ジキタニスが吐き出した炎の塊を回避する事は難しく。
俺はそれでも生き残る術を掴むために、炎の塊に向かって神刀を抜き、切り裂こうとした。
炎の熱量と密度から考えれば、例えうまく切り裂く事が出来たとしても、助からないだろう。
そう思える物であったというのに。
神刀で切り裂いた場所から炎は崩れ、そのまま崩壊していった。
俺の元へは炎の欠片すら届いていない。
「……なんだ?」
「えぇー!? す、すごーい! リョウ! すごーい! ジキちゃんのブレスが消えちゃった!」
「あ、あぁ。そうだな」
「じゃあ次、いくよー!」
と、俺はジキタニスの言葉で正気を取り戻し、ジキタニスに待ったを掛けた。
俺の言葉にジキタニスは攻撃を止めてくれ、何事かと俺を見やった。
「遊びはこれくらいにしないか?」
「えー? いいけど。じゃあどうする?」
「どうするか? と問われても困るんだけどな」
「ぷえー?」
「俺たち人間はさ。あんまりジキタニスが言う様な遊びをしないんだよ」
「えぇー!? そうなの?」
「あぁ。体が弱いからな。さっきのブレスに当たったら、多分死んでた」
「死。知ってるよ。痛い奴だ。お爺ちゃんが昔に死んじゃって、痛かった」
「だからさ。悪いんだけど。遊ぶにしても場所を選んでも良いか?」
「うん。いいよ。そっかー人間は弱いんだねぇー。なるほど。ジキちゃん、おぼえた!」
俺はひとまず暴走を止めてくれたドラゴンこと、ジキタニスに礼を言いながら、ホッと息を吐いた。
そして神刀を納刀しつつ、いくつか質問してみる事にした。
「代わりといってはなんだが、話をしないか? 人間は話をするのが好きなんだ」
「へー。そうなんだ。いいよ。お爺ちゃんの話する?」
「いや、今聞きたいのはジキタニスの話かな」
「ぼくの?」
「そう。ジキちゃんの話が聞いてみたいな」
ジキタニスは巨大な体を動かしながら、うーんと唸っていた。
どうしたのだろうか。
何か話せない事情でもあるのか?
「何か困る事でもあった?」
「うーん。えっとねー? ジキちゃん。あんまり面白いコトないよーって」
「そうなの?」
「うん。ジキちゃんはのんびり屋さんだから、いつも山でゴロゴロしてただけだし」
「なるほど。でも、なら、どうして山から下りて来たの?」
「え? あれ? そういえば、ここ、どこー? おうちは?」
不安になったのかジキちゃんは立ち上がり、両足をバタバタと踏みながら周囲を見渡した。
何かに助けを求める様に手もばたつかせる。
皇帝陛下の、この様な大きな体をしていても子供なのだという言葉を思い出した。
俺は暴れるジキちゃんに近づき、その体を駆けあがった。
そして、肩の辺りまで移動して、再度ジキちゃんに叫ぶ。
「落ち着いて! ジキちゃん! ここには怖い物はないから!」
「りょ、りょう? でも、おうち、ない」
「俺がお家まで送るから。大丈夫だから。ひとまず落ち着いてくれ」
「う、うん。ごめん」
「いや、俺も怒鳴って悪かったな。落ち着いてくれて嬉しいよ」
ゆっくりとだが気持ちが落ち着いてきたジキちゃんの体を撫でて、俺は笑いかけた。
少しでも気持ちが落ち着く様にと。
そのお陰か、ジキちゃんは体を暴れさせるのもやめ、ふぅーと大きな息を吐いた。
そして、ごめんねと謝りながらゆっくりと座る。
「ジキちゃんが優しい子で嬉しいよ」
「……うん。ありがとね。リョウ。少しおちついた」
「それは良かった。……でも、そっか。ジキちゃんは気が付いたらここに居たんだ」
「うん。そうなの。なんでだろう。寝た時は、お家に居たのに」
「んー。そうだねぇ。不思議だ」
と言いながら、俺は何となく起こった事を推察する。
おそらくはバクーシ帝国の人間が巣穴で寝ていたジキちゃんを運び出して、リメディア王国へ連れて行ったのだろう。
しかし、これだけの巨体をリメディア王国に知られずに運ぶことはほぼ不可能だ。
そう考えればおそらくは転移魔術……と、そこまで考えて、酷く嫌な予感に身を震わせた。
「……! あの、ジキちゃん。聞きたい事があるんだけど」
「んー? なぁにー?」
「ジキちゃんは、お父さんやお母さんと仲は良いのかな」
「うん。なかよしだよー」
「もしかして、同じ家で住んでたり……?」
「うん。そうだよ」
ヤバい!
