獣人達が戦い、獣人街の奥にある魔物が出るという地下へ落ちた少女がミクちゃんだと思い、急いで現場へ向かった俺であったが。
現地に居たのはミクちゃんではない少女であった。
しかし、意識を失っている様で、魔物が出るという場所に放置は出来ないとひとまず少女を抱きかかえる事にした。
が、魔物との戦闘があり得るのなら抱えているのはマズいかと少女を背中に移動させ、背負い紐で簡単に固定する。
これである程度激しい戦闘であっても落ちる事は無いだろうと思う。
「……問題は、どうやって上に上がるか、だな」
俺は少女を背負ったまま落ちてきた場所を見上げた。
ここへ来た時はミクちゃんを助けなくてはという思いで飛び降りたが、地下に降りてみると中々に深く、飛び上がって上層へ行く事は難しいだろう。
よじ登れそうな所も無いし……どこか上に上がれる場所を探すしか無いようだ。
と、俺はため息を吐きながら暗い地下を歩き始めた。
とりあえず前に背負ったリュックから、こんな事もあろうかと持って来た灯りを手に、俺は暗闇の世界を前へ前へと進むことにする。
とは言っても、進んでいる方が前で、後ろが戻るなのか。
そのどちらが正しいのか。それは分からないが、このままここに居ても何も生まれないし。
進むしか無いだろう。
「……早速か」
色々な事を諦めて暗闇の中を進んでいた俺であったが、どうやら早速暗闇の中に潜む魔物が現れたようだ。
いくつかの小さな魔物が暗闇の中で蠢いているのが分かる。
大きさは……たぶん、ネズミくらいだろうか。
しかし、数が異様に多い。
少なくとも一匹や十匹なんかじゃない。
数百匹は居そうな感じだ。
これを一匹、一匹相手にするのは現実的ではないし。
どうにかして全て追い払いたいものだが……。
と考えて、俺はふとヤマトでの事を思い出していた。
殺気の話である。
あの国では殺気を出していると侍に襲われる訳だが。
野生に生きている獣であれば、魔物であれば……勝てないと思った相手には逃げ出すのではないだろうか。
俺はそんな風に考えて周囲に殺気を撒き散らしてみた。
まぁ殺気を出すとは言っても、具体的にどうする、こうするみたいなのは無い。
なので、それらしい感情を表に出しながらそれを内から外へ向ける感覚である。
だが、そんな適当な殺気でも有効であったようで、ネズミたちはサッと遠くへと逃げて行った。
なるほど。
これから野生の魔物なんかに出会って、戦闘出来ない時はこれで対処しよう。
そんなこんなで、新しい気づきを得た俺は、魔物と出会ってすぐに殺気。
魔物と出会ってすぐに殺気と繰り返して、暗闇の地下を歩き続けた。
そして、ようやく上層から光が溢れている場所にたどり着き、その階段を上る。
「……誰も居ないな」
上の階に繋がる扉をゆっくりと開けて、俺は扉の隙間から周囲を静かに伺った。
どうやら誰も居ない様である。
それを確認して、扉を開き、俺は久しぶりの地上に、空気を勢いよく吸い込んで、吐いた。
地下のジメジメとした空気とは違い、地上の空気は少し乾燥しており快適な物だった。
「さて、ここからどうするか」
俺は独りごとを呟きながら家を出て、周囲を見渡して屋根に上れる場所を探す。
しかし、周囲の建物はどれも頑丈そうではなく、上ったら穴が開いてしまいそうである。
俺は仕方なく、ボロボロの家を避けながら獣人街を走り回る事になった。
だが、そんな遠回りをしている俺の耳に、遥かな遠方から何やら破壊音が響いてきているのだった。
何が起きているのか。確認しようと遠い空を見たが、よく分からない。
もしかしたら火の手でも上がって、煙が上がっているかもしれないが、そうなっている状態では、シーメル王国はほぼほぼ壊滅状態という事だろう。
ならば、そうなる前にシーメル王国へと戻る必要がある。
