戦争という事は大規模な争いが始まるという訳で。
俺はそれ相応の準備をするべく自室に向かった。
もしもの時に備えて買っておいた便利な道具を使う機会である。
まぁ、この中でどれがどの程度役に立つか分からんが、持って行けば良かった。と後悔する事だけはしたくないからな。
「お兄ちゃん」
「うん? 桜か? どうした?」
「行く前にさ。少しだけ話がしたくて」
「アリア様の事か? アリア様の事なら、家の中で守っててくれれば助かるけど」
「そうじゃなくて。お兄ちゃんのこと」
「俺の事?」
部屋の扉を開けて、中に入って来た桜は俯きながら言葉を零す。
その姿には不安の色が多く見えていた。
「私ね。実は、その……怖い夢を見ちゃって」
「……うん」
「それで! それで……お兄ちゃんが、怖い目に遭う夢を見ちゃったの」
「そうか」
怖がる桜を抱きしめて、俺はどう言った物かなと少し考える。
が、あまり良い言葉は思いつかずどこにでもある様な慰めの言葉しか言えないのだった。
「大丈夫だよ。桜。お兄ちゃんはいつだって帰って来ただろう? 桜の所にさ」
「……うん」
「だから、今回も大丈夫だ。何せ、俺よりもなーんでも出来るジーナちゃんが一緒なんだぜ? 怖い事は何もないよ」
「うん。そうだよね。きっと。大丈夫だよね」
「あぁ。何も心配は要らない。シーメル王国では悲しい事がいっぱいあるかもしれないけど。俺も、ココちゃん達も。みんな無事に帰ってくるよ。間違いない」
「うん。信じるよ……だから、必ず帰ってきてね」
「あぁ」
俺は桜を強く抱きしめて、桜を包んでいる不安を吹き払うように言葉をかける。
無論、何かの確証があるワケでは無いが、ただで死ぬつもりもない。
というよりは、今回の戦争に関して、俺が命をかける理由は殆ど無いのだ。
アリア様やミクちゃんの様に、シーメル王国の人を一人でも多く助けたい。
みたいな考えは無いし。最悪の場合はさっさと逃げるだろう。
正直なところ、俺が助けたい人などそう多くはない。
だから、桜の不安はそれほど怖がる必要のない事であるのだけれど……まぁ、心にはおいておこうと思う。
妹を悲しませるのは兄として失格だからな。
「じゃあ、まぁ、行ってくるけど。桜もあんまり無理しないでな?」
「私? は、全然無理する事ないけど」
「そうか? そうだと良いけどさ。ほら、アリア様ってお姫様だから。接し方とか気になっちゃうかなって思って」
「あー、そうなんだ。じゃ、出す料理とかも考えないとね」
「うん。まぁ、あんまり気負わない程度に頼むよ。無理して倒れたら、そっちの方がアリア様も気にするだろうしさ」
「ふーん。お兄ちゃんってばアリア様に詳しいんだ」
「そういう訳じゃないけど。優しい人なんだろうなっていうのは知ってるよ」
「ふーん!」
桜はいつもの調子に戻った様で、頬を膨らませながら不満を示す。
不安よりも、こうして俺への感情が強く出ているのは良いが、これはこれで困るな。
いや、まぁ不安そうな顔をしているよりはずっと良いのだけれど。
「そういう訳だからさ。互いにうまくやろう」
「はぁ……まったく。しょうがないなぁー。今回は! 折れてあげるよ」
「ありがとう桜。嬉しいよ」
「はいはい」
適当な感じで手を振る桜に、俺もまた悪いなと軽く謝って準備に戻るのだった。
それから。
全ての準備を終えた俺は荷物をリュックに詰め込んで、下の階へと降りた。
そして、既に準備を終えて待っていたジーナちゃん達に軽く手を振る。
「いや、悪いね。待たせた」
「ホントだよ! リョウ君。準備長すぎ!」
「いやはや。色々必要そうな物を詰め込んでたら長くなっちゃって」
「まったく」
「まぁまぁ良いじゃないですか。出来る限り準備をしたいという気持ち。私にもよく分かりますよ」
「リンちゃん!」
「ま。リョウさんも人の子だったって事ね。ちょっと安心したわ」
「それはどういう意味なのかな? モモちゃんや」
