ドラゴンを連れて旅を始めてから、とりあえず一日目が終わった。
俺たちはどこまでも広がるのどかな平原の真ん中で、ドラゴンを街道の端に置きながらキャンプの準備をしていた。
とにかく人数が多いので、自分たちのキャンプ地は自分たちで設営するという事になった。
という訳で、俺はフィオナちゃんとリリィちゃんの寝るテントを用意しつつ、自分用の寝袋も準備していた。
「あれ? リョウさん。今日も外で寝るの? ここ、草原だから寒いよー?」
「まぁ、でも二人と同じテントで寝る訳にはいかないでしょ」
「別に気にしなくても良いのに」
「そうですよ。風邪ひいちゃいますよ」
「そんなにやわじゃないから大丈夫だよ」
俺は断固として二人の言葉を受け入れず、二人のテントの前に眠れる場所を用意していたのだが、グイっとフィオナちゃんが俺の腕を引っ張った。
そして、耳元で小さな声で囁く。
「実はさ。一緒のテントで寝て欲しい理由があるんだよね」
「……どういう理由?」
「こういう風にさ。いっぱいの人で寝るときって、変な人がテントの中に入ってくる事があるの」
「でも、俺が入り口を見張ってるよ?」
「裏側とかからも入れるじゃない。向こうは遠慮とか無いからね。色々な手段で入り込んで来るんだよ」
「……なるほどね」
「だからさ。一緒にテントで寝て欲しいの。起きてなくても、寝てても、何かあったらリョウさんなら起きるでしょ?」
「そりゃね」
「リョウさんなら変な事しないって信頼出来るしさ。お願い……!」
「分かったよ。可愛い妹たちの為なら、そのくらいお安い御用だ」
「ありがとー。感謝感謝だよ」
フィオナちゃんは人を惹きつける可愛らしい笑みを浮かべながら、くるりと回った。
そんなフィオナちゃんに周囲から視線が集まるのを感じる。
なるほどと俺は状況を理解した。
どうやらフィオナちゃんに近づこうとする奴はそれなりに居るらしい。
まぁ、何があろうと近づける事は無い訳だが。
俺は周囲を威嚇する様に神刀を握りながら振り返った。
それだけで数人の男が俺から視線を外す様に向こうへ振り向いたが、この程度では止まらないのだろう。
変態と言う奴は。
「うん。フィオナちゃん。リリィちゃん。状況は理解したよ。俺に任せてくれ」
そして、俺はリリィちゃんとフィオナちゃんを背にしながら、兄としてあらゆる困難に立ち向かう覚悟を決めるのだった。
それから。
俺たちは自分で用意した食料をリリィちゃんとフィオナちゃんに調理してもらいながら、夕食を食べる準備をしていたのだが……。
「どうして皇帝陛下はこちらにいらっしゃるので?」
「うむ。食事を私もいただこうと思ってな」
「いや、皇帝陛下は向こうで豪華な食事があるでしょう!?」
「今、私は冒険者なのだ。普段冒険者が食べている食事に興味があってな」
「言っておきますけど、我々の食事は普通の冒険者とは違うモノですからね」
「ほぅ。それは楽しみだな」
しれっとそんな事を言う皇帝陛下に、俺はジトっとした目を向けた。
が、皇帝陛下は何も気にした様子を見せず、淡々と皿の準備をしているのだった。
そのあまりにも堂々とした姿に、俺はこれ以上文句を言うのを諦めて、皇帝陛下を受け入れた。
一応リリィちゃんとフィオナちゃんにも目で確認をしてから……だが。
そして、皇帝陛下と共に俺たちは夕食を食べる。
「うむ。美味いな! まさか野外でここまで美味い食事を食す事が出来るとは!」
「まぁフィオナちゃんとリリィちゃんが凄いからですね。セオストの食堂でも人気の二人なんですよ」
「そうか、そうか。ではセオストに行った際には、その食堂とやらに寄ってみるか」
「はいー。是非是非」
「いつもじゃないですけど、それなりには食堂に居ますので」
「うむ。楽しみにしていようじゃないか」
皇帝陛下は実に満足だという様な顔で、大きく頷いた。
