久しぶりにシーメル王国へと足を踏み入れた訳だが……。
以前来た時と変わらない様子だ。
相も変わらず人間が獣人をイジメて楽しそうにしている。
どうにかしたいという思いもあるが、獣人という存在は人間の敵らしく、ここでシーメル王国の人間をどうにかした所で状況は変わらないのだろう。
だから、俺に出来る事はそう多くはない。
世界をひっくり返す覚悟で戦えばどうにかなるかもしれないが、おそらくどこかの段階で殺されるだろうし。
殺された後は、桜たちが犯罪者の仲間として捕まってしまうだろう。
そうなれば最悪だ。
だから、俺に出来る事は何もないとギュッと右手を強く握りしめて何事もない顔をしながら表通りを歩いた。
そして、ミクちゃんの背について歩きながら、裏通りへと足を踏み入れてゆく。
「……リョウさん」
「何か?」
「これから、とてもビックリする人に会うと思いますが、あまり驚かないで下さいね」
「中々無茶を言いますね」
驚くような人に会うが、あまり驚くなというミクちゃんに俺は苦笑しながら言葉を返した。
そんな俺に、ミクちゃんも困った様な顔をしながら口を開く。
「はい。ですが……あまり騒いでしまうと、少々面倒な問題になりますから」
「……なるほど。分かりました」
ミクちゃんの言葉から、おそらくは王族の誰かか、それと同じくらい高い地位の人なのだろうと当たりをつける。
そして、なるべく驚かない様にと気を付けながらミクちゃんと共に小さな家に入って……俺は静かに目を見開いた。
「あぁ、ミク様。わざわざ申し訳ございません」
「いえ。構いませんよ。それで、時が来たというのは」
「はい。彼らが動きます。そして、もう止められません」
そこに居たのは、シーメル王国のお姫様であるアリア様であった、
護衛もつけず、たった一人でテーブルに地図を広げながら小さな椅子に座っている。
俺は周囲を警戒しながら不審な人間が居ないか探し……ひとまずは誰もいない事に安堵した。
しかし、何やら気になる事を言っていたのが引っかかる。
「あら。そちらに居るのは……リョウ様ではありませんか」
「お久しぶりです。アリア姫様」
「姫は止めて下さい。アリアで良いですよ」
「いえ、そういう訳には」
アリア様と軽く挨拶していると、ミクちゃんが酷く驚いた顔で俺を見ていた。
驚くなと言いながら、ミクちゃんは驚いているんだなと思いつつ、俺はミクちゃんに笑いかける。
「既にリョウさんはアリア様のお知り合いでしたか」
「えぇ。まぁ、ちょっとした縁がありまして」
「なるほど。では話は早いですね」
「うん? 話が早いというのは?」
「リョウさんにはこれからアリア様を誘拐し、セオストへと避難していただきます」
「なっ!?」
「ミク様!?」
「王族誘拐は流石にまずいんじゃないですか? ミクちゃん。世界の敵になるのは嫌ですよ?」
「いえ。それは大丈夫なので安心してください」
「……まさか議会は」
「はい。シーメル王国の問題には介入しないという判断をしました。しかし、アリア姫様だけは確保し、王族の血は残す様に、と」
「そんな……」
絶望的な顔をして黙ってしまうアリア様を見つつ、俺は周囲の気配を探って、何もいない事を確認してからミクちゃんに問う。
何が起きるのかと。
「再び獣人戦争が起こります。場所はここ。シーメル王国です」
「……! ま、まさか! 戦争!? ここで!?」
「はい……。前回の獣人戦争ほど大規模な世界戦争にはならないですが、少なくともシーメル王国は焼け野原になるでしょう」
「なら、止めないと!」
「無理です。彼らは止まりません。国の貴族たちは事を軽く見ています。出来る事は一人でも多くの民を逃がす事になるでしょう。ですが、それもどれだけ残せるか」
「それに関しては私が対応しますので、アリア様は全てが終わるまでセオストへ避難を」
「……私は、この事態から逃げる事はしたくありません」