非常にまずい!
まだ可能性の話でしかないが、もし親ドラゴンがジキちゃんの事を知ったらどうなるだろうか?
もし、親ドラゴンがジキちゃんを溺愛していたら……?
そして、俺たち人間がジキちゃんを奪って、逃げていると思われたら?
俺はまだ想像でしかないが、最悪の事態を想像して、身を震わせた。
そして、すぐにここから離れるべくジキちゃんに呼びかけた。
「ジキちゃん!」
「んー?」
「もし、君が両親と離れた場合、どうやって合流するとか……決まっているのかい?」
「えー? 決まってないけど」
「なら! なら、ちょっと俺と一緒に移動しないか? こんな所じゃなくて……もっと君の故郷に近い場所に!」
どこか遠くから、何かの咆哮が聞こえた気がして俺はハッと顔を上げる。
もしかしたらもう時間が無いかもしれない。
しかし、まだ間に合うはずだ。
まだ何も終わっちゃいない。
「ジキちゃん。どうだろう? ちょっと移動してみないか?」
「移動って、どこに?」
「どこ、か……えっとだね」
俺は何か無いか。何か、何かと考えて、答えが出ないまま焦りばかりを募らせてしまった。
そして、そうしている間にも遠くから巨大な生き物であろう何かの咆哮は響いていた。
ジキちゃんはまだ子供だ。
子供のジキちゃんですら、近くの木々が燃える程の炎を生み出した。
腕を振り回すだけで山の一部なら崩せそうな強さがあった。
それが大人となれば、どれほどの強さ、被害になるだろうか?
まだ、リリィちゃんもフィオナちゃんとフローラ様も遠くへ逃げられてはいないだろう。
このままここで戦闘をしたら、最悪全滅する。
「そうだ。向こうの険しい崖の方で遊ぼう! 色々楽しい遊びを知ってるんだ!」
「えー? そうなの? じゃあ、行こう! 行こう!」
ジキちゃんはノシノシと地面を揺らしながら歩き、街道から外れて崖の方へと向かい始めた。
そして、崖の向こう側へと歩いて崖に両手を付けながら、崖を揺らしてケラケラと笑っていた。
楽しそうなら良いかと思ったのだが、どうやらそれどころでは無いらしい。
何故なら、遠くからこちらへ向かって飛んでくる影が見えたからだ。
それは遠くから見ても分かる程に巨大で、羽ばたくだけで地上に大きな影響を与えている事がよく分かる。
最悪な事に、どうやら親のドラゴンが来てしまったらしい。
俺はどうにかする方法は無いかとジキちゃんに話しかけた。
しかし、それよりも早く、遠方からブレス……では無いが、何か空気の様な物が飛んできた。
いや、風か!? これは……!
「ジキちゃん……!」
「えー? どうしたのー? リョウ」
「いや、すまない……! 向こうの!」
俺は風に全身を煽られながら必死にジキちゃんに見える様に指をさし、背後に振り返る様に言った。
そして、そんな俺の言葉を受けて、ジキちゃんは振り返り、その巨大なドラゴンの姿を瞳に映した。
「あー。ママー!」
どうにかジキちゃんに説得をお願いしようとしたのだが……!
その前に、お母さんドラゴンから放たれた暴風が俺の体を吹き飛ばした。
そして、ジキちゃんの体を転げ落ちて、崖の下へと吸い込まれる様に落ちてゆく。
「ジキちゃん……!」
「え? あぁ、りょうー!」
ジキちゃんは俺を助けようとしたのか、手を伸ばそうとしていたが、それが間に合う事はなく、俺は崖の下へと落ちて行った。
しかし、ただで落ちるつもりもない為、どうにか体を回転させて、受け身を取れる様にしつつ、崖に足をかけながら減速させる。
「くっ……! 止まらないか!」
だが、それでも速度は止まらず、結局俺は崖下にある森の中へと落ちてしまうのだった。