スタンロイツ帝国の皇帝陛下が差し出した手をジッと見つめていた、リメディア王国の王太子殿下は、軽く息を吐いてからその手を取った。
表情は変わらず厳しいままであったが、同盟を結ぶという意思はあるという事だろう。
「私は常にリメディア王国の利を考えて生きている」
「当然だ。王族であるならば、自国の事を常に考えるべきだろう」
「その場合、例えば貴国が我が国にとって、マイナスにしかならないと判断した場合」
「無論、同盟は破棄して貰って構わない。まぁ、一応交渉はさせて貰いたいがな」
「……我が国は暴力には屈しないぞ」
「当然だ。暴力で貴国を従わせようなどと考えてはいない。そんな事をしても我が国が得るものなど何も無いからな」
「……」
「まだ疑われている様だから、我が国が恐れている可能性の話をしよう。例えば、だ。貴国を侵略し、我が国の配下としたとする。その場合、田畑は荒れ、人が足りず、最低でも三年か四年は食料を得る事が出来なくなるだろう。その場合、我が国は食糧危機に陥る事になる。これでは何も得る物がない。ただ、使えぬ土地が増えるばかりだ。使えぬ土地などいくらでもある我が国がそれを行う意味は無い」
「……確かにな」
「それに、この状況で貴国を攻めてみろ。そこにいる英雄がそれを黙ってみていると思うか? バクーシの皇帝すら一族全てを皆殺しにしようとしている男だぞ。我が国に対しても同じ事を行うだろう。少々厄介な女も、英雄は抱えているからな」
皇帝陛下の言葉に、リメディア王国の王太子殿下ことエリック様とその妹君フローラ様の視線が向けられる。
確かに。とでも言いたそうな顔だ。
いや、凄く心外なんですけどね?
別に俺はそこまで血に飢えて無いですけどね?
まぁ、確かに?
この状況でスタンロイツ帝国の皇帝陛下がフローラ様達を傷つけたら、暗殺しに行くかもしれないけど。
それも、状況次第だから。
ジーナちゃんは頷いてくれるかもしれないけど、状況次第だからさ。
……って、そうか。
これ、厄介な英雄と女って、俺とジーナちゃんの事か。
なんでだ!
「と、酷く不満そうな顔をしているが、この男はやる。間違いなく。だから……まぁ、安心というワケだ」
「俺は何も言いませんよ。言いたいことはありますけど。これで全てが丸く収まるのなら。俺は何も言いませんよ」
「分かった。分かった。分かったから、まだ我が国を襲うなよ」
「……くっ!」
何も分かって無いだろう!
と言いたいが、せっかく色々な事が丸く収まりそうなのだ。
ここで大きな声で文句を言うコトもあるまい。
「……そうだな。少しばかり安心出来そうだ。亮殿」
「はい」
「もし、我が国が危機に陥った時、また助けてくれるか?」
「勿論。私は貴国の味方ですよ」
「分かった。同盟を結ぼう。スタンロイツ帝国の皇帝。エリク・サーロイフ・スタンロイツ」
「あぁ。願う事ならこの同盟が長く続く事を私は願っているよ」
「そうだな」
こうして無事二国の同盟は結ばれる事となった。
そして、まずは最初の共同作業……では無いが、両国共同で、ドラゴンという脅威を排除する事となった。
その為、現在、スタンロイツ帝国にドラゴンを運ぶべく準備が進められている。
王太子殿下は今まで通りの作業として睡眠薬入りの食料の準備。
皇帝陛下はスタンロイツ帝国に連絡して人員を呼び寄せる。
そして、俺はドラゴンの見張り……なのだが。
「……まぁ、暇だな」
「そう言わないで下さい。これも立派な仕事ですよ」
「そうそう。おしごと。おしごと」
「分かってるけどさ。凄い気合を入れてここまで来たからね。こう拍子抜けというか。何か気持ちが抜けちゃってさ」
「そんなに戦いたいんですか? それならどこかで魔物狩りでも……って、そういえばこの国は魔物が出ないんでしたね」
