俺はやや小高い丘の上から一気に駆け下りて、ドラゴンに向かって真っすぐに走る。
しかし、どれほど走ろうとドラゴンに近づく事は出来ず、俺は奇妙な感覚を覚えながらも走り続けた。
ドラゴンがあまりにも強大な為、距離感が狂ってしまうが、一応近づいてはいる。
後どれだけ走ればドラゴンにたどり着くのか、それは分からないが確実に俺は前に進んでいた。
それは間違いない。
そして、近づけば近づく度に増えてゆくドラゴンの圧を感じながら、俺はドラゴンに近づいてからの事を考えていた。
とは言っても、やる事はシンプルだ。
子供でも出来る様な簡単な事である。
そう。対話するだけだ。
ただし、相手がドラゴンであるという事実がこの行動の難易度を上げていた。
何せ何を考えているかまるで分からない魔物である。
そもそも魔物と会話出来ると知った事すら少し前の事なのだ。
魔物が何を好み、どの様な会話をするのか等、まるで見当もつかない。
美味い肉の話でもしようものなら、俺が肉にされてしまうかもしれないのだ。
まぁ、そうなったら抵抗はするんだが……。
抵抗するしないの問題ではなく、そうなった時点で交渉は決裂である。
なら……どうするか。
俺はふむと考えながら走る。
が、良い考えが浮かばなかった為、無策のままドラゴンに突っ込む事にした。
とは言っても攻撃をする訳ではない。
ただ、近づいて様子を見るだけだ。
「……」
ドラゴンにある程度近づいてから、俺は足音を消し、気配も消して、ドラゴンに静かに近づく。
物音を立てない様に気を付けながら、そっとドラゴンの様子を伺った。
「……寝ているな」
どうやらドラゴンは深い眠りの中にいるらしく俺が近づいても身動き一つしない。
完全に夢の世界に居る様だ。
さて、そうなったらどうするべきか。
悩ましい事になってきたな。
これで皇帝陛下達の所へ戻って、ドラゴンは寝てました!
なんて報告しようものなら、恥さらしも良い所である。
何かしらは調べていきたい所だが……と周囲を伺っていた俺はふとした違和感に気づいた。
人の気配がするのだ。
しかもこちらを見ている様な気がする。
……いや気のせいでは無いな。
俺は何やら怪しい奴を見つけたという事で、その視線から死角になる場所へそれとなく移動してから、足音を殺しつつ一気に駆けだしてその視線の主がいる近くへと向かった。
そして、息を殺し、耳を澄ませる。
「きえた……?」
「どうかしたのか?」
「それが……妙な奴を見つけたんですが、消えてしまったんです」
「消えた? そんな訳は無いだろう。人は消えないぞ。まさか転移魔術か何かを使ったという事か?」
「かもしれません」
「その様な使い手が来るとは……厄介だな」
どうやら本当に俺の事を見ていたらしい。
そして、誰か人が来ると困る様な事をしているのか。
さて、どうしたものかな。
まぁ、考えても仕方ないか……。
今回の俺の任務は対話な訳だし。対話をするとしますかね。
「探せ。転移魔術の使い手がそうそう居るはずもない。何処かに隠れているハズだ」
「は、はい……!」
「ドラゴンの噂を聞きつけて来た冒険者か何かか……余計な事をされては困るんだがな」
「何が困るんでしょうか」
「っ!?」
俺は周囲の男たちに指示をしていた男の後ろに降り立ち、声を掛けた。
男は酷く驚きながら俺に振り返ったが、俺はいつでも神刀を抜刀出来る状態にして、少し距離を開ける。
「貴様は何者だ!」
「冒険者ですね。こちらには依頼で来ました」
「依頼だと!? まさかドラゴンに関する依頼か!?」
「まぁ、そうですね」
実際はドラゴンがどうのというよりも、フローラちゃんのお兄さんを助ける事が本命の依頼なのだが。
まぁ、ドラゴンが関係している事も事実だし、嘘ではない。
「ようやくここまでこぎつけたのだ。邪魔はさせぬぞ!」
