フローラ様、フィオナちゃん、リリィちゃんの水浴びに不届き者が現れない様、見張りをしていた俺は、突如として湖の近くに謎の気配が現れた為、その場所へ急いで向かったのだが。
そこに居たのは以前一度っ姿を見た事のある少女であった。
とは言ってもそれはゲームの話であったし、その人は女神様であったのだが。
それをそのまま伝える事は出来まい。
「どこかでお会いした事がありましたか?」
「あー、いや。どちらかと言うと、一方的に見た事があるという感じでして」
と、口にしてからすぐに、これじゃまるで変態みたいじゃないか?
と自分の発言を取り消そうとしたのだが、その人……アメリア様はなるほど、と言いながら納得しているのだった。
それで良いのか……。
「ところで、お兄さんはここで何をしているんですか?」
「あぁ、俺は見張りですよ。今お姫様が水浴びをしていますからね。妙な奴が近づいてこない様に、こうして護衛の様な事をしているというワケです」
「あら。それは凄いですねー。リアムさんみたいです」
リアムさん?
知らない人の名前が出てきたな。
と、思ったが、特に口には出さない。
まぁ少女の知り合いだろうし。教えて貰っても何も生まれないからな。
なので、なるほど。なんて言いながら軽く流した。
「アメリア様は」
「アメリアで良いですよ」
「え、と……アメリア様は」
「アメリア。で良いですよ」
「アメリアさん。で良いですか?」
「んー。しょうがないですねぇ。良いですよ。それで、私がどうしましたか?」
「あ、いや。お一人なのかなと思いまして」
「一人という訳では無いのですが……今は一人ですね」
なぞなぞみたいな回答が来たが……これはアレか。
一人暮らしとかじゃないけど、今は一人で行動しているよ。みたいな。
分かんないけど。
「なるほど。大丈夫ですか? 一人旅みたいな。危ない事も色々あると思いますが」
「大丈夫です。私、強いですから!」
「……なるほど」
小さな手で拳を作りながら笑うアメリアさんに、俺は何とも言えない気持ちを感じてしまった。
何だろう、この……子供を見ている様な感覚とでも言うのだろうか。
小さい子を見守りたいと感じる様な笑顔だ。
しかし、それはそれとして、危ない事は確かなので、何か出来ないかと俺は少しばかり考える。
「でも、アメリアさんでも対処が難しい事はありますよね?」
「ありません!」
「……何かあるんじゃないですか? ほら。世界は危ないことがいっぱいありますよ」
「いえ! 大丈夫です! 私は何が起きても問題なく対処できます」
そんなバカな。
と思いながら俺は何とか危機感を煽らなくてはと考えて、脅威をアメリアさんに伝える。
「例えば、すっごく大きな魔物が出てきたらどうしますか? ほら、あそこの木くらいの大きさのが出てきたら」
「頑張って逃げます!」
「逃げられないかもしれませんよ?」
「いえ! 私の倍くらいの大きさの魔物であれば、そこまで走るのが早くないんです」
「もし走るのが早い魔物だったらどうしますか」
「そういう個体の場合、二足歩行で走るタイプですから、罠を仕掛けて転ばせて、その隙に逃げます」
「……」
「フフン」
アメリアさんは自信満々という様な顔で笑う。
そして無敵です! と言葉を繰り返した。
……。
なんだろうか、この敗北感は。
いや、まだ負けてない。
俺はまだ負けてないぞ。
「な、なら……! 蛇みたいな魔物だったらどうですか? 地面を這うように進んでくるんです! しかも早い! これならどうですか!?」
「蛇型の魔物は基本的に魔力を探知して獲物を見つけるので、魔力を使った分身を作り出して、そちらに向かわせます。そして、私はその隙に逃げます」
「そういう事なら、イノシシやクマみたいな魔物はどうですか!? あいつらは目とか鼻でも獲物を見つけますよ」
「確かに」
「ほら、ね? 外は危険なんです。だから……」
