アリア様の提案により、シーメル王国ではアリア様の近衛騎士を決める大会が行われる事となった。
が、まぁ、正直な所これはアリア様の咄嗟の思い付きであると思っている。
俺を指名してみようとしたが、反発が強く、あのままでは争いになる可能性があるからと別の話にすり替えたのだろう。
そんな一瞬で思いつくもの?
と問われれば、アリア様なら可能だと俺は返そう。
そう。アリア様なら可能なのだ。
今回の戦いと、人々の反応で俺はそれとなくアリア様という存在についてその様な方なのだと考えていた。
無論、だからと言って、どれだけ頭が良いからと言って、アリア様が完璧な存在ではないという事も理解している。
そして、たった今分かった事であるが、どうやらアリア様は大変イタズラ好きな方でもある様だ。
「リョウ様。こんにちは」
「あぁ。アリア様。こんにちは」
「ふふ。私とリョウ様の仲ではないですか。ミク様達の様に、アリアちゃんと呼んでくださいな」
「まさか。恐れ多いですよ」
折角だからと街の復旧作業を手伝い、いくつかの瓦礫を運び出してから、ちょっとした草むらで休憩していた俺はアリア様に話しかけられ、内心で警戒しながらも笑顔で応える。
この子相手の会話はよく気を付けないといけない事を先日教えられたからだ。
「まぁ、お堅いですね。私の事は妹の様に想っていただけないのですか? 私の事はお嫌いですか?」
「嫌うだなんて。その様な事はありませんよ。ただ、妹と想うには少々ハードルが高いですね」
「その様な事はありませんよ。若き新時代の英雄と、運命のイタズラで女王となってしまった子供。お似合いではありませんか?」
「立場だけならそうかもしれませんね。ですが、能力が違いますから」
「お兄さんはどれだけ能力が高くても問題は無いと思いますが」
「そちらではなく、アリア様の方です。アリア様の方」
「少し抜けている女の子って可愛いと思いませんか?」
ウルウルなんて擬音が付きそうな目で俺を見つめるアリア様に、俺ははぁと溜息を吐いた。
あぁ言えば。こう言う。
クルクルと手を変え品を変え、よくやる物だと思う。
だが分からないのは目的だ。
「アリア様、俺はあまり言葉が得意ではありません。なので非常に申し訳ないのですが、本音だけで話をさせて下さい」
「はい。分かりました」
予想とは違い、アリア様は何も問題はないとニッコリ微笑んだ。
俺の予想ではコロコロと話を変えて避けると思ったんだが。
「ふふ。私がリョウ様のお願いを避けると思いましたか?」
「え、いや……あー、はい。そうですね」
本音で話しましょうと自分で提案しておいて、咄嗟に逃げようとしてしまった自分を叱咤し、俺は素直に頷く。
何事も、信頼は自分からだ。
自分が信頼しなくては相手も信頼出来まい。
「……本当に。リョウ様の妹様が羨ましいですね」
「アリア様?」
「私、本当は凄く不安なんです。これから来る未来が……シーメル王国の、私を慕ってくれる人たちが、傷付いてしまうかもしれない。死んでしまうかもしれない。それが怖いんです」
「……アリア様」
アリア様は膝を抱えながら、顔を埋めて弱音を漏らす。
ここは誰も見ていないから。
みんな遠くにいて、誰も聞いていないから。
ずっと抱えていたであろう想いを吐き出していた。
「みんな、私なら大丈夫だって言います。信じる事が出来る。何も不安なんか無いって」
「でも、アリアちゃんはそれが重荷なんだね」
「……リョウ様」
コクンと小さく頷く。
だが、すぐにハッと顔を上げて焦った様な顔で首を横に振った。
「いえ! 重荷では無いんです。ただ、その……私はミク様の様に未来も見えませんし。ユウキ様の様に強くもありません。モモ様の様に器用でもありませんし。リン様の様に誰かを癒す事も出来ません……賢しいだけの子供なんです」
「分かるよ。特別な誰かに憧れて、自分が小さく見える気持ちはさ」
「リョウ様……」
