シーメル王国の王子から膨れ上がった黒い物体は、近くに居た王や王妃を飲み込みながらさらに巨大に膨れ上がってゆく。
どこまでも、どこまでも限界などないとでもいう様に大きくなってゆき、やがてそれは一つの大きな球体となった。
風船に酷似したソレは、綺麗な曲線を描いた物体でありながら、ぶよぶよと表面がせわしくなく動き回る。
外からの圧力でそうなっているのか。
中から何かが出てこようとしているのか。
そのどちらが起こっているのかは分からないが、どちらにせよ見ていて気持ちの良い物でない事は確かだ。
すぐにでも神刀を突きたてて破壊したい気持ちである。
だが……。
『皆さん。まだ攻撃してはいけません。今の状態で攻撃すると卵が割れ、中から膨張した魔力が水の様にあふれ出します。そうなってしまえば、シーメル王国は闇の魔力で捻じ曲げられた魔力の塊に汚染され、人が住めない場所になってしまいます』
アリア様の忠告により、俺はジッとその場で耐えた。
しかし、卵というのは嫌な表現だ。
アレが何か気持ちの悪い何かを生み出そうとしている様である。
いや、実際そうなのだろうけど。
それでもあまり考えたくはない事である。
「あの卵から生まれるのはドラゴンもどきですか?」
『まだ分かりません』
「分からない?」
『はい。彼らが使う創造魔術は様々な生き物を生み出す事が出来ますから。生まれるまでは何が出てくるか分かりません。無論、彼らの信仰するドラゴンが最も多く生まれるのは確かですが……っと、生まれますね。皆さん。気を付けて下さい!』
アリア様の言葉に俺は神刀を握りしめながら卵に意識を向ける。
が、注視はしない。
もし万が一卵が割れる瞬間に光が溢れて視界をやられてはたまらないと考えたからだ。
そして、そんな俺の杞憂は何も生み出さぬまま卵は砕け散り、一つの生命体が王城の上に生まれた。
しかし、それを生命体と言っても良いのか、それは分からない。
何故なら、その生命体は固定した体を持っておらず、先ほどの卵とそれほど変わらない存在だったからだ。
違うのは楕円形の体から伸びているいくつもの触手だ。
「アリア様! これはどういう生命なんですか!」
『分かりません。この様な生物は見た事も聞いた事もありません』
「なるほど!?」
『考えられる事は、創造魔術を使う過程で、道化師の男の本体が存在しなかった為、上手くイメージ出来なかったという事かもしれません』
「そうなった時、攻撃手段は変わるんですか!?」
『何も変わりません。あの魔物の中にある核を砕く。それだけです』
「了解! じゃあちょっと偵察しますよっ!」
俺はアリア様の言葉に返事をして、ジーナちゃんの魔法の力を借り、真っすぐに生まれたばかりの魔物の元へ向かった。
アリア様の指揮で戦うという話であるが、情報が何もない状況ではどうにも出来ないだろう。
だから、ひとまずは情報収集である。
という訳で、神刀を構えながら突っ込んだのだが、触手の化け物は俺が近づくと、それを嫌がる様に触手を振り回して俺を叩き落とそうとしていた。
しかも楕円の体から出てくる触手の数に限界は無いのか、次から次へと生み出して俺を狙う。
俺はそれを何とかかわしながら、化け物に近づこうとしていたのだが、近づこうとする度に触手を増やされてしまう為、逃げ回る事しか出来ないのであった。
しかし、このまま逃げていても得られるモノは無い。
勇気を出さなきゃなぁ!
