道化師の様な姿の男の背後からミクちゃんが放った魔術により、男は一瞬で炎に包まれて炎上した。
そして、もがき苦しむ様な声を上げて地面を転がった後、動かなくなってしまう。
あまりにも容赦のない一撃により、道化師は息絶えてしまったかと思われたが……。
「ぎゃははは! なんて酷い人だ! まさか王族をその手に掛けるなんて!」
道化師から逃げる様に部屋の端に逃げていた王族の一人、王と思われる人物がゲラゲラと笑い始める。
その声は先ほどまで話をしていた道化師の姿をした男と同一の物であった。
「ひっ、ひぃぃぃ」
「わ、私は殺さないで!」
汚らしい笑みを浮かべていた王と思われた男は顔をべりっとはがし、道化師としての姿を晒しながらニタニタとミクちゃんを蔑んでいた。
趣味の悪い事だ。
俺は、音を立てぬまま男へと滑る様に走り、刃を振るった。
これ以上の暴虐を許さぬ為に。
だが、道化師は俺の方へと人体を無視した動きで首だけ振り返り、俺の前に王妃を盾としてかざす。
「王妃サマぁ~! 僕を助けてよ!」
「やめ、止めてぇ!」
ボロボロと泣きながら命乞いをする王妃に俺は一瞬刃を鈍らせてしまい、道化師が突き飛ばして来た王妃を受け止める事になった。
そして、王妃は俺に掴まり、必死に命乞いをする。
「ゆる、ゆるして! わたし、そんなに、悪い事してないのよ!」
「っ! 分かったから離れ……!」
「隙アリだぜ? 英雄様よぉ」
「っ!」
「ぎゃっ!」
震える様な殺気を感じて、咄嗟に王妃を突き飛ばした俺であったが、道化師は容赦なく俺の脇腹に剣を突き立てた。
燃える様な痛みはあるが、それ以上に噴きあがるのは油断していた俺自身への怒りだ。
そして、その怒りを熱として、歯を食いしばりながら刃を振るい、道化師の胴体を僅かだが切り裂く。
「おっとっと。怖い怖い。君はあの男と同じ人種みたいだね。若い頃のエドワルド・エルネストにそっくりだよ! ま! アイツも僕に愛する妻と親友を殺されてるんだけどね! アハハ! 君も同じ様に失うのかな!?」
「……」
「挑発も聞かないか。本当にアイツそっくりだ。嫌な感じだぜ」
少しだけ雰囲気の変わった道化師に気を付けながら意識を集中させて、次に見つけた隙に刃を振るうと神経を研ぎ澄ませる。
そんな俺に、道化師はふざけた笑いを引っ込めて、少しばかり真剣な顔をした様だった。
だが……。
次の瞬間に道化師は地面に倒れながら必死に逃げようとしている王妃にナイフを投げる。
「っ!」
俺はそれを弾いたが、道化師はゲラゲラと笑いながら俺の横を抜けて、アリア様の元へと走った。
咄嗟にアリア様の方を見れば、アリア様は一人、ジッと道化師を見ている。
腰が抜けてしまっているのか逃げられない様だった。
「っ! アリア様!」
「もうおそーい! このガキの命は僕が貰ったぁー!」
「くそっ!」
俺は悪態をつきながらも、すぐに立ち上がってアリア様の元へ向かおうとした。
しかし、道化師は嗤いながらアリア様へ手を伸ばし……すぐに絶叫を上げた。
「アァァアアアア!? な、なんだ!? お前は、何故」
「何故? よく分からないな。僕はずっとアリアちゃんの横に立ってたよ?」
「はぁ!? そんなハズは! そんなハズはなぁい!」
「君の眼が悪かったんじゃ無いの?」
クスクスと道化師の血で汚れた刃を振るって、血を払い落としたユウキちゃんはニヤリと笑った。
意趣返しの様に。
だが、道化師はそれで終わらず地面を蹴りながら玉座へと移動して、燃え尽きた死体として転がっている王に触れて笑う。
まだ終わっては居ないのだと。
だが、もう終わりなのだ。
「ふ、ふふ。僕にはまだ奥の手が」
「そんなモノ!」
「使わせると思っているんですか?」
俺はミクちゃんと声と息を合わせながら刃を振るう。
どうやら、あらかじめ準備をしなければ身代わりは使えないと察して、その首をはねるべく刃を横に滑らせた。
そして、俺の刃は確かに道化師の首と胴体を両断し、体はミクちゃんが焼き尽くす。
「ば、かな……!」
さらにトドメだとユウキちゃんが飛び込んできて、上段から勢いよく黄金に輝く剣を振り下ろした。
その瞬間、光が世界に溢れ、道化師は光の塔に飲み込まれていった。
チリ一つ残さず、光の世界に消滅してゆく。
無論、それだけ破壊力のある一撃を振るえば、城が無事で済むわけもなく、玉座の間の一部は完全に消失し、そこからは青空が覗いているのだった。
どう考えてもやり過ぎである。
「いえーい! 正義は勝ーつ!」
「何が正義ですか! これほどの一撃を放つ必要は無かったでしょう!」
そして、やり過ぎたユウキちゃんにはミクちゃんがポカリと拳を頭にぶつけており、お説教をしている。
そんな光景を見ながら俺はゆるゆると立ち上がり、アリア様の元へと向かった。
「ご無事ですか? アリア様」
「えぇ。私は……。しかし、リョウ様が」
「この程度は大した傷じゃありませんよ。リンちゃんも来ていますし。後で治してもらいます」
「あらー。あらあらー。私は便利屋じゃないんですけどね」
アリア様を安心させる為に言った一言は、一瞬前まで姿が見えなかったリン様に聞かれており、ニコニコと笑いながらも怒りのオーラを纏っているリンちゃんに捕まってしまう。
そして背中をパンと叩かれて、俺は床に正座をしてリンちゃんに治療をお願いするのだった。
「まったく。私が居るから、多少怪我をしても大丈夫だ。なんて考えていたんじゃないでしょうね?」
「ま、まさか……その様な事はありませんよ? まったく。これっぽっちも」
「アヤシイ」
ジトーっとした目線を送ってくるリンちゃんに、何とか弁明しつつ、身振り手振りでも仕方が無かったと伝える。
「いや。確かに多少傷ついても大丈夫か。って考えが無かったかと言われたらそうじゃないけど……!」
「ジトー」
「リョウさんってホント、そういう所あるよね」
「まぁまぁ。リンもモモも! このユウキちゃんが居たからお兄さんが油断しちゃうのもしょうがないよ!」
「ハイハイ。口だけ勇者様が何か言ってるわ」
「口だけ!? 待ってよ! 僕がトドメを刺したんだよ!? 見てなかった!?」
「あぁ。そうね。最後の美味しい所だけ持って行ってたわね。ちゃんと見てたわ」
「そうじゃなくて! そういう感じじゃなくて、もっと格好いい所を見てよ!」
「はいはい。格好良かったわよー。でも、大した相手じゃなかったみたいだし。集団で弱い人を叩いている様にしか見えなかったケド」
「そんな事無いもん! 僕は凄い頑張ったし! すっごい強敵だったもん!」
ジタバタと暴れているユウキちゃんに苦笑しながら、俺は別にあの道化師が弱い相手では無かったと伝えようとした。
アイツを倒す事が出来たのは、間違いなくユウキちゃんの功績であると。
しかし、俺が伝える前に、ミクちゃんとアリア様がモモちゃんに真実を伝える。
「モモ。あの男はそれほど容易い相手では無かったですよ。リョウさんとユウキとアリア様がここに居て、幸運でした」
「そんなに……?」
「えぇ。これだけの人が居てもギリギリでしたし、勝てたのは幸運でした」
「そうなんだ。それは良かったわ」
「なーんで! ミクの言う事はすぐに信じるのさ!」
「ミクだけじゃないわよ。リョウさんが言っても、アリア様が言っても私は信じたわ」
「ムキー!!」
地団駄を踏むユウキちゃんを見ながら、俺はふぅと深く息を吐き、ユウキちゃんが壊した天井から青空を見上げた。
本当に危ない敵であったと、心から安堵しながら。
そして、もはや戦いの音がしないことに気付き、戦争は終わったのかと再び深く息を吐くのだった。
皆、無事で、本当に良かったと。
だが、まだ完全に全てが終わった訳ではないと、俺はすぐ思い知る事になる。