それから、食事の礼だと言って、こちらに来るときに持ってきていた小箱を俺たちの前に差し出す。
「これは……?」
「私の得意な魔術は氷の魔術でな。これはちょっとした礼だ」
「氷の魔術って……あぁ。これは」
「こ、これは! スタンロイツ帝国の名物! アイスじゃないですか!」
「そっか……! 氷の魔術で冷やして持って来たんだ。凄い事考えるなぁー。外でアイスが食べられるとは思わなかった!」
フィオナちゃんとリリィちゃんは非常に嬉しそうな顔で、ニコニコと微笑みながらアイスを手に取って、食べる。
俺は遠慮しようと思ったのだが、皇帝陛下はやや無理矢理俺に手渡して来た。
「ふふふ。これは贈り物だよ。スタンロイツ帝国はこの様に素晴らしい国なのだという宣伝でもあるな」
「……何が目的なんですか」
「決まっているだろう? 君たちの勧誘だ。優秀な冒険者はどこの国も欲しているからな」
「アイスを頂いても移住はしませんよ」
「無論その程度の事は理解している。君たちを勧誘するのにアイス程度では交渉材料にもならないだろう。だから、これはあくまで交渉の一つ。というワケさ」
皇帝陛下はニヤリと笑ってから俺に改めて強くアイスを押し付けて歩き去って行った。
その背中を見て、アイスをこの世の至福だとばかりに食べているリリィちゃんとフィオナちゃんを見て。
しょうがないなぁ。と思いながらため息を吐くのだった。
そして、アイスを一口食べて、その甘さに、ふぅと改めて息を吐く。
「美味しいね。フィオナ」
「うん。こんなに美味しい物がスタンロイツ帝国だとその辺りで売ってるらしいよ」
「え~。良いなぁ。スタンロイツ帝国。ちょっと憧れちゃう」
「でもスッゴイ寒いよ? リリィ、寒いの苦手でしょ?」
「う。そうなんだよね……やっぱりセオストで暮らすのが一番かなぁー」
「そうそう。それに美味しい物はたまーに食べるから美味しいんだってね」
思っていたよりも、フィオナちゃんはアッサリとスタンロイツ帝国へ行く話を切り捨てた。
その言葉に俺は思わずフィオナちゃんに言葉をかけるのだった。
「フィオナちゃんは、スタンロイツ帝国へ行く気はあんまり無いんだ」
「んー? まぁ、そうだね。アイスだけじゃあ移住は出来ないかな!」
「ちなみに、その理由って何かあったりするの?」
「えー。だって、ほら。セオストにはお家があるし。リョウさんの家だけど」
「あぁ、まぁ。それはまぁ、フィオナちゃん達の家でもあるから。食料とかのお金は出してもらってるし。家の事もやってくれてるしさ」
「家を貸して下さっているのですから当然ですよ。ご主人様……なんちって!」
フィオナちゃんは冗談の様に笑いながら言葉を躍らせる。
しかし、すぐに真面目な顔になると、しっとりとした顔で、たき火を見つめながら言葉を落とした。
「でもさ。本当に感謝してるんだよ。リョウさんには」
「……俺?」
「うん。だって、私たち、まさかあんな凄い大きな家に住めるとは思ってなかったし。去年なんて、ねぇ?」
「そうだね。去年は大変だった」
「冬ごもりでさ。暖房器具が遂に壊れちゃって。私たち震えながら二人でなんとか冬を越したんだから! それを考えたら!」
「うんうん。部屋は暖房で暖かいし。ご飯は暖かいし。みんなと一緒に遊べて楽しいし。良い事ばっかりだったなぁ」
「まるで夢みたいだったよ」
「まぁ。そこまで喜んで貰えると……俺も嬉しいけどさ」
「という訳だから、少なくともリョウさん達が移住しない限り、私たちも移住はしません! 当分はお手伝いで働こうかなって感じ!」
「あの広い家にも住めるしねぇ。なんて、ちょとと図々しかったですかね?」
「いや。俺は嬉しいよ。そんなに喜んでもらえるならさ」
俺は二人に微笑みながら、そう返し。そうかと空を見上げた。
思っていたよりも二人は俺たちの家族になっていたらしい。
何とも心地よい夜であった。