「俺もさ。同じだ。いつだって大切な子が傷つくのが怖くて、必死に戦ってる。余裕なんか無い。いつだってギリギリだ」
自分の右手を見つめながら握りしめる。
瞬さんの様に。
雷蔵さんの様に。
時道さんの様に在る事が出来ればと願った事は一度や二度じゃない。
俺は弱い。
だからこそ、俺はいつだって強くなりたかった。
「だから……俺とアリアちゃんはよく似ているのかもしれない。怖がり兄妹かな」
「そうかも、しれないですね」
「だから、まぁ……あんまり人前では出来ないけどさ。人が居ない場所ならいくらでも甘えてよ。俺は兄として君を支えるよ。情けなくて怖がりの兄だけどね」
「いえ。その様な事はありませんよ。聞いていた通りの、素敵なお兄さんです」
微笑みかけながら小さく頷いていた俺であったが、不意に気になった事があった。
俺の話をしていたのは誰だろうかと。
こっちの方に知り合いは居ないのだが……。
「ところで一つ気になったんだけど、アリアちゃんに俺の話をした人は」
「ソラリアさんですよ」
「あー」
「つい先日もお話をしましたが、お兄ちゃんが構ってくれない! と大変お怒りでした」
「あー、うん。なるほどね?」
俺はクスクスと笑うアリアちゃんに頷き、しまったなと頭をガリガリと掻いた。
以前、もっと遊ぶという様な約束をした様な気がするが、最近は忙しくてすっかり会う機会も減っていた。
ソラちゃんは大変お怒りだろうという事は容易く想像出来た。
「今回のお仕事が終わったらソラリアさんとお話してあげて下さいね。お兄ちゃん」
「それはもうたっぷりと」
俺は肩を竦めながらアリアちゃんに応える。
そして、セオストのある方の空を見上げるのだった。
帰るのはまだまだ時間掛かりそうだけど、どうかもう少しだけ待っていてくださいな、と。
そして、俺はシーメル王国に残った面倒ごとを解決する為にアリアちゃんへ向き直る。
「それで」
「はい」
「例の近衛騎士選抜大会はどうするんです?」
「はー。どうしましょうねぇ」
「いや、どうしましょうね、って」
「私としては正直、どうでも良いというか。むしろ近衛騎士が出来ると窮屈だなぁと」
「それで俺なら楽そうって言うんで、俺に?」
「正解です!」
ビシッと指を向けて、アリアちゃんは笑う。
これはアレである。
まごうことなく、いたずらっ子のアレである。
可愛いから良いんだけれど。
「でも、残念だけど、俺はセオストに住んでるからね。無理だよ。近衛騎士は」
「シーメルも良い国だと思いますよ。これから良い国にします!」
「うーん」
「ほら。ココさんも、獣人の方々と一緒に暮らしていたら安心だと思いませんか?」
「それは、確かにね」
しかし、と俺はシーメル王国を何となく眺めて考える。
この国はそこまでココちゃんが住みやすい国だろうか、と。
「例えば、シーメル王国に来て……それがココちゃんの幸せかというのは難しいな」
「……リョウ様にはそう見えますか?」
「そうだね。正直な所、今のシーメル王国は他の国よりも獣人が暮らしにくそうに思う。勿論、これから時間が経てば、分からないけどさ」
「リョウ様は表面だけでなく、しっかりとこの国が見えているのですね」
「そりゃ、可愛い妹が王様として頑張っている国だからね。ちゃんと見るよ。だからさ……その上で思うけど。多分、まだこの国はまだ無理だ」
「そうですね。リョウ様の言う通りです。シーメル王国はこれから大きく割れるでしょう。人間と獣人の間で」
「……」
「だからこそ。獣人と人間の間に立てるリョウ様にシーメル王国に来て欲しかったのですが……確かに家族の事を思えば難しい話でしたね」
よっこいしょ。と言いながらアリアちゃんは立ち上がり、少し進んでから振り返り、微笑んだ。
「お話。聞いて下さってありがとうございます。では、また王都の修復に戻りましょうか」
「そうですね」
俺はゆっくりと立ち上がりながら去ってゆくアリア様を見送った。
色々と難しいな。本当に。