「アリア様!」
「ここまで憎悪が膨れ上がったのは私にも責任があるのです。私は……!」
アリア様が必死にミクちゃんへと訴えていた所、ミクちゃんが不意を突いてアリア様へと何かの魔術を使う。
その瞬間、アリア様はフッと糸が切れた様に意識を失ってしまった。
俺は咄嗟に手を伸ばしてアリア様を抱きかかえながら、ミクちゃんを見やる。
「では、申し訳ございませんが、アリア様を頼みます。フードを被れば私という事で誤魔化せるハズです」
「ミクちゃんは?」
「先ほどアリア様へ言った通り、一人でも多くの民を救いますよ。無人の国になっては困りますから」
「……俺も戻ってきますよ」
「駄目です」
「ミクちゃん……!」
「リョウさんはお願いです。アリア様を護って下さい。それが未来に繋がります」
「そんな理屈……!」
「どんな理屈であれ、多くの命が助かる道が正しい。私はそう信じています。どうか、アリア様をお願いします」
ミクちゃんはそれだけ言うと、パッと何処かへ走り去ってしまった。
しかし、アリア様を抱えている状況ではミクちゃんを追う事は出来ず、俺は仕方なくまずはアリア様をセオストへ届けようとアリア様にミクちゃんの着ていた上着を羽織って貰い、そのまま背負って裏路地を脱出した。
そして、ミクちゃんの予想通り、ミクちゃんが体調不良で寝てしまったと言えば、特に調べられる事もなく、門を突破する事が出来たのである。
俺はそれからなるべく早くセオストを目指し、シーメル王国と同じ様に、ミクちゃんだと嘘を吐いて、アリア様をセオストの内部。
俺の家へと運び込む事に成功した。
なんだか、最悪の犯罪をしている様な気分である。
「お兄ちゃん。おかえりー。聞いたよ。ジーナちゃんがお兄ちゃん達だけ置いてきちゃったって。お夕飯抜きにしよっか」
「えぇー!? ち、違うよ! おチビちゃんがそうして欲しそうな顔してたんだよ! 本当だよ! ジーナちゃん悪くないよ!」
「本当かなぁー? ミクちゃんに聞いてみれば分かる事だけどねー」
桜はケラケラと焦っているジーナちゃんに笑いかけてから、俺が背負っているアリア様へと視線を向けた。
「って、あれ? ミクちゃん寝ちゃってるの?」
「いや、違うよ。サクラちゃん」
「違う?」
ジーナちゃんは鋭い目でアリア様を見やってから、顔を隠しているフードを脱がせて、桜へと再び視線を向けた。
そして軽く首を傾げる。
「ほら。おチビさんじゃない」
「……え? 誰? お兄ちゃん? この子。どこから拾ってきたの!? また、妹を増やすつもり!?」
「いや、そういう訳じゃなくて……」
「じゃあ、どういう訳なのさ! どれだけ妹を増やせばお兄ちゃんは満足なの!?」
「落ち着いてくれ。桜。本当にそういう事情じゃ無いんだって」
荒ぶる桜を何とか止めようとしていた俺であったが、桜は一向に止まる気配を見せず、怒りをあらわにしていた。
どうやって鎮めた物か。
と、考えていた俺は奥からフィオナちゃん達が来た事で状況の変化を願う。
「どうしたの。大声出して」
「リョウ君がまた妹を連れてきて、サクラちゃんが凄い怒ってる」
「あらら」
「亮さんもいい加減にしないと……」
「いや、だから……そういうのじゃないんだって」
俺はアリア様を背中からおろして抱きかかえつつ、皆に事情を説明しようとした。
だが、その前にココちゃんがぴょんと前に飛び出してきて、アリア様を見て声を上げる。
「……! お姫様!」
「そうか、ココちゃんはアリア様と会ったことがあったね」
「うん……でも、なんでお兄ちゃんが……? まさか、シーメル王国で何かあったの?」
「あった。というよりも、これから起きるんだよ。戦争が」
「せんそう!?」
大きく目を見開いて叫ぶココちゃんに、桜はひとまず落ち着きを取り戻したのか。
少し真面目な顔になり、話を聞かせてと言うのだった。