「そりゃそのままの意味でしょ。ヤマトに行った時の感じじゃあ、刀一本あれば良いぜ! って感じだったけど」
「そりゃ俺一人で行くならね? いくらでもやりようはあるし。でも、今回はそうじゃないからさ」
「まぁ、そうね」
モモちゃんは隣で震えているココちゃんにチラリと視線を向けた。
ココちゃんは、震えながらも目だけはしっかりと俺を捉えて唇をキュッと締めている。
不安か、恐怖か。
それを勇気でねじ伏せているのか。
分からないが、ココちゃんの勇気には応えなくてはな。
「じゃあ、ココちゃん。シーメル王国に行く前にいくつか約束を守ってね」
「……うん」
「いい子だ。じゃあ順番にね。まず一つ目。絶対に一人で行動しない事」
「ひとりで、こうどうしない!」
「うん。次。ジーナちゃんとずっと手を繋いでる事」
「ジーナちゃんと?」
「そうだよー。ココちゃん。はい。お手手繋いでーぎゅー」
「うん。ぎゅー」
「そして最後。怖かったからすぐにジーナちゃんに言うこと。良いね?」
「うん」
「よし。完璧だ」
俺はココちゃんを軽く抱きしめて、ジーナちゃんへと視線を向けた。
そしてジーナちゃんは俺に対して笑って応えてくれる。
まぁ、ジーナちゃんが傍に居るんだ。妙な事にはならないだろう。
「じゃあ、シーメル王国に転移する?」
「いや、それは止めた方が良いと思う。最悪の場合は俺に緊急の依頼が来る可能性もあるし。居場所は冒険者組合に伝えておいた方が良いかなって」
「なるほど。じゃあ、どうするの?」
「まぁ、依頼を受けたって形でシーメル王国に行くのが自然だと思うけど……」
「そうねぇ。そういう事なら、また私達が依頼した事にする?」
「あー、そうだね。悪いけどモモちゃん達に……」
「ココが! いらい! する!」
「ココちゃん?」
モモちゃんリンちゃんと組合の事について話をしていた俺は、ジーナちゃんと手を繋ぎながら、叫ぶココちゃんに少しばかり驚いた。
そして、続くココちゃんの言葉を静かに聞く。
「ココが、お兄ちゃんたちにお願いしたから、ココが、依頼する」
「それは良いけど。冒険者組合は怖い所だよ?」
「でも、がんばる!」
「リョウ君。頑張る子は? どうするの?」
「へいへい。応援ね。分かってるよ」
俺はココちゃんの前にしゃがみ、「お願いね」と声をかけるのだった。
そして、リンちゃんとモモちゃんには待っていて貰い、ジーナちゃん、ココちゃんと共に冒険者組合へと向かう。
ココちゃんは一応頭をすっぽり隠すフードを被っているが、それでも好奇な目は向けられていた。
「あら。リョウさん。本日はどの様なご用件で?」
「実はさ。ウチの可愛い末妹の依頼でセオストを離れる事になってね」
「あら、そうなんですね。依頼?」
「そ。依頼。一応俺、冒険者なんで」
「まぁ、妹さんからお金を貰ってお仕事を? まぁ」
「誤解を招く様な発言は止めて貰えます?」
「冗談ですよ。冗談。それで? 必要なのは通行証ですか?」
「あぁ、あとシーメル王国の入国証も」
「……シーメル王国ですか? 妹さんを連れて?」
「そう。何か問題でもあります?」
「……いえ、ありませんけど」
「おいおい。なんだ? もう要らなくなったのか? まぁ、獣人ってくせぇらしいからなぁー。安くするんなら、俺が買ってやっても……!」
俺は軽くため息を吐いてから受付の椅子から立ち上った。
そして神刀を抜いて、ふざけた発言をした奴の首元に突きつける。
「ちょ! ちょっと!? リョウさん!? 駄目ですよ! 冒険者組合での殺し合いは! 床が汚れます!」
「だそうだ。血を流さない方法で殺してやろうか?」
「じょ、冗談じゃねぇか……! な、なぁ? 英雄様が、一般冒険者に手ぇ、だすなよ」
「悪いな。俺は英雄なんて言葉よりも、家族の方が大事なんだ。言葉には気を付けろ」
「わ、わかったよ……!」
崩れ落ちる男をそのままに神刀を納刀して再び受付に向かう。
まったく、獣人の扱いってのはどこもこんなモンか?
「じゃ、シーメル王国の入国証。よろしく」