「邪魔と言われましても……そちらこそ何をするつもりなんでしょうかね」
男は腰に差していた剣を抜き、構える。
その構えは完全な素人であったが、剣が素人でも魔術師としては一級品かもしれない。
俺は一切の油断をしないまま神刀を抜刀し、男が振り下ろして来た剣を両断する。
瞬さんに比べればあくびが出てしまう様な遅さであるが、それでも抜刀術は抜刀術である。
やけに重そうな剣を振り下ろすよりは速く振るう事が出来、男の剣は鉄くずと化したのだった。
「ま、まさか、これほど容易く」
「申し訳ないんですが、こっちはそこまで戦いたくは無いんですよ。依頼の件もありますし」
「くっ! そうまでしてリメディア王国を……! フローラを狙うか!」
「ん?」
「貴様が例えバクーシ帝国の者だとしても! 私は負けぬ! フローラが、英雄を連れ、戻るまでは!」
「え? ちょっ!」
男は……いや、おそらくはフローラちゃんの関係者と思われる人は、隠していたであろうナイフを抜くと、俺に向かって突撃してきた。
俺は咄嗟に神刀を納刀するとナイフを突き出して来た腕を掴んで、ナイフを俺から遠ざける。
「っ!」
「ちょっと、落ち着いて下さい。話し合いを!」
「えぇい! 今更話し合い等と! フローラは決して貴様ら等には!」
「いや、だから! 俺はそのフローラちゃんの依頼でここまで来たんですよ!」
「……なに?」
フローラちゃんの関係者と思われる男性は俺の話を聞いて訝し気な顔をしながら、それでも俺から離れてくれた。
まぁナイフは握っているし、警戒もされているが。
それでも対話をしようという気持ちだけはあるようだ。
「俺はフローラちゃんの依頼でこの国、リメディア王国まで来たセオストの冒険者です。それでドラゴンの様子を見に行こうかという話になりまして、俺がちょっと偵察に来たというワケです」
「……なるほどな。確かに話におかしなところは見えない……が、それもお前がどこからか情報を得たという可能性もあるというワケだ」
「無論。なので、一番早いのはフローラちゃんに実際に会って貰う事ですかね。ここから見える、あの丘の上に居ますから」
「なんだと!? フローラがここまで来ているのか!? あれだけ言ったというのに!」
「丘の上には俺の仲間も居ますし。何か怪しい動きがあれば逃げる様に言ってますので」
「だとしても。危険ではないか」
「まぁ、それはそうなんですが……」
どう説明したものかな。
いや、説明も何もフローラちゃんがここに来たいと言って、俺が良いよと言った。
それ以上でも以下でも無いのだが……。
「……だいたいの事情は察した。大方フローラが来たいと駄々をこねたのだろう」
「え、えぇ……そうですね」
「分かった。ひとまずはフローラと情報も共有したい。案内して貰えるか?」
「それは構わないのですが?」
「なんだ?」
「いえ。その……ドラゴンは大丈夫なのかなと思いまして」
「あぁ。ドラゴンか。それならば問題は無い。今は眠りクスリ入りの食事を食べて眠っている。少なくとも二日は目を覚まさないだろう」
「な、なるほど……」
その手があったかと俺は心の中で手を叩きながら納得した。
そして、サクサクと丘へ向けて移動を始める男性の後ろに付いて歩きながら、ついでにもう一つ質問してみる事にした。
もしかしたら今回の依頼に関わる重大な話を知る事が出来るのではないかと。
「あの、もう一つ質問よろしいですか?」
「構わん」
「貴方は……フローラちゃんと、どういう関係なのでしょうか?」
「私か」
男性は歩みを止め、俺に振り返りながらハッキリと告げた。
「私はフローラの兄だ」
「……なるほど」
何となく察していた事ではあるが……。
どうやら俺は、今回の依頼の最大目標の接触に成功したようだ。