「その、人を戦闘狂みたいに言うのは止めてくれるかな? 別に戦闘狂じゃないんだって」
「でも、戦いたいんですよね?」
「いや、違うんだって。ホントに。戦いたい訳じゃなくて、仕事が無いままで居るのが落ち着かないって話」
「ふーん。まぁ、気持ちは分かるけどね。どうせこれから忙しくなるんだし。今くらいはゆっくりしてても良いんじゃないの? 冒険者ってそういう物でしょ?」
「そうそう。フィオナの言う通りですよ。こうしている間も、ドラゴンが起きたら対処しないといけないんですからね!」
「わかってるって」
俺はリリィちゃんに返事をしながら目の前で、ぐぅぐぅと眠っているドラゴンを見据えた。
起きる気配はない。
これっぽっちもない。
しかし、起きてしまうと、それはそれで大変困ってしまう為、眠ったままで居て欲しいという非常に困った存在だ。
コイツが起きないと俺の仕事は無いが。
コイツが起きてしまえば大事件になる。
なんとも厄介な所である。
「ま、今は待つしか無いか」
「そうですよ」
「あ。でもドラゴンを起こしちゃ駄目だからね!」
「起こさないよ」
俺はゴロンと地面に寝転びながら空を仰ぎ見る。
そして、青空を眺めながら、白い雲が流れてゆく様を見ていたのだが、視界の中に一人の少女が入り込んだ。
「あら。お休み中ですか? リョウ様」
「あっ、っと! 申し訳ございません。この様な姿を」
「いえ。構いませんよ。何も起こらないと退屈ですものね」
「いやぁ……そういう訳では無いのですが」
「さっきそう言ってたのにねー」
「ねー」
「はい。そこ! 静かにする!」
「ふふ。本当に皆さんは楽しそうですね」
「そうですか?」
「えぇ。本当に楽しそうで……私もリョウ様と結婚したら同じ様に楽しめるでしょうか」
「はっ!?」
俺は驚きのあまり妙な声をあげてしまった。
しかし、フローラ様は特に気にすることなく俺の隣に座り、笑顔を向けてくる。
どうすれば良いんだ? その笑顔は。
どう対応すれば良い?
「リョウ様は年下の女は嫌いですか?」
「いえ。そういう事は無いのですが」
「では、私はお嫌いですか?」
「そういう事も無いのですが……!」
「では、何も問題はありませんわね」
いや、問題しかない。
数百年続く由緒正しい国のお姫様とその辺に転がっている冒険者など釣り合うワケがない。
「あー、っとですね。フローラ様」
「あら。もうフローラちゃん。とは呼んでくださいませんか?」
「それは、その……不敬になるかと、国民の方も気になるでしょうし」
「セオストの英雄様に呼ばれるのであれば、何も問題は無いでしょう」
「いや! ほら、英雄というのは誇大広告なのですが、そうでなかったとしても、私は庶民ですからね。貴族の方とはお付き合い出来ませんよ」
「あら。リョウ様はご存じないのですか?」
「え?」
「セオストで最も有名な御方。獣人戦争の英雄エドワルド・エルネスト様は、元庶民でしたが、セオストが元は国であった頃、セオストの姫と結ばれて貴族となった御方なのですよ」
「な……なんと」
あの人、過去にそんな事があったのか!
まるで知らなかった!
いや、貴族にしては随分と足腰が軽いというか。
動きに迷いが無いというか。荒事に慣れ過ぎているなとは思っていたけれども。
態度とか完全に貴族って感じじゃ無かったけれども!
まさか本当に貴族じゃなかったとは……!
衝撃なんてもんじゃない。
大ニュースを知ってしまった。
まぁ、俺以外は知っていそうな話ではあるが。
「ですから。皆、何も疑問には思いませんわ。むしろ、リメディア王国に英雄が来たと大喜びになるでしょう」
「……!」
なんてこったい。
逃げ場がないよ。逃げ場が。
俺は頭を抱えながらどう返事をしたらいい物かと悩んでしまう。
そんな俺の腕に抱き着いて、フローラ様は満面の笑みを浮かべるのだった。