絶望的に退屈であった時間も過ぎ去って。
遂に、ドラゴンを運び出す準備が完了した。
大量に用意された睡眠薬入りの餌と、ドラゴンを運び出す人員だ。
そして、現在、ドラゴンをロープで上手く持ち上げながら体の下に板を入れている。
どうやら巨大な板の上にドラゴンを乗せ、その板を引っ張っていく事でスタンロイツ帝国までドラゴンを運ぶらしい。
「結構丈夫な板なんですか?」
「まぁ、そうだな。それなりに丈夫だが……まぁ、途中何度か壊れるだろうな」
「良いんですか?」
「良いも何も。例えば絶対に壊れない板を二カ月で作れるとして、適度に壊れるがそれなりに運べる板を二日で作れるとして。どちらが現在の状況に適していると思う?」
「……なるほど。これは失礼しました」
「よい。気になる事は何でも聞けば良い。人の数だけ意見があるのは当然だ。そして、それが正しいかどうかは皆で考えれば良い。それが社会という物だ」
「ごもっともです」
皇帝陛下はスタンロイツ帝国から連れて来た人達の作業を見つめながら、ふむと呟いた。
そして、やや横に移動しながらドラゴンの下に差し込まれてゆく板を見やる。
「順調そうだな」
「そうですね」
「とりあえずドラゴンの下に入れる事さえ出来れば、ある程度は持つ。上手くいけばスタンロイツまで持つだろうな」
「それは……凄いですね」
「まぁ、ただ、そうだな。全ては運だ。途中の道に障害物があれば壊れるだろうし。ドラゴンが予想外の動きをすれば壊れるだろう」
「難しいですね」
「あぁ。だが、彼らも努力を続けている。その努力はいつか運を乗り越えるだろうという事も私は分かっているのだ」
「なるほど」
今回の事件で話をして何度か思った事ではあるが……皇帝陛下は本当に良い人なんだなぁと思う。
まぁそれが全てでは無いだろうが、少なくとも自国民は大切にしているのだろうという事がよく分かった。
いざという時にはスタンロイツ帝国へ行くという選択も、無い訳では無いかもしれない。
ただ……ココちゃんの問題があるから、そうそう簡単に行きましょうとはならないワケだが。
「ところで」
「うん? なんだ」
「ドラゴンの下に板を差し込む作業でドラゴンが起きることはあるんでしょうか? まぁまぁドラゴンにも振動が伝わってますよね?」
「確かにな。だが、実はそこまで問題ではない」
「そうなのですか?」
「あぁ。何故ならドラゴンの皮膚は非常に分厚いからだ」
「なるほど?」
分かる様な、分からん様な話である。
どういう事だ?
「つまり……そうだな。寝ているお前の体に小指の先のツメよりも小さな生き物がぶつかったとして、お前は気づくか? という話だ」
「あぁ、そういう事ですか。サイズも違うし、皮膚の頑丈さ……というか痛覚とかの感覚が、あまりにも小さな生き物や刺激には反応しないって事ですね」
「そういう事だ」
これは便利な話だな。
と思う反面、コイツと戦う際には、やはりその皮膚が障害になりそうだなと俺はドラゴンの体を見ながら考える。
どうすればドラゴンの皮膚を貫く事が出来るかと。
神刀を手に取りながら、ドラゴンと戦うイメージをした。
「抜くなよ」
「分かってます。混乱はさせたくないですからね」
「正直な所、お前に求めている役割は皆が避難するまでの時間稼ぎであり、ドラゴンを討伐する事では無いんだがな」
「でも倒せるのなら倒した方が良いでしょう?」
「それは確かだ。しかし、それが全てではない」
「分かっていますよ」
「ならば、あまり殺気を振りまくな。その殺気に反応して奴が目覚めるかもしれん」
「これは失礼しました」
俺は神刀から手を離し、未だ眠ったままであるドラゴンを見据える。
一度注意はされたし、殺気は放たない。
ただ、静かにドラゴンの体を観察するだけだ。
どこが弱点か。
どこは固そうか。
どの様な攻撃を仕掛けてくるのか。