「ですが、肉食の彼らはどちらかと言うと、目や鼻に頼り切っていて、魔力探知が苦手です。なので、目くらましの魔法を使えば逃げられます」
「くっ……!」
「ふふ。私の勝ちですね」
どうだとばかりに勝ちを確信して笑うアメリアさんに俺は悔しさを感じながら声を漏らした。
しかし、負けは負け。
魔物の知識量ではどうやっても勝てそうになかった。
「分かりました。俺の負けです」
「あら。素直に認めて下さるんですね」
「まぁ、意地を張ってもしょうがないですからね」
「勝負は楽しかったので、まだまだ続けても良かったのですが。敗北を認めるという事でしたら良いでしょう」
アメリアさんは大人びた笑みを浮かべながら言葉を紡いでいたのだが。
強くなってゆく嬉しい感情が抑えきれなくなったのか。むふふと笑いながら両手を上げて叫んだ。
「しょうりー! です」
「楽しそうで何よりですよ」
「えぇ。久しぶりに楽しかったです。普段は人とあまり話せませんから」
「そうなんですか?」
ごく当たり前の事を言うように呟くアメリアさんに俺は素直な疑問を乗せながら言葉を返した。
その疑問にアメリアさんは特に重い感情を見せる事もなく、あっけらかんと頷いた。
「はい。普段は中の人たちとしか話しませんから。外の人と話す機会はあまり無いんです」
「なるほど」
中の人とか、外の人。
というのはよく分からない表現であるが、おそらくは家の中、外という意味なのでは無いだろうか?
そう考えると、このぽわぽわした感じも納得できるところがある。
つまりは、こういう事だ。
アメリアさんは貴族の子なのだ。
しかも箱入りで、普段は家の外の人間と話すことが出来ない。
しかし、そんな生活が嫌になり、外に飛び出したアメリアさんは久しぶりに俺という外の人と話をした。
という訳だ。
なるほどな理由。
これは中々当たっているのではないだろうか?
「では、そのたまにの機会に楽しんでいただけて良かったですよ」
「はい。なのでー。これはせめてものお礼ですー」
アメリアさんはゴソゴソと腰辺りに付けていたポーチから木の実の様な物を取り出した。
そして、それを俺の手に握らせる。
「これは……?」
「なんと、食べるだけで凄く元気になってしまう木の実です!」
「なるほど。それは貴重な物をありがとうございます」
俺はアメリアさんにお礼を言いながら木の実を懐に入れた。
おそらくは凄く美味い木の実なんだろうなと思う。
食べるだけで元気が出ると言っているし。
「もうだめだー! って時に食べて下さいね」
「えぇ。助かりますよ」
「では、そろそろ私は帰りますねー」
「あぁそれなら送っていきますよ……って、え?」
俺は一瞬アメリアさんかあ視線を外したのだが……その一瞬の間にアメリアさんは姿を完全に消していた。
さきほどまで目の前にあった姿はどこにもない。
気配も感じない。
現れた時と同じ、まったく気づく事が出来なかった。
あり得るのか? そんな事。
いや、別に俺が万能だとか、どんな人間の気配も感じる事が出来る!
なんて言うつもりは無い。
雷蔵さんの気配を追う事は難しいだろうし。
確かに雷蔵さんが突然現れたと感じることも、突然消えたと感じた事もあった。
だが、しかしだ。
流石に目の前にいた人間が突然消えて気づかない程、間抜けではないハズだ。
人間が動く以上、何かしらの気配がある訳で。
それをまったく感じさせずに消えるとは……。
「いったい、何者だったんだろうな。アメリアさんは」
と、一人呟きながら、俺は地面に触れて、背の低い草が倒れていない事に、僅かな恐怖を覚えるのだった。
草を倒さず立っている術はない。
となれば……あれは人では無かった可能性が高い。
「まさか、幽霊とか、か?」
しかし、懐にある木の実の感覚が、アレを現実だと教えており、俺は答えの出ない現象にただ頭を抱えるのだった。