね」
「えぇ。何とか戻ってくる事が出来ました」
「それは、良かった。じゃあ俺はこれで……」
俺は逃げようとするサラスさんの服を掴み、嫌がるサラスさんを連れて食堂の外へと向かうのだった。
少しばかりサラスさんと『お話』をした俺は、再び食堂へ戻ってきてカウンター近くの椅子に座るのだった。
「……お兄ちゃん!」
「あぁ。桜。ただいま。戻って来たよ。寂しくはなかった?」
「うん。あのね。フィオナちゃんとね。リリィちゃんがね。色々教えてくれてね。家もね。一緒でね。寂しくなかった」
「そっか」
「あ! そう言えば。忘れてました」
桜と話をしていると、フィオナちゃんが大きな声を出しながら、俺の近くに駆け寄って、頭を下げる。
「ごめんなさい。リョウさん。家にお邪魔してます!」
「あぁ。全然構わないよ。桜が助かったみたいだし。むしろ嬉しいよ」
「そうですか? なら良かったです。えへへ」
はにかむフィオナちゃんを見つつ、何だかんだ桜も楽しく過ごせたようで良かったと俺は笑う。
そして、昼食を食べてから緩やかに椅子に体重を預けながら桜の様子を伺うのだった。
桜は、客から注文を聞き、パタパタと元気よく走り、カウンターまで行くと、調理のオジサンに一生懸命注文を伝え、それが出来てからは、両手で大事に持ちながらテーブルまで運ぶ。
完璧だ。
完璧だった。
桜は食堂の店員として完璧な動きをしていた。
なんて素晴らしいんだろう。
「何嬉しそうな顔してんだ? リョウ」
「あぁ。アレクシスさん。いえね。桜を見ていたら感慨深くて泣いてました」
「そうかい。お前も嬢ちゃんが好きだねぇ」
「妹ですからね」
「そういう話じゃねぇんだけど。まぁいいや」
「……」
「リョウ。お前さ。任務が終わったんだろ?」
「はい」
「ならよ。ちょっと俺らと依頼を受けねぇか?」
「依頼ですか」
「そう。ちょっとばっかし面倒な依頼があってな。腕の無い奴は連れていけねぇんだ。だが、それなりに戦える奴が欲しくてな」
「ふむ」
俺は桜に一瞬目を向けて思考を巡らせる。
しかし、答えが出なかった為、桜を呼ぶことにした。
まぁ、桜がどうしても嫌だというのなら、止めるべきだろうしな。
「桜。実はな」
「私は良いと思うよ」
「え?」
「もうアレクシスさんから話は聞いてるの」
「いや、うん……そうか」
「お兄ちゃんにしか出来ない事があって、私も私にしか出来ない事がここにあるの」
「……桜は、そうしたいのか」
「うん」
「そうなのか……」
俺は桜の言葉にやや気落ちしながら、桜を見つめる。
しかし、桜は俺の目線にも変わらずジッと俺を見つめるばかりだった。
「分かった。じゃあ無理はしないでな」
「うん。大丈夫だよ。フィオナちゃんもリリィちゃんもいるもん」
「そっか。分かった。じゃあお兄ちゃんも頑張ってくるよ」
「頑張って。お兄ちゃん」
「あぁ」
桜に笑顔で頷いて、桜が離れてから吐きそうな気持ちでアレクシスさんに視線を戻す。
「はい。分かりました。依頼を受けましょう。喜んで」
「喜んでっていう顔じゃねぇな」
「喜んでますよ。ハハハ。あー。楽しいなぁ」
「無理してんなぁ」
「仕方ないでしょう。俺は桜と共にある為にセオストへ来たんですから」
「まぁ、気持ちは分かるがな。諦める事も大切だぜ」
「……はぁ」
「それに、月並みだがな。傍に居るばかりが全てじゃねぇよ。信頼出来る奴なら、どれだけ遠くに居ても心配しなくても良いもんさ」
「まぁ、そうですね」
俺は納得しがたい感情を抱えながら、とりあえず頷いた。
格好良い兄ならきっとこういう時に納得するだろうから。
「くっくっく。少し思っていた姿とは違っていた様だな」
「……?」
「いやな。お前に最初会った時はもう少し大人かと思ったんだが、考えていたよりも子供だったんだなと思ってよ」
「まぁ、そうですね。自分でも少し驚いています」
「そうなのか?」
「ええ。でも、制御できない感情ってあるじゃないですか」
「……まぁ、そうかもな」
「はい」
「なら、嬢ちゃんとちゃんと話せば良いだろ?」
「……良いんでしょうか?」
「当たり前だろ。お前と嬢ちゃんは家族なんだからさ」
「家族」
「あぁ」
俺はアレクシスさんと話した事を口の中で繰り返し、一生懸命働く桜を見つめた。
そして、食堂での仕事が終わり、桜やフィオナちゃん、リリィちゃんと共に家に帰るのだった。
「では、リョウさんは明日の朝にアレクシスさん、ヴィルヘルムさんと一緒に遠方へ?」
「あぁ、まぁ、頑張ってくるよ」
フィオナちゃんの問いに笑顔で返し、俺は桜と話すタイミングを見計らう。
しかし、そんな俺の気持ちに気づいたのか、桜が俺を見てクスリと笑った。
「フィオナちゃん、リリィちゃん。今日はお兄ちゃんと一緒に寝ますね」
「あ、そうよね。明日からまたリョウさんと離れ離れだもんね」
「はい」
「じゃあ、私たちは別の部屋で寝るから。ごゆっくり~」
フィオナちゃんはリリィちゃんの手を引っ張りながら奥の部屋に消え、俺は桜と共に部屋に入り、ベッドの上で横になった。
「……」
「……」
「あのな」
「あのね!」
「っ、わるい。桜から話してくれ」
「ううん。先にお兄ちゃん話して」
「……分かったよ。じゃあ……ちょっと、今から情けない事言うな」
「うん」
「実はな。お兄ちゃん。桜と離れるのが寂しいんだ」
「っ! そう、なの?」
「あぁ。これまではずっと桜と一緒に居たからさ。五日も離れて、どうにかなりそうだったよ」
「そうなんだ」
仰向けになりながら天井を眺めて伝えた言葉を桜はそっと受け止めて、俺の手を握るという行為で返してくれる。
「私もね。本当は寂しかったの」
「……そっか」
「でも、ね。私がずっとお兄ちゃんに甘えてると、お兄ちゃんがいつか、怖い目にあうような気がしちゃったんだ」
「怖い目?」
「うん……すごく、すごく怖い夢」
「そうか」
「だからね。私は一人で何でも出来る様になろうって思ったの。お兄ちゃんがずっと見てなくても大丈夫だよって言える様に」
「……うん」
「でも、今度の依頼が終わったら、また一緒に居てくれる?」
「あぁ。今度はなるべくセオストに居る様にするよ」
「……よかった」
桜は俺の手を強く握って安心した様な声を漏らした。
そんな桜に俺も手を強く握り返し、目を閉じる。
遠く離れていても、心は共にある様にと……。