その為、俺はいつも以上に早く走っていたのだが、それが悪かったのか……背負っていた少女が身じろぎをしながら目を覚ました。
「え? あれ? なに!? なに!?」
「君! 起きたのか! 悪いが、今急いでいるから下ろすのは少し待ってくれるか!?」
「下ろすって!? お、お前! 僕を誘拐してどこへ連れて行くつもりだ!」
背負っていた少女は無理矢理暴れて、俺の背中から離脱した。
そして、俺は少女が離れる際に背中を蹴った事でゴロゴロと地面を転がる事になった。
面倒な事になった。
しかも、更に最悪なのは少女が剣を引き抜きながら俺に向かって構えていたことだ。
「待て! 話をしよう! というよりも時間が無いんだ!」
「話をする事なんか無いよ! 問答無用!」
少女は勢いよく剣を振りかぶると、俺に向かって振り下ろして来た。
当然だが両刃の剣い峰などあるはずもなく、当たれば俺は死ぬ。
だから、高速で神刀を抜き、少女が持っている剣を斬ろうとした。
申し訳ないが、ここで争っている様な時間も無いのだ。
しかし、少女の剣は居合で抜いた神刀に当たろうと、傷一つ入らず、そのまま少女の手に握られていた。
しかも少女の剣は一切ぶれておらず、どれだけ強い握力なのか、弾き飛ばすことも出来なかった。
「っ! び、びっくりした! でも! 僕の剣は勇者の剣だから、絶対無敵なんだよ!」
「勇者の剣……!?」
どこかで聞いた事がある様な聞いた事が無いような名前だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
とにかくこの少女を何とかしなくてはシーメル王国が大変な事になるのだ。
それに、街の中に置いてきたココちゃんも心配だ。
ジーナちゃんが居るとはいえ、同胞の悲しい姿を見たら暴走する可能性もある。
暴走してどこかに走り出して戦争に巻き込まれた。なんてなったら最悪だ。
だから。
俺は多少痛めつけてでも、少女を制圧する事に決めたのだった。
「悪いが、これは最後の警告だ。これ以上俺の邪魔をするのなら、痛い目を見てもらうことになる。俺はただ倒れていた君を助けただけだし、もう動ける様になったのならこれ以上、君と共にいる理由はない。だから、もう一度言う。邪魔をしないでくれ」
「じゃ、邪魔って……! そんな怖い顔しても、怖くなんか無いんだからね!」
「はぁ……それは俺の邪魔をするって事で、良いんだな?」
俺は全身に殺気をみなぎらせて、少女を見据えた。
剣がどれほど強かろうと、少女自身はそこまで強くない様に見える。
万が一魔術師として優秀であったとしても、彼女の魔術は俺の神刀で切り裂ける。
だから……!
「行くぞ……!」
「か、かかってこーい!」
怯えたような顔で剣を握りしめる少女に、俺は心の中で謝罪しながら神刀を構えて踏み込んだ。
なるべく痛みを与えない様に気絶させようと……。
しかし、そんな俺の前に空から雷の魔術が突き刺さった。
俺はそれが当たらない事を確認してから、あえて少女の首に神刀を置き、斬らないが、斬る事も出来たとアピールする。
そして、空を飛んでいる少女へと意識を向けた。
「ミクちゃん。いきなりどうしたの」
「どうしたのじゃありませんよ! なんでユウキとリョウさんがこんな場所で戦闘しているんですか!」
「まぁ、成り行きで」
「まったくもう! 今、すっごい忙しいのに! まったくもう!」
ミクちゃんはふわふわと降りてくると腰に手を当てながら俺に指を差す。
しかし、俺にだけ言うのは不公平だと思ったのか、ユウキちゃんと言われた子にも向き直り文句を言おうとして……。
言葉を飲み込んでいた。
何故なら、先ほどまで俺に剣を向けていた少女がプルプルと震えながらへたりこんでしまったからだ。
半泣きで震えている少女にこれ以上の追い打ちは出来ないだろう。
という訳で、俺は無事ミクちゃんと合流する事が出来たのだった。