どの様にかわすべきか。もしくは防ぐべきか。
「そういえば、リョウ。お前に聞いてみたいと思っていたんだが」
「はい? 何でしょうか」
「お前はドラゴンに勝てるつもりなのか?」
「いや、それは正直やってみないと分からないんですけど」
「ふむ」
「戦う以上は負けるつもりでは戦いませんよ」
「……まぁ、それはそうか」
「はい」
それから。
皇帝陛下と交わす言葉も終わりを迎え、俺たちは無言のまま作業を見守った。
そして、それなりに時間をかけて無事ドラゴンを板の上に乗せる作業は終了し、多くの人員でドラゴンを引っ張り始めたのであった。
えっさほいさ。
という声が聞こえてくるかの様に多くの人間でドラゴンを運ぶ姿は中々壮観だ。
皆が呼吸を合わせてドラゴンという巨体を動かしている。
これは凄い事なのだろうと思う。
少なくとも俺は感動している。
町の半分くらいの大きさをしているドラゴンが、ズズ、ズズズと地面を滑りながら移動しているのだ。
多くの人が集まるとこの様な事まで出来るのかと、感心してしまった。
「まさか本当に動くとは思いませんでした」
「そうだね。いやはやこういう解決方法もあるんだなぁと驚いたよ」
「まぁ、亮さんはドラゴンを殺めようとしてましたもんね」
「……それしか方法が思いつかなかったからね。仕方ない」
「だから戦闘狂だって、言われるんじゃないですか?」
「いやいや。ヤマトの人たちだって多分同じ様な意見しか出なかったと思うよ?」
「それはそうでしょう。あの人たちは戦いが好きな人ばかりですから」
「ぐっ……」
リリィちゃんの痛烈な返しに俺は投げ返す言葉を失ってしまった。
素直に言おう。俺の敗北である。
「でも、ここからは、その荒事が大事になってくるかもしれません」
「そうだね。もし、万が一ドラゴンが暴れる様な事になったら、俺たちで止めないと」
「止められますか?」
「一応戦う心構えと、頭の中で模擬戦は繰り返しているよ」
「流石です」
「でも、それはリリィちゃんも同じだろ?」
「まぁ、一応……そうですね」
リリィちゃんは俺に返事を返しながらチラリと前を歩くフローラ様とフィオナちゃんを見やる。
ドラゴンよりもずっと前。
何かあった時に真っ先に逃げられる場所だ。
「今回は私と亮さんしか居ませんから」
「フィオナちゃんには……まだ話してないんだよね?」
「はい。私はまだ……リリィですよ」
「そうか。なら、さ。いざという時はまず俺だけで戦うよ」
「っ!? でも」
「大丈夫。俺だって死にに行く訳じゃない。ただ、リリィちゃん達がみんなを逃がすまで、ドラゴンの注意を引くだけさ」
「……ありがとうございます。でも、どうしようもない時は私も戦いますから」
「あぁ。助かるよ」
俺はリリィちゃんに言葉を返しながら、長い列を見つめる。
一番前にスタンロイツ帝国の皇帝陛下。
そして、その次にフィオナちゃんとフローラ様。
そのすぐ後ろ辺りからドラゴンを引っ張る人々が居て、ドラゴンのちょうど真ん中あたりに俺たち。
一番後ろの方にリメディア王国の王太子殿下ことエリック様だ。
とりあえず何かがあった際には四方に散って貰い。
俺はその間にドラゴンと戦って一人でも多く逃がす。
作戦なんてそれだけだ。
非常にシンプルで分かりやすい。
だが、俺の役割が一番重要で、決して失敗してはいけない立場であった。
だからこそ。リリィちゃんは気を使って、ホワイトリリィのリリィちゃんではなく、ヤマト国の侍、柊木百合として戦ってくれると言っているのだろう。
嬉しい話ではあるが、それでフィオナちゃんとリリィちゃんの間に溝が出来ても嫌だし。
何かあっても俺が何とかしようとは思う。
聖女様が居ないから無茶は出来ないが……まぁなる様にはなるさ。
「でも、まぁ……何も起きないのが一番なのは確かだけどね」
と、俺は呟きながらドラゴンを見据えた。