「行くか!」
覚悟を決めた俺は神刀を持ったまま再び触手の化け物に接近し、触手の一本を斬り落とす事に成功した。
そして続く触手を二本、三本と斬り落としてゆく。
神刀が凄いのか。
触手が弱いのか。
どちらが正しいのか分からないが、とにかく斬れるという事だけは確かである。
『リョウ様。十分です。一度退いてください』
「了解!」
俺はアリア様の合図で一度触手の化け物から離れようとしたのだが、近づきすぎてしまったのか、触手の化け物は次から次へと触手を生み出して俺を追いかける。
その勢いは近づいた時の比ではなく、ここで俺はこれが罠であると悟るのだった。
あまりにも遅すぎるが、どうにかして脱出しなくてはなるまい。
だが、近づこうとする触手に神刀を振るい、次から次へと斬り落とすがキリがない。
少しマズいか。
『ユウキ様! レオ!』
『りょーかい!』
『少し待っていろ! リョウ!』
アリア様の声とユウキちゃん達の声が聞こえた瞬間、目の前に光の柱が現れ、触手が一気に消え去った。
そして、その隙にレオさんが触手の本体。楕円形の魔物へと近づき、その巨大な拳を叩きつける。
しかもレオさんに続いて獣人が次から次へと飛び込み、生えてくる触手を引きちぎりながら楕円形の魔物に拳を叩きつけ続ける。
それはまるで大型の魔物を捕食する肉食類の様な姿であったが、まぁ似たような物だろう。
『リョウさん! ミク様!』
そして、次に俺の名前が呼ばれた時、頭の中に直接行うべき行動が浮かび、俺はミクちゃんの後ろに付きながらやや迂回して楕円形の魔物に向かった。
俺の役目は楕円形の魔物の核を切り裂くことである。
これはやはり、神刀を持った俺の役目という事なのだろう。
「リョウさん! ビックリしないで下さいね!」
そんな中で、前を飛ぶミクちゃんから妙な忠告が飛んできて、俺はビクリと体を一瞬震わせた。
ビックリするな。というのは、これからビックリする様な事が起きるという前振りである。
いったいこの状況で何をするんだ。と思っていたら突如としてミクちゃんの体が発火した。
いや、ミクちゃんが燃えたというよりも、ミクちゃんの周りが炎に包まれている。
そしてその炎はミクちゃんの体の周りを大きく包んだまま俺の方まで伸びてきて、俺の体の周囲を炎の膜で包み込んだ。
壁、の様な物なのだろうか?
その詳細は分からないが、ビックリするなと言われた手前、驚かない様にしながら、静かに神刀を構えた。
何がどうなろうと、俺のやることは変わらない。
俺はただ、神刀で奴の……触手の様な魔物の本体。楕円形の体の中にある核を切り裂くだけだ。
そして……!
「行きますよ! ユウキ!」
「待ってたよ! ミク!」
ミクちゃんの正面に光の柱が現れて、ミクちゃんに向かおうとしていた触手が全て吹き飛んだ。
ユウキちゃんの技である。
それからミクちゃんは楕円形の魔物に体ごとぶつかって、表面から少し奥ばった部分まで削り取ると、魔物から離れた。
ミクちゃんの攻撃は魔物の体を大きく削り取ったが、魔物は少しずつ再生を始めており、その再生が終わる前に俺は神刀を縦に構えたままアリア様が指定した場所に向かって飛び込むのだった。
瞬間。
叫び声の様な物が楕円形の魔物から上がり、苦しむ様にもがきながら暴れ始めた。
しかも体を爆発させる様に膨れ上がらせて俺の体を包み込むように巨大化する。
「っ! まず……!」
俺は咄嗟に逃げようとしたが間に合わない事を察し、神刀を振るおうとしたがどう斬れば逃げられるかが分からない。
『ジーナ様!』
『はーい! よ!」
だが、俺の前に現れたジーナちゃんは俺の手を掴み、そのまま転移して楕円形の魔物から遠く離れた場所へと移動してくれた。
そして、遠く離れた場所から魔物の最後を見ていると、魔物は俺が居た場所を包み込んで、小さくなり……極限まで小さくなってから爆発した。
最期は爆発のエネルギーを全て内部へ向けたのか世界への影響は小さく、終わってみれば皆無傷のまま最後の戦いを終わらせる事が出来たのだった。
だからといって、気楽な敵だったという事もなく。
俺は魔物を倒した達成感に、ホッと息を吐いて、どこまでも広がる青い空を見上げるのだった。
